◇14 - 深層の怪異
魔物とは、地下墳墓に漂う瘴気から生まれた怪物を指す呼称だ。
呪詛の集合体である瘴気は地下墳墓全域に漂っているため、必然的に墳墓全域に魔物も現れる。
彼らは時折生物の姿を取る事も有るが、例外なく全ての個体が呪詛によって形成された非生命体だ。
彼らの由縁が何なのか、その源である呪詛の存在も含めて、その正体を解き明かそうとする者は数多く居るらしいが、確かな正解にたどり着けた者は未だ現れていない。
なお、魔物の強さは身体を形成している呪詛の濃度で決まるという。
通常は迷宮の階層が深くなるほど瘴気の濃度も上がっていくので、下層に行くほど濃い瘴気の中で生まれた呪詛値の高い魔物と遭遇する事ができる。
ミラ曰く、彼女の【鑑定眼】スキルは、その呪詛濃度の高さをレベルという数値に置き換える事で、分かり易く実力差を図れるように工夫された能力らしい。
ちなみに俺たち巡礼者のレベルと比較できるのには、結構気味の悪い理由が在ったりする。
俺たちが経験値と呼んでいる物は、魔物を倒した時に体内に取り込んでしまった呪詛であり、レベルアップとは、それら呪詛を浄化して、俺達の身体を強化する別の力へと変換させる儀式なのである。
つまり、魔物の力と俺たちが使っている力は、性質こそ違えど元は同じ物なのだ。
そういう意味では、俺達は魔物を倒して、自分自身を魔物に変えているとも言える―――らしい。
以上が出発前に、ミュセから聞かされた魔物についての説明である。
単純に魔物についての役立つ知識を教えてほしいと頼んだだけなのだが、随分と後味の悪い話を言い渡されてしまったものである。
特に最後のところ。レベルアップすると強くなる理由については確かに気になって居たが、そんな衝撃的な事実を突きつけられるとは思わなかった。
絶対に、教会では秘匿されている部類の話なんだろうな。
そんな事が知れたら、巡礼者が暴動を起こしかねない。
ところがミュセときたら、そんなこっちの気など知らずに「まあ、これまで魔物に変わっちゃった巡礼者とか居ないし、へーきへーき」などと気楽に言うものだから、余計に気疲れしてしまった。
「―――どうしたんですか、ギル? 浮かない顔をして」
「いや、何でも無いんだミラ」
目の前でたった今倒したゴーストが消滅していく様を眺めながら、今朝の魔物講義を思い出していたせいで、苦い顔でも無意識にしていたのだろう。
ミラがこちらを気にかけてきた。
俺たちが今居るのは、墳墓十層の大広間だ。
昨日蜘蛛女を倒したばかりだというのに、大広間は小物のゴーストたちの巣窟と化していた。
とはいえ、こちらの敵では無いので早々に全滅してもらった。
昨日の仕事で貯まった経験値を使って、ミラがレベル9になった事が大きい。
ミラの力が少しだけ上がったおかげで、昨日よりも十層の魔物退治はずっと楽になった。
「十層は特に問題なかったな」
「はい。レベルが一つ違うだけでも、だいぶ違いますね。―――あっ、でも、油断は禁物ですよ」
「分かってる。気は抜いてないよ」
真剣な顔で戒めてくるミラへ、俺は大丈夫だという意味を込めて頷く。
昨日アイシャ達が居た扉の前まで行くと、わずかに開いた隙間の向こうに階段が見えた。下層へと続いているらしい。
「もう十一層か。思ったよりも早かったな」
「と言うよりも、十層の範囲が狭かったんですよ」
ミラの言う通りである。
今日は急いでいないので、昨日通らなかった道を選んで探索しようとしたが、大した物も見つからず直ぐに行き止まりにぶつかった。
ここは上層と違って規模自体が狭く、迷宮化されていないのである。
昨日は気づかなかったが、アイシャ達の足跡は一度も戻らずに大広間まで続いていた。
構造が単純すぎて、迷う事が無かったのだろう。
「それだけ終点に近いって事なのかもな。下層に行くほど構造が単純になるとかさ」
「私もこれほど深く潜ったのは初めてですから断言はできませんが、もしかするとその可能性はあるかもしれませんね」
俺の推測に、ミラは頷く。
「ミュセが言うには、聖杯は必ずと言っていいほど、墳墓の下層に安置されているそうですから、その推測が正しければ聖杯も近いでしょう」
「それだけ番人共も強くなってるって事か」
「番人?」
俺がふざけて使った言い回しに、ミラは首を傾げる。
「実際のところは分からないけど、宝を取りに来た俺たちの邪魔をするんだから、魔物は番人みたいなものだろう?」
「なるほど……そんな風に考えた事はありませんでした。新解釈ですね」
「そんな大層な物じゃないだろう」
こちらの冗談を真面目に納得するミラに苦笑して、俺は扉をくぐる。
周囲を警戒するが、魔物の気配は感じられない。
ただ、やはり誰かが手入れした様に壁際で灯りが燃えていて、それがなんだか不気味ではある。
いったいこれは、誰が管理しているんだ?
