◇12 - 見えざる救助隊
今回の依頼は、アイシャの率いるパーティーの救出である。
一日以内で帰還すると宣告したパーティーが、二日経過しても戻らなかった為、俺たちに救助の依頼が来た。
教会が保有する魔道具によって、聖女含め四名全員の生存が確認された事で、特に急を要する事態だと依頼主のサイドルは捉えているらしい。
生きているのに約束通り戻って来れないというのは、それだけこのパーティーが危機的な状況下にある事を示しているからだ。
場所は未踏の地、十層。構造も魔物の生態も不明なこの場所は、誰もが危険視して当然の場所だ。
しかし俺とミラがこの救助において最も難しいと捉えているのは、その部分では無かった。
サイドルがただ一つだけ、俺たちに提示した条件。
それは、救出対象にこちらの存在を悟られない様にして、救い出せというものだったのである。
闇教会の関与を、あの教区長に悟らせない様にするための工作だ。
サイドルの手回しを隠ぺいするため。そして、それに手を貸した闇教会の立場を守る為である。
それを聞くと、教区長という男がどれだけ身勝手なのかが良く分かる。
サイドル曰く、例えアイシャたちが無事に戻ったとしても、自分の決定に反して俺たちが動いた事を知れば、サイドル共々俺達を処分するだろうとの事だ。
殺される事は無いだろうが、闇教会が無くなるのは避けたい事だ。
そんなリスクを負ってまでミラがこの依頼を引き受けてくれた事を、俺は感謝しなくてはならない。
アイシャの窮地に、俺一人で乗り込まなくても良くなった事は、幸いだ。
どうしたって、一人で出来る事は限られる。
「さて、この状況にどう対処しましょう」
ミラは大広間でのにらみ合いを観察しながら、呟いた。
アイシャとルインが居るのは、俺達の居る場所から大広間を挟んで正反対の位置にある扉の前だ。
どうやら退路を断たれる形で魔物と遭遇してしまい、帰還する事ができなくなったらしい。
良く見れば、アイシャ達の後ろには床に横たわる二つの人影がある。
四人パーティーのうち、二人が負傷して動けなくなっているのだろう。
魔物は蜘蛛の下半身と女の上半身を持つ怪物だった。
それだけでも十分に歪だが、特徴的なのはその巨大さか。
上半分の女だけでも、俺の身長より一回り大きいってどういう事だ。
「あんな魔物、見た事ないな。ミラは?」
訊くと、ミラはかぶりを振った。
「初めて見る個体です。レベルは20。間違いなく、これまで発見された魔物の中で最も強力な個体でしょう」
俺とのレベル差は12。敵の動きが分からない以上は不安だが、まだ問題なく対処できるはずだ。
「こうしましょう。私がパワー型のボーンゴーレムで真っ向から攻撃します。ギルは【隠密】で隠れながら援護して、アイシャさんたちの退路を確保してください」
「真っ向からって……それじゃあ、アイシャ達に見られるぞ?」
「ここは幸い、未踏の階層です。見た事も無い骨の怪物が現れて縄張り争いを始めても、魔物同士の衝突としか思わないでしょう。教区長も私のスキルを知りませんから、報告されても問題は有りません」
「なるほどな……じゃあ、それで行くか。通信機は必要か?」
「もちろんです。ゴーレムを通して視覚は確保できますが、音は聞こえませんから。それに、大声を出すわけにもいきませんしね」
互いに通信機を取り出す。
片耳に引っかけて着ける物で、魔石の共鳴を利用して、一定の範囲内に居る離れた仲間と話せる魔道具だそうだ。
高価な軍用品らしいが、俺がギルドに加入した事で必要になるだろうと、ミュセが用意してくれた物だ。
「聞こえるか?」
『問題ありません』
通信機を着けた右耳から、ミラの声が直接聞こえる。
なんだか耳元で囁かれているみたいで、こそばゆい。
「良く聞こえる。それじゃあ、やってくれ」
ミラが頷き、ボーンゴーレムを大広間へと突撃させた。
【隠密】スキルで姿を消し、そのすぐ後を追いかける。
