◇13 - 聖杯探索へ
アイシャ救出から一夜が明けた。
「『聖女パーティー第十層から奇跡の帰還』……か。また派手に取り上げられたな」
そんな風に皮肉っぽく、ミュセは今朝の朝刊を読み上げる。
昨日アイシャ達が十層から生還した事実は、計画通り"自力"という形で報じられた。
危険な状態から誰一人欠ける事無く生還した聖女パーティーを、新聞は英雄視して讃えている。
アイシャが無事だったのは何よりだが、その報道のされ方は鼻につく。
「体よく教会のイメージアップに使われた感じだな」
俺はミュセの前に、目玉焼きとベーコンが乗った皿を置く。
料理は当番制で、俺が朝、ミラが昼、ミュセが夜の食事を作る事になっている。
とは言え、俺はそこまで器用じゃないので毎日これしか作れない。
「あまり面白くなさそうだね」
ミュセは視線だけをこちらに移して、とぼけた風に言う。その理由くらい、察しがついているだろうに。
「まあな」
俺はわざとらしく肩をすくめてみせた。
それほど気にしていない風を装って見栄を張ってみたが、やはりどうしたって面白くはない。
ミラと俺の働きも、アイシャ達の不運も、教会にとっては全て、自分たちの利益に変えるだけの要素でしかなかった訳だ。
その体制は少なからず、あの教区長の存在によって成り立っているところが大きい様に思える。
このまま教会の言いなりになって居て、本当に俺たちの目標が叶うとはとても思えない。
ミラは、この状況を本当はどう思っているのだろうか。
「そういや、ミラは?」
朝食の席にミラが居ない事に気づいて、ミュセに訊く。
「ポーションの材料が切れてね。買い出しに行ってもらっている」
「こんな早くに?」
まだ六時だぞ。商店が開いているとはとても思えない。
「だからさ。私達は大っぴらに外を出歩けない身分だ。ミラはそもそも人が苦手だしね。知り合いの商店に頼んで、この時間に取引してもらっているんだ」
「それもミラの為か? 外に慣れる様に?」
「ふふっ、まあ、そう言う理由もあるかな」
ミュセはまたも惚けた風を装って、朝食に手を付け始めた。
ミラが少しずつ人に慣れていけるように、彼女なりに色々とやっているらしい。
きっと今のミラの状態は、俺が知らないだけで二年前よりもずっと良いのだろう。
「なら、俺はミラが戻るまで待ってるかな」
口に運びかけたバゲットを手元に置く。どうせならみんなで食べたい。
昨日は、あれからずっとミラの機嫌が悪かったし、様子を伺っておきたいというのもある。
そんなこちらの様子を一瞬だけ視線で窺って、ミュセは俺に訊ねた。
「そういえば彼女、昨日は戻ってから少し機嫌が悪かったな。何かあったのかい?」
「ああ、あれか。……一人で無茶したから、ミラから怒られたんだ。心配させるなって」
それを聞いた途端、ミュセは食事手を止めて目を丸くした。
「ほう、それは興味深い」
「何がだ?」
「あの子が人を叱るなんて、そんな事あると思うかい?」
人を恐れて、全て自分が悪いと思い込む、ミラはそう言う女の子だ。ミュセの言いたい事は分かる。
しかし―――
「実際そうなんだから、俺には何とも言えないな」
「ふふっ、それはとても幸せな事なんだぜ。ミラにとっても、君にとっても。私は君があの子の味方になってくれて、本当に良かったと思っているよ」
ミュセは心底嬉しそうに、そう言った。
「ああ、俺もだよ」
ここに入ってから一週間ほど経ったが、もっと前から居たような感覚がある。
こんなに内容の濃い日々は、久しぶりだ。
これまでの八年間で、これほどまで人と深く関わった経験は無かっただろう。
今は貧民窟に居た頃よりもはっきりと、生きていると実感できる。
ミラと出会えたことは、俺にとっても大きな意味があった様に思う。
ミュセが急に顔をしかめた。心底不愉快だという様な表情を浮かべる。
「……」
「どうした?」
朝食に変な物でも混ざっていたのではと心配したが、そうではない様だ。
唐突に聖堂の扉が開かれて、白装束の集団が入ってきた。
聖職者らしい法衣を身に纏っているが、頭部まで丸々被り物で覆っている。
どう見ても怪しい集団だ。
ミュセはこいつらの存在をいち早く察知したらしい。
「教区長直下の神官組が、こんな所に何の用だ?」
普段の陽気さからは想像もできない鋭い目つきで、ミュセは白服たちに問う。
