◇11 - 第十層
サイドルが言っていた通り、三層の隠し通路の奥には妙な機械があった。
奈落が覗く鉄網の床に、それを吊るすワイヤーを巻いた機械。これが『昇降機』と言う奴なのだろう。
昇降機には、灯りの着いた真新しい魔法ランタンが吊るされていた。最近誰かがここに来た証拠である。
「それじゃあ、いくぞ」
ミラと二人で金網の上に立ち、側面に設置されたレバーを握る。
ミラは緊張した様子で頷いた。何が起こるか分からないから、怖いのだ。
同意を求めた俺自身、このレバーを引くのがものすごく恐ろしい。
これは年代物の機械だ。墳墓に設置されているという事は、遺跡と同じ年月を経ているという事になる。
動いている間にワイヤーが切れて真っ逆さま……なんて事にはならないと良いのだが。
思い切ってレバーを引くと、低くて不気味な音を鳴らしながら、ワイヤーのロールが回り始めた。
それに合わせて、乗っている床が動く。
振動で倒れない様に踏ん張って居ると、隣でミラが小さく悲鳴を上げながらよろめいた。
転ばない様に身体を支えてやる。
「大丈夫か?」
「はい。ありがとうございます。……これ、ちょっと怖いね」
こちらを不安げに見上げるミラの表情は、子犬めいた愛らしさがあった。
長い前髪の間から覗く瞳は、すがる様にこちらを真っ直ぐ見つめてくる。
綺麗な瞳に、引き込まれそうになる。
離れようにも、ミラの方がこちらの服を掴んでしがみ付いて居るせいでどうしようもなく、俺は動揺を悟られない様にするので精いっぱいだった。
下は奈落だし、床はすごい揺れるし、上に何かが取り残されるような嫌な感覚がある。ミラの言う通り確かに怖い状況だが、こっちはそれどころじゃない。
昇降機は一分ほどで停まった。結局俺は一分間どうする事も出来ずに、じっと固まったままだった。
「……停まったな」
「うん……」
ミラは小さく頷くと、突然何かに驚いた様子で俺の傍から離れた。
「わっ! あっ……いっ、いまのはそのっ、えっと、あのっ……」
頬を朱に染めながら、ミラはわしゃわしゃと手を振る。
何が言いたいのかは分からなかったが、何がしたいのかは分かる。
咄嗟にしがみ付いてきたは良いものの、昇降機が停まった途端に冷静になって、気まずくなったのだろう。
「落ち着け。今のは不可抗力だ。俺は何とも思っちゃいない」
「それはそれで、傷つくんだけどな……」
顔を背けて、ミラは何かを小さく呟いた様だった。
「ん? わるい、なんて言ったんだ?」
「なっ、何でもないから」
そう言って、ミラは昇降機を降りると足早に先に進んでしまう。
慌てて後を追いかける。未開の十層を一人で進むのは危険だ。
「ちょっと、待てって―――」
「ギル、ここなんだか変だよ」
ミラが不思議そうに前方の道を見た。
彼女の言う通り、変な場所だった。
壁に備え付けられた燭台に青い炎が燃え上がり、周囲が明るいのだ。
それが一つ二つというのなら、先行したパーティーが点けた物かも知れないが、それが層全体の話となると別である。
この照明は一層と二層では見られなかったものだ。
おそらく三層の広間で見た、魔法で動く自動照明と同じ類の物なのだろう。
「こんな設備が生きているなんてな……」
前人未到の第十層。―――いや、既に何人かは来ているのか。
だとしても、ここが数百年あるいは数千年間、人が立ち入らなかった場所であるのは確かである。
その証拠に遺跡の傷み具合は上層の比ではなかったし、安置されている遺体は朽ち果てたのか、その影すらない。
だというのに、設備がこうして生きて動き続けているのはどういう事だろう。
さっきの昇降機にしてもそうだが、まるで誰かが整備している様だ。
「なんだか嫌な予感がするな……ミラ、今のうちにボーンゴーレムを出しておいた方が良い」
「ボーンゴーレム?」
ミラが首を傾げる。
ああ、そういえばアレの事は、俺が勝手にそう呼んでいただけだったか。
「ああっ! なるほど、ボーンゴーレムですか。特に名前は付けていなかったんですけど、それも良いですね」
ミラは俺が何をそう呼んだのかを察したらしく、ほんわかと笑いながら背負っている棺を降ろした。
「≪マヌーヴル・カダーヴル≫!」
ミラの魔法発動直後に、棺内の骨が収束して人の形をとった。