背後から奇襲され、蜘蛛女がボーンゴーレムへ意識を向けた。
ボーンゴーレムの爪撃をひらりと交わし、蜘蛛女はゴーレムと向かい合う。
これで完全に、蜘蛛女の意識は新たに現れた敵へと向けられた。
蜘蛛女とボーンゴーレムが取っ組み合う。
「なっ、何が起きているんだ!」
目の前で唐突に始まった魔物同士の乱闘に、ルインが狼狽える。
「なんだか良く分からないけれど、今のうちに逃げましょう」
この隙を見逃さず、アイシャがルインへ指示を出した。
表情は疲れていたが、見たところ大きな怪我は無い様である。
無事で本当に良かった。
生きていると分かっていても、実際に様子を見るまでは安心できなかったからな。
アイシャとルインは負傷した仲間を一人ずつ背負って壁際を走り出す。
四人が乱闘に巻き込まれない様に、俺は蜘蛛女の六本足を剣で斬りつけて反対側の壁へと誘導する。
―――背後で、アイシャの息遣いを感じた。
アイシャが俺の背後を駆け抜けていく。彼女は何も気づかない。
俺がこうして助けに来たことも、今ここで戦っている事も。
これから先も、知る事は無いだろう。
知ってほしいわけじゃない。感謝されたいわけでもない。
けれど、どうしてか寂しく感じてしまう。
自分の価値を認めてもらう。俺はその目的で、ギルドに入った。
一体誰に認めてもらえば、俺は満足なのだろう。
俺はずっと、世間だと思っていた。不特定多数の誰かに、俺は認められたいのだと。
だが、そんな事があるはずがない。俺は他人に興味なんか無いんだから。
俺の事が嫌いな、顔も知らない誰かを見返したいなんて、俺は望んでなんかいないんだ。
俺は、アイシャに示せればそれで良かったんだ。
俺はもう大丈夫だって。お前に心配されなくても、ちゃんとやっていけるって。
それさえ示せるなら、アイツに心配をかけなくていいなら、アイツの不安そうな表情を見なくて良いなら、俺はそれで満足できただろう。
だけどそれは、どうやったってできやしない。それに、気づいてしまった。
―――『ギル!』
耳元でミラの呼びかけを聞いて、我に返る。
瞬間、俺は蜘蛛女の足に蹴り飛ばされた。
地面に打ち付けられて跳ね、壁にぶつかって停止する。口の中で血の味がした。
くそっ、全身が痛い。―――感傷になんて浸るから、ドジを踏んだ。らしくも無い事はするものじゃない。
『大丈夫ですか?』
「ああ、なんとかな」
耳元で聞こえるミラの声は、とても不安そうにしていた。
心配かけられない相手は、もう一人居たな。危うく忘れるところだった。
今はここが俺の居場所で、俺が力を示すのはミラの為だ。
叶わないかもしれないけれど、それでも進む道を示してくれたミラの為に、今はこの力を振るう。
あの子の行く末を見守ると、決めたのだから。
俺が戦う理由は、もう一つじゃない。あの子に夢を持たせた存在として、俺はこんな場所で倒れられない。
ポーションを飲み、傷を癒す。幸い骨折などはしていなかったので、痛みは直ぐに引いた。
口元の血を拭い、立ち上がる。
「やってくれたな……ミラ、アイシャ達はどうだ?」
『はい。たった今、私の前を通過していきました。道中の魔物は退治してありますから、問題なく帰還できるはずです』
「そうか。念のため、十層を出るまでは後を追ってくれ」
『一人で戦う気ですか? 無茶です』
「無茶って事は無いさ。レベル差は十分にある」
『……分かりました。ボーンゴーレムを自立式で残していきます。動きの精度は低いですが、囮くらいにはなりますので。ご武運を。直ぐ戻ってきます』
そう言い残して、ミラからの通信は途絶えた。
隠密を解除する。俺を蹴ったという事は、蜘蛛女には最初から俺の姿が見えていたらしい。
蜘蛛女は、俺を威嚇する様に吠えた。
土気色の肌を不気味に震わせて、白く濁った瞳を剥きだす。
「ケッ―――気味の悪い野郎だぜ。ミラが戻ってくるまでにお前を倒しておくっていうのが、一番格好つけられる感じだと思うんだが、どうだい?」
