◇10 - 神官長の依頼
『伝文器』と呼ばれる機械がある。
魔法的な手法で、遠くに手元の文章を送る魔道具だ。
文章を受信すると、受け手側の機械がセットしてある紙に同じ文章を書き記す。
うちの教会にも一つ在るのだが、『闇教会』の業務の性質上、こちらから送る事はほとんど無い。
エセナ教会から一方的に送られて来る文章を、受け取るために設置されているのだ。
そして今日もまた唐突に、その機械は筆を走らせ始めた。
午後の茶会の最中、唐突に動き出した伝文器の元へミラが向かった。
「新しい依頼でしょうか?」
ミラは刷り終わった紙を手にとって、内容を読み出す。
「十一時に、依頼内容の相談に来られるそうです」
ミラはなぜか不思議そうな顔をして、俺に言う。
「何か妙な事でも書いてあったのか?」
「ははっ、妙と言うなら確かに妙だ」
ミュセが茶をすすりながら、俺の疑問に反応した。
「どういう事だ?」
「普段なら、この様な事前連絡を送ってきたりはしないんですよ。いきなり依頼の内容が送りつけられてきます。こちらに拒否権はありませんから」
ミラも自分の席に戻って、紅茶を淹れる。
「なるほどな。確かにあの教区長のジジイなら、事前に連絡なんか入れる訳ないか」
前回来た時も、こっちを随分と見下していたからな。
俺たち相手だから特別そうだったのかもしれないが、他人に対する敬意なんて欠片も持っていない人種と見たね、アレは。
「しかし、こっちに拒否権が無いとは初耳だ。できない事でも無理にやらされているのか?」
茶菓子のビスケットを摘まみながら、ミラに訊く。
「それがこのギルドの設置を認めてもらう条件でしたから。それに、私達の実力を証明する事が目的なのですから、無茶振りもドンと来いです」
ミラは前向きにそんなことを言う。
先日、教区長との対話で弱っていた姿が嘘のようだ。
……そうか。依頼の話に来るという事は、今日もあの男が訊ねてくるのか。
「なあミラ、これから来る客の対応、俺にやらせてくれないか?」
この前の様にミラに負担をかけさせるのは、見ているこちらとしても忍びない。
しかしミラは、かぶりを振った。
「ありがとうございます、ギル。でも、それはこのギルドのリーダーとしての責務ですから、私が対応します。できれば、前回と同様に私の傍に居ていただけると助かるのですが……」
責務か……。あまり無理はしてほしくないけれど、本人が頑張ると言うからには、それを否定も出来ない。
見守るって決めたからな。そういうのを補助するのが俺の役目なのだろう。
「分かった。任せてくれ」
俺はミラの申し出を、快く引き受けた。
今日訪問しに来たのは、教区長とは別の聖職者だった。
歳は四十代ほどで、聖職者然とした清廉な印象がある男性だ。
外見だけなら、教区長よりも人が良さそうに見えるのだが、どうだろう。
「突然の訪問になってしまい、申し訳ございません。私は教会にて神官長の職に就いております、サイドルと申します」
サイドルと名乗った聖職者は、俺たちへ向かって深く会釈をした。
その丁寧な態度に、俺とミラは思わず顔を見合わせる。
「ご丁寧にありがとうございます。私はこの教会の代表をしております、ミラと申します」
「自分はギルディッドと言います」
とりあえず、礼には礼で返す。俺達は教会と敵対したいわけではない。
「ギルディッド……そうですか、貴方もこのギルドに参加したのですね」
俺の名を聞いた途端、まるで俺の事を知って居る風にサイドルは微笑んだ。
この男と以前どこかで会った事があるのだろうか?