「ここの代表者は誰だ?」
白服たちの一人が言った。
ミラが居ない以上はミュセという事になりそうだが、ミュセは何かと表に立ちたくない主義だと聞いているので、ここは俺が名乗りを上げる。
「俺だ。要件はなんだ?」
「教区長様より伝令を賜った。極秘の任務である。受理されたし」
そう言って白服の一人は、俺に巻かれた皮紙を差し出した。
「確かに受け取った。―――しかし、伝文器では駄目だったのか?」
「最重要機密であり、その文章の複製は許されていない。それも役を終えれば消滅する」
「分かった。ご苦労様」
労いの言葉に、白服は小さく頭を下げると、来た時と同様に唐突に帰って行った。
「……何だったんだ、アレは」
「神官のエリート組さ」
俺の疑問に、ミュセは面白くなさそうにしながらも答えてくれた。
「教区長直属の大神官たちで、教区長の業務を補佐するのが彼らの仕事だ。連中が来たという事は、今回の依頼も教区長からの物なんだろう。しかも、かなり特別な」
「なるほど。―――ミラが戻ったら、これを開けよう。どうやら読み終わると消滅するらしいからな」
何とも眉唾物だが、こんな大仰な演出をしてまで嘘は言わないだろう。
俺たちは本物の代表者がお使いから戻るまで、待つ事にした。
それから数分して、ミラは戻ってきた。
大荷物を背負って疲れた様子のミラには悪いが、さっそく白服たちの訪問と依頼の事を伝えた。
「―――なるほど。それで、依頼書というのは?」
「これだ。まだ開けてない」
俺は預かった皮紙を、ミラへと手渡した。ミラの隣に移動し、依頼書の内容をのぞき込む。
「……特命。異端ギルド『闇教会』へ、極秘裏に十層以下の探索および、聖杯の確保をここに命じる。この内容は依頼完了後も、ギルド外への漏洩を固く禁ずる。違反した場合は、契約内容に遵う事なく、即刻『教会法』により捌くものなり。教区長サラザール・リビア」
ミラが依頼内容を読み上げ終わったその瞬間、皮紙が焼かれたように減っていき、消滅した。
「本当に消えたな……」
「こんな内容なら、証拠隠滅は当然ですね」
そう言って、ミラは自分の席に座って息をつく。
困った様な、すっきりした様な、何とも難しい表情を浮かべているミラ。
「これって、つまりは十層より下を探索して、『聖杯』とやらを探して来いって事だよな?」
「まあ、単純にそういう話だね」
俺の確認に、ミュセが頷く。
「聖女パーティーが探索に失敗した事を受けて、とうとうウチに依頼を寄越したって訳だ。そうまでして聖杯を欲しがるなんて、どうも普通じゃないな。あのオッサンも見えないところで相当追い詰められていると見える」
ミュセは思わせぶりにそんなことを言う。
「つまり、どういう事なんです?」
ミラも分かっていない様で、ミュセに訊ねた。
「派閥争いだよ。半年後に教区長の適性を審査する場が設けられるんだが、そこで目立った功績が無い場合、あのジジイは教区長の座からは降ろされてしまう。歳が歳だから、そうなったらそろそろ引退も考えなければならない。
そういった状況を、虎視眈々と狙っている大神官や神官長は数多く居るのさ。
冒険者が巡礼者へと呼び名を変えてニ十年。そろそろ、優秀な若手がその地位を脅かしにかかってきている。
特に最近は、近隣の教区で聖杯の発見が相次いだこともあって、その手の目立った成果を安易に求めているのだろう」
「その聖杯っていうのは、そんなにすごい聖遺物なのか?」
何度かその名前を聞いた覚えがあるが、今でもそれが何なのか、はっきりと俺は知らない。
以前ミラに訊ねた時は、人類を救うとか言っていたっけか。
俺の質問に答えてくれたのは、やはりミュセだ。
「なるほど。まだその辺りの知識には疎いのか。最初に教えておくべき事だぞ、ミラ」
「すみません。私も人を指導するのは初めてですから」
ミュセに指摘され、ミラは参ったという風に笑った。
「では、私が講義してあげるとしよう。
教会が地下墳墓を探索して、墓荒らし紛いの事をするのは、そもそも人類救済という名目を掲げているからだったりする」
「……つまり、聖遺物の発見が人類を救う事に繋がるのか?」
「その通り。例えばこの教会にもある、レベルアップの必需品『祝福の杖』なんかが代表的だ。
これは、本来高位の白魔法で有るはずの解呪系の魔法を、杖自体の力を借りる事で誰でも使う事ができる様にする物だ。