こちらの言葉など分からないだろうが、俺が挑発したのは察した様で、蜘蛛女は吠えると俺に攻撃してきた。
蜘蛛女の巨大な足が、俺に迫る。
油断していなければ、こんなものは容易く避けられる。
【俊足】スキルで駆け抜けて、蜘蛛女の足の下へ回り込み、斬撃系のスキルでその足を切り落とす。
絶叫を上げながら、蜘蛛女がバランスを崩す。
体勢を立て直す前に、残り二本の脚も切断する。
左足を全て失った蜘蛛女は、床に倒れ込んだ。
女は腐った相貌を悔しそうに歪める。
「無駄にデカすぎるんだよ、お前!」
止めを刺そうと踏み込んだ瞬間、蜘蛛女が口から液体を吐き出した。
寸でのところで直撃を避ける。【俊足】スキル発動中で助かった。
「うおっ、危ねえな!」
床にぶちまけられた緑色の液体は、煙を上げながら異臭を放ち始めた。
どうやら、床の石畳を溶かしているらしい。
「こんな物が口から出るって、どういう構造してるんだよ!」
悪態をついても収まらず、蜘蛛女は続けざまに溶解液を吐き出してくる。
俺を接近させないための牽制らしいが、これは相手が思っている以上の効果がある。
回避するのに忙しくて、魔法を発動する暇が無い。
「くっ―――偉そうに一人で出来ると言った手前、これは情けない……」
蜘蛛女も生死の瀬戸際とあって必死なのか、溶解液を吐き出す勢いは衰えるどころか増すばかりである。
対処に困っていると、視界の端からボーンゴーレムが現れた。
ボーンゴーレムの拳が、蜘蛛女の胴体を叩き打つ。その瞬間、蜘蛛女の動きが止まった。
「やっぱり仲間って、大事だよな!」
空中に≪ブラック・ウォール≫を展開し、それを足場に溶解液の沼を飛び越える。
剣を構えて、蜘蛛女目掛けて振り下ろした。
「≪斬破≫!」
魔力で増強した斬撃で、蜘蛛女の身体を袈裟斬りに両断する。
蜘蛛女は断末魔の雄たけびを上げながら、地面に倒れた。
その死体は黒い靄となって崩れていく。
「はぁ、何とかなった……お前もありがとうな」
一息ついて、ボーンゴーレムへ礼を言う。まあ、聞こえるはずも無いけれど。
「大丈夫ですかっ!」
大広間中に響く様な大声で、ミラが駆けてきた。
俺の元まで来ると、膝に手をついて荒い呼吸をする。
どうやら全速力で戻ってきてくれたらしい。
「ああ、今終わったところだよ。ボーンゴーレムに助けてもらったんだ」
「はい。ボーンゴーレムを通して見ていました。見ていて肝が冷えましたよ。無事でよかったです」
「心配かけたみたいだな」
「ええ。まったくです。こんなの一人で倒したって、格好良くなんて全然ないんですからね!」
ミラは少し怒った様に、そう言った。
「あれっ、もしかして聞こえてた?」
「ええ! 耳元から丸聞こえでした!」
何それ恥ずかしい。一人だったから、ちょっと粋がってみただけなんだ。
まさかこっちの通信は届いていたとは。
「次からは、無茶はしないでください。あんまり、心配もかけないでください。ギルが無事でいる事の方が、私にとっては大事なんですから」
揺れる声色でそう言うと、ミラは背を向けた。どうも、目元を拭っているらしい。
まさか泣かれるほどとは思わなかった。これは悪い事をしたかな。
「……泣くなよ、ミラ」
「私、思っていたよりも、こういうのがダメみたいです。私の周りで人が傷付くのなんて、見たくありません……」
目の前で親が死ぬなんて経験は、そう簡単に克服できるはずもないか。
ミラがこの依頼に熱心だったのは、そう言う理由も有ったのかもしれない。
命の尊さを、この子は良く知って居る。
「……悪かった。もう一人で無茶はしない。約束する。俺も今ので、一人だとできる事に限界もあるんだって、気づけたしさ」
「約束ですよ」
振り向いたミラは、こちらの顔を真っ直ぐ見て来た。
前髪で隠れて目は見えないが、ものすごく真剣な眼差しなのだろうという事は、雰囲気で十分に伝わった。
「ああ。約束だ」
俺はミラの目の前でしっかりと、頷いて見せた。