記憶を手繰り、サイドルが名乗った神官という職から思い出す。
「……そうか、貴方はあの儀式の―――」
八年前、俺の手に能力紋を刻んだ大神官様だ。
「そうです。あの日以来、ずっと貴方に謝りたかった。あの日、私の対応が不適切だったばかりに、貴方を苦しめてしまった事を……」
そう言って、サイドルは頭を下げた。こんな聖職者は初めてだ。
この人は教会の人間だが、俺たちにも礼儀を示してくれている。信じてみても良いかもしれない。
「あれは貴方のせいじゃないですよ。あの場には子供が大勢いたんだ。それを全部口封じするなんて、誰にもできやしなかった」
「……それでも、何かできる事はあったかもしれない」
「その気持ちだけで十分です。ありがとう、大神官様」
こちらからも礼を伝える。
この人を恨んだことは一度も無かったけれど、まさか謝られるとは思ってもみなかった。
俺が知らないだけで、教会にもまだ、まともな人間は居るのかもしれない。
「早速ですが、仕事の話をしましょう。事態は急を要する」
ミラにすすめられて長椅子に座りながら、サイドルは深刻な表情で切り出した。
「聞きましょう。何があったのですか?」
ミラの応答に、サイドルは頷く。
「はい。あなた方にお願いしたいのは、行方不明になっているパーティーの捜索と救出です」
「救出ですか?」
少し意外そうにミラが言う。
救出任務なんて、いかにも俺たちの存在が露見しそうな仕事である。
こちらに隠す意図は無いが、教会側はこのギルドの存在を隠匿したがっている。
呪い持ちが教会で活動している事を、公にしたくはないのだろう。
サイドルはミラの反応に対し、更に意外な話を持ち出した。
「意外に思うでしょうが、この救出はあなた方にしか頼めないのです。
行方不明になったパーティーが向かった先は第十層なのですから」
「第十層だって? そんな馬鹿な」
思わず声が出てしまう。
魔物の妨害はもちろん、墳墓そのものが迷宮と化しているため、一層下に降りる道を探すのにも三年から五年はかかるのだという。
積極的に調査を始めて、この十年で教会が到達できたのはたったの四層。
現在の最深調査層は第六層だったはずである。
とはいえこれは先日ミュセから教えてもらった知識なので、多少更新はされているかもしれないが、それにしてもいきなり十層はありえない。
その疑問に対する答えを、サイドルは提示した。
「七日前にあなた方が発見した三層の隠し通路です。その先に昇降機が発見されました」
「昇降機?」
ミラも知らないのか、首を傾げる。
聞いた事も無い名前だった。どんな物だか想像もできない。
「階層を移動できる仕掛けです。それにより、三階層から十階層まで一気に降りる事ができます」
サイドルの説明に、ミラは驚く。
「そんなものが?」
「大発見じゃないですか!」
そんな近道を発見したなんて、すごい功績になる。
ただ、それを俺たちの手柄だと、あの教区長が認めるとは思えない。それがなんとなく腹の立つ話だった。
サイドルは俺たちの反応に頷く。
「ええ。深い階層への到達は、有能な聖遺物発見の近道となります。これの探索自体には私も賛成していましたが、一つ問題があったのです」
「問題ですか?」
近道できるのならそれに越した事は無いと思うのだが、サイドルは難解な表情でそう言う。
疑問符を浮かべる俺に、サイドルは説明した。
「ええ。現在この教区には、十層を探索できる実力者がほとんど居ないという事です。グランスライムの討伐すら苦戦するような集団では、到底十層の探索など不可能です。
私はあなた方だけが、唯一それを成し得る存在だと確信しておりました」
「……私たちが、ですか?」
サイドルの意外な評価に、ミラも俺も驚く。
「あなた方は、グランスライムを討伐して見せました。深層へ潜る資格は十分にあると言えるでしょう」
「……聖女様はどうなんだ? 噂には、相当な功績を上げていると聞いているが?」
アイシャは≪神聖術≫のギフトで目立つ活躍をいくつもしている。
週に一度は朝刊でその名を見るほどの有名人だ。レベルもそれなりに上がっているのだろう。
しかし俺が訊ねた途端、サイドルの顔つきがより一層深刻な物へと変わった。
嫌な想像が脳裏をよぎる。
「……実績は確かにありますが、あのパーティーは聖女一人の実力で維持されています。とても現段階で深層へ潜らせるわけにはいかない。そう、私は何度も教区長様に進言したのです。
しかし、あの方は迫る審査会の前に、確かな成果を求めるあまり、あのパーティーを深層へ向かわせました」
嫌な予感が的中した。全身に悪寒が走る。
アイシャは物事を冷静に見れる人だし、無謀な事をするタイプではない。
実力が足らない事を分かっていながら、教会側が無理に向かわせたのだろう。
「お前らっ! それを知って居て、あの子を十層へ向かわせたのか?」
「申し訳ない。私の言葉では、教区長様の行動を止める事は出来ないのです」
思わず席を立った俺を手で制して、ミラはサイドルに尋ねた。
「……つまり、私たちへの依頼は聖女様の救出なのですね」
「はい。将来有望な巡礼者たちを、あの方の身勝手で死なせる訳にはいかないのです。どうか、御助力をお願いいたします」
「……この事を、教区長は?」
ミラはあくまでも冷静に、質問をする。その内容から、彼女がこの件に対して慎重なのが窺えた。
「教区長様はご存じありません。一度私の提案を突っぱねた手前、あの方は『闇教会』を十層へ向かわせたがらないのです。
代わりの巡礼者を周囲の教区から呼び寄せるつもりの様ですが、彼らが到着するまでに三日はかかります。そんなには待てません」
「……責任は、貴方が持っていただけるのですよね?」
「その点に関しては問題ありません。エセナ神に誓って、この依頼に関する全ての事項に私は責任を負いましょう」
サイドルのその言葉を待っていたとばかりに、ミラは頷いた。
やはりこんなギルドを教会側に認めさせただけの事はある。リスクに対する構えはしっかり持っている様だ。
俺としては救助に向かいたい気持ちで急いていたが、だからこそ返ってミラの冷静さはありがたくもある。
「分かりました。それでは、すぐに取り掛かります」
「よろしくお願いいたします」
ミラの返事に対し、サイドルは深く頭を下げた。
俺たちはすぐさま、探索の準備に取り掛かった。