燃えているのが魔法の火だから、自動式の魔導具と勝手に解釈していたが、やはりこの規模の物が一つも壊れずにすべて作動しているというのも不自然な話だ。
この迷宮には分からない事が多すぎる。俺達はそれらを全て後回しにして、目に見える事実だけを単に追っているだけだ。
そんな状態で、果たして良いのだろうか?
階段の終点には扉があり、それを開いて十一階層に到達した。
何百年と閉じていたはずなのに、やはり扉はすんなりと開いてくれた。
十一階層は、それまでの層とはまるっきり雰囲気が違った。
これまでは通路が迷宮化していても、墳墓として遺体を安置するために造られた施設である事は変わらなかったが、ここは違う。
壁に遺体を寝かせるための棚は無く、完全にただの廊下となっている。
しかも不気味な事に、床には絨毯が敷かれていた。壁にも朽ちた旗らしきものが見られ、その様はまるで墓地というよりも廃城か何かの様だ。
やはり壁際で燃えている青い炎が、階層全体を真っ青に照らしていて、雰囲気はただただ不気味だった。
「……ギル、あれを見て」
ミラが何かを見つけて、小声で前方を指さした。
よく見ると、廊下の先に白い人影があった。
足が無く、宙に浮かんで揺れる幻めいた人影だ。
それはドレスを着た女の様で、手にした灯りで壁際の燭台に火を灯している様だった。
「嘘だろう……こんな所で遺跡を管理している奴が居るってか。―――ミラ、鑑定眼だ!」
「あっ、ああ、そうですね」
ミラはスキルを使い、白い女を見る。
「レベルは14。間違いなく、魔物です」
「あんな人の姿に近い魔物なんて、存在するのか?」
俺が知って居るのはせいぜい、鬼火とスライムくらいだ。
とは言え、言ってから思い出したが、昨日戦った蜘蛛女も上半分は人だった。ただし、腐っていたが。
「一応、他の地下墳墓でもそう言った存在は発見されているみたいですよ。ただし、そうした個体は大抵強いそうですが……」
ミラはそう言って、体に力を入れる。
それに合わせて、ボーンゴーレムも戦闘態勢に入った。
ちなみに今は道が狭いので、スピード型だ。
俺も剣を抜いて、魔法を構える。
「俺が先攻する。やり方はゴーストと同じだ」
「了解です」
俺が≪ブラック・ランス≫で動きを封じると同時に、ミラが攻撃して止めを刺す。
十層ではこのやり方で安全にゴーストを対処してきた。
「ブラック・ラ―――」
魔法を発動しようとした途端、唐突に別の白い女が目の前に現れた。
朽ちたドレスを身に纏い、目元を糸で縫われた痛々しい幽霊だ。
どこか侍女の様な雰囲気も有るので、ゴーストメイドと名付けよう。
目の前に現れたコイツも、やはり手元には燭台を持っており、その蝋燭の火を噴き消す様にして逆に火炎をこちらに噴き出して来た。
咄嗟に自分から尻もちをついて火炎放射を回避してから、反動で起き上がってゴーストメイドに剣を突き刺す。
魔力を纏わせた事で青く輝いた刃の一突きに、ゴーストメイドは悲鳴を上げて消滅する。
「ギルっ、大丈夫ですか?」
すぐ隣で唐突に起きた出来事に戸惑い、ミラが心配そうに言う。
「ああ。平気だ。注意しろ。連中、何処から出て来るか分からないぞ」
そうミラへ注意を促した途端、周囲で複数の女の笑い声が響いた。
こちらを嘲笑するかのような、無駄に品の良い癪な笑い方だ。
「向こうも徹底的にやるみたいだな」
立ち上がって、魔法の用意をする。複数が相手なら、剣より確実だ。
途端、目の前に複数のゴーストメイドたちが、床から生える様にして現れた。