前回のゴーレムは大柄でしっかりとした見た目だったが、今回のは狭い通路を考慮してか、細身で華奢なゴーレムだった。どこか女性的な印象が、その輪郭から見て取れる。
「前と形が違うんだな」
「はい。私のイメージで形は変えられるので。普段はパワー型、スピード型、ディフェンス型の三種で使い分けていて、この子はスピード型なんですよ」
自分のスキルについて話すのが楽しいのか、ミラは笑顔だ。
「なるほどな。それじゃあ、今回は二人で敵を排撃していこう。防御が必要な場合は俺が盾役になる。隙を見て、ミラが攻撃してくれ」
「分かりました。それで行きましょう」
グランスライム戦での経験があるからか、ミラはすんなりと俺の提案に頷いてくれた。
「地面に足跡があるな。おそらくアイシャ達のだろう。これを辿って行こう」
埃が積もった地面には、複数の足跡が一方向へ向かって伸びていた。
最初に調査に降りた人間の物も有るのだろうが、アイシャのパーティーは四人組のはずだから、そのうち道を分かれても四人組の足跡をたどれば確実だ。
「……ギルは、聖女様と知り合いなのですか?」
移動を開始した途端、ミラが訊いてきた。
そういえば自分の過去を話した時に、アイシャの話はしなかったはずだ。
彼女の事については突き放してしまった罪悪感もあって、あまり話したくない話題だったのだ。
今となっては、そうも言ってられないのだが。
「幼馴染なんだ。前に話した時、授紋式を一緒に受けた友達が居たって言っただろう? あれがアイシャ、聖女様だよ」
「幼馴染……ギルはアイシャさんの事、どう思っているのですか?」
ミラは重ねて、そんな事を訊いてきた。また変わった質問をする。
「どうと訊かれれば、大事な親友って感じかな。家が近くて、生まれた時から一緒だったからな。昔はそれこそ毎日の様に一緒に過ごして居たんだ。
まあ、ギフトが判明してからは、お互いの為に距離を置くようになったからな。それも昔の話だ」
我ながら、随分と冷たいことを言う。"お互いの為"なんて、自分を正当化するための言い訳でしかない。
アイシャから距離を置いたのは結局のところ、俺自身のひがみでしかなかったのに。
「―――けど、今でも友達だと思っているよ。アイツが困っていて、俺にできる事があるのなら、助けてやりたいと思う」
結局はそれが本音だ。アイシャは俺にとって、最後に残った家族にも等しい。
「なら、絶対に助けましょうね」
ミラも俺の決意を感じ取ってくれたのか、そう言ってくれた。
「ああ。急ごう」
俺たちは移動するペースを上げる。
しかしそんな俺たちの行く手を遮る様に、魔物達が表れた。
空中に浮遊する人の上半身だ。
とはいえ、頭から襤褸を纏っているせいで、顔は暗くて良く分からない。
唯一外に伸びている両手は完全に白骨化していた。
それっぽい見た目だし、『ゴースト』とでも名付けておこう。
「―――レベルは12ですね。問題なくいけます」
ミラが【鑑定眼】スキルでゴーストの能力値を見る。
「全体攻撃で行く。怯んだところを仕留めてくれ。―――≪ブラック・ランス≫!」
地面から伸びる影の棘で、空中を漂う三体のゴーストを一斉に串刺しにする。
「≪フォンセ・セール≫!」
動けなくなったゴーストたちを、ボーンゴーレムがその両腕の先端に付いたブレードで切り裂いていく。
それで魔物達はあっさりと消滅した。
倒された怨念という事なのか、魔物は自分を討った相手へより多くの呪いを振りまく様にできているらしい。
呪いとはつまり経験値な訳で、魔物に止めを刺した者が、つまりは一番多く経験値をもらえるのである。
この作戦における最大のポイントはそこだ。効率的に魔物を討伐しながらミラの経験値を貯められる。
俺とのレベル差が縮まれば、それだけ戦術の幅は広がるので、ミラのレベルアップは優先していきたいところだ。
他の利点と言えば、威力を押さえている事で≪ブラック・ランス≫の魔力消費を若干抑えられる事だ。
俺たちはこの方法で立ちはだかるゴーストを次々と討伐していき、そう時間もかからずにアイシャたちに追い付く事ができた。
通路が終わり、開け放たれた大扉の先には大広間があった。そこでアイシャとルインが、巨大な魔物と睨み合っていた。