現代の魔法技術では再現不可能な魔導具でありながら、今では巡礼者たちのレベルアップには絶対に必要な道具として認知されている。
この様に、聖遺物は超常的な力で私たちの生活を助けてくれる訳だが、聖遺物には共通してある役割があるんだ」
「それが、人を救う事なのか?」
「いいや。正確には、魔物を殺すと表現するのが正しい。
聖遺物に備わった力は全て、地下墳墓に巣食う魔物を退治する事に特化した強力な物だ。
一見呪いを解くためだけにある≪クリア・カース≫の魔法も、実は上位ウィスプを一撃で屠る威力を持っていたりするんだ。
魔物を効率的に倒す事ができる力、すなわち人類を魔物の脅威から守る力である訳だ」
「なるほど。じゃあ聖杯って言うのはつまり、魔物を倒せるすごい武器って事なんだな」
「そんな生易しいものでは無いよ。アレは言葉通り、魔物を根絶やしにする力だ。
聖杯というのは、一見するとただの綺麗な杯なのだがね。これがいざ力を発動させると、永久的に周囲から瘴気を一掃する結界を作るんだ。
街一つ優に覆えるほどの規模で展開される結界の中では、どんな魔物も存在する事ができない」
「つまり絶対に安全な生活圏を、人類は手に入れられるって訳か」
「そう。だから、教会は数ある聖遺物の中でも、特に聖杯の存在を重視している。
強力であるからこそなのか、まるで誰かが意図した様に、迷宮の危険地帯に保管されているのも入手の難易度を上げているからね」
「教区長はそんな物の探索を、俺たちに任せたって訳か。……あのジジイの依頼って言うのが引っかかるが、これは正しくミラが求めて居た状況なんじゃないのか?」
他に頼る者が居なくなった時、教会がこのギルドに助けを求めてくる様な状況を、ミラは待っていると言った。
その時に自分たちの力を示して見せる事で、自分の価値を証明できるのだと。
迷宮から外に出た魔物によって、街が被害に遭うというのもそんなに珍しい話ではない。
そんな状態から完全に街を救う様な出来事に貢献したとあれば、ミラの望みは叶ったも同然だ。
しかしミラは浮かない表情で、言った。
「私たちにできるでしょうか? 十層ならまだ何とかなりますが、それよりも更に下が無いとは限りませんし、聖杯が必ずしも下層に行けばあると言う訳でもないのでしょう?」
不安そうにそう言って、ミラは俺の方を見る。
どうやら昨日の事を、まだ引きずっているらしい。
下層に行けば当然、危険度は増していく。強い魔物と戦うからには、昨日以上に命に関わる場面は増えていくだろう。
それにミラが耐えられるかどうか。
実際に十層以下を探索できる実力があるかどうかより、そちらの方が問題だろう。
「そうだな。危険はある。聖杯が必ず見つかる保証も無い。だがギルの言う通り、これは君の目的を示すチャンスではある。
決めるのは君だ、ミラ。ここは君のギルドなのだからね」
そう厳しく言い放つミュセへ、ミラは困り顔を向ける。
「責任重大ですね」
「それがリーダーだ」
ミラは再びこちらに視線を向けた。
俺はミュセほど厳しい事を言うつもりは無い。ミラができないと言うのなら、それを無理強いもしない。
ただ、俺がどうしたいかはそれとは別の話だろう。
「約束は守るよ。無茶はしない。……駄目だったら、戻ってきたって良いじゃないか。だってワクワクしないか? まだ誰も入った事の無い地下層で、宝探しができるんだぜ?」
「確かにそう言われると、私も興味が有ります。ギルは前向きですね」
ミラは少し可笑しそうに微笑む。
「そりゃあそうさ。結局は冒険が好きだから、俺は墳墓に潜っていたんだと思うしな」
生きる為に墳墓に入り、自分の道を探してギルドに入ってからも、やはり墳墓に潜った。
それよりももっと以前から、俺はアイシャとこの墳墓を探索する事を夢見ていた。
この場所とは本当に長い付き合いだ。そこで最大級のお宝を堂々と探せるというのだから、この因縁に惹かれない訳が無い。
「そうですね。挑戦してみましょうか。ただし、絶対に無理はしない。命大事に、です!」
「もちろん。それで行こうぜ」
俺のアプローチが効いたのか、ミラは思いの外あっさりと意向を変えて、探索に同意してくれた。
こうして俺たちは、聖杯探索に乗り出す事となったのだった。




