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◇9 - 教会の聖女

 アイシャは自分の事が嫌いだった。


 八年前、類稀なる≪神聖術≫のギフト持ちとして教会に迎え入れられた彼女は、その実力を発揮して、瞬く間に若い世代の巡礼者を代表する逸材となった。


 彼女の現在のレベルは12。職種は≪プリーステス≫

 通常、十年務めた巡礼者がようやく9レベルに到達する事を考えれば、未だ十代のアイシャがこの格に到達している事は異例の事態だ。


 そんな彼女の実力を教会も認め、彼女に『神官』の称号を与えた。


 教会の序列は『修道士見習い』から始まり、『修道士』、『修道長』、『司祭』、『神官』、『大神官』と上がっていく。


 多くの者が『修道長』止まりである事と比較すると、この出世は教会がアイシャに向ける期待の大きさを示している。


 教会の内外からそんな優秀な彼女を称賛する声が上がり、今やアイシャは"聖女"の愛称で呼ばれている。


 一人の少女が栄光の道を突き進む様に、誰もが陶酔する。それに喜んでいないのは、渦中の中心であるアイシャただ一人だけ。


 功績を讃えられ、持てはやされるほど、アイシャの胸中には罪悪感が積もり続けた。


 常に想うのは、一人の幼馴染の姿。

 自分と一緒だったばかりに、彼は未だにアイシャの比較対象にされる。


 呪いを受けた最悪の存在で、最底辺の落ちこぼれ。


 そんな話を聞くたびに、アイシャは怒りを抱くのと同時に、責められている気になった。


 どれだけ教会内でのし上がり、聖女と持ち上げられても、ただ一人の大切な友人すら救えない。


 儀式の日から八年。アイシャにとってそれは、無力な自分を責め続け、人知れず泣き続けた、そんな後悔の日々でしかなかったのである。





「アイシャ様、何か心配事でもあるのですか?」


 物憂げな表情を浮かべて窓辺に佇むアイシャを心配し、ルインが訊ねた。


 ここは大聖堂の中に在る、アイシャ達のギルドルームである。


 アイシャは探索が無いと、窓辺に佇んで街の様子を見下ろすのが常だった。

 普段からここに立つと、憂鬱な顔になるアイシャだったが、ここ数日は特に酷く、思わずルインは声をかけてしまった。


「いえ、ご心配なく。何もありませんから」


 アイシャは微笑んで、ルインにそう返す。

 何も無いなんて様子では無かったし、そもそもルインは彼女の不安の訳を知って居た。


 ここ数日、ギルの姿が見られないのである。

 アイシャは暇を見つけると貧民窟まで降りて、ギルに会いに行くのが日常だった。そしてそれを毎度迎えに行くのが、ルインの仕事である。


 アイシャの名声に傷をつけないためにも、ギルとの接触は避ける様に教会側からも忠告を受けている。


 ルインはそれに従ってアイシャを諫める立場にあったが、彼個人としてはそれを特別悪い事だとは思っていなかった。


 護衛として常に共に居る関係上、アイシャの人柄を良く知って居たし、アイシャがギルを特別な存在として見ている事も分かっていた。


 だからアイシャが貧民窟に行く事を見て見ぬ振りもしたし、不自然にならないタイミングで迎えに行くようにもしていた。


 だからと言って、ルインはギルの事を認めている訳ではない。

 むしろ嫌いな部類であったし、どうしてアイシャがそこまでギルに固執するのかも分からなかった。


「……そんなに、あの男の事が心配ですか?」


 ルインの問いに、アイシャはハッとする。


「何の事でしょうか?」


 アイシャは目を逸らして、ルインにそう答えた。

 あくまで誤魔化すというのなら、それ以上の追求はルインの人道に反する。ルインは口をつぐんだ。




「―――失礼するよ」


 部屋の扉が叩かれ、教区長が入ってきた。

 アイシャとルインはすぐに姿勢を正し、教区長へ辞儀をする。


「ご無沙汰しております、教区長様。本日はどの様な御用でしょうか?」


 アイシャの問いに頷き、教区長は地図をニ枚手渡した。


「これは……三層の地図ですね。こっちは、見た事も無い」


 不思議そうに地図の内容を確認するアイシャへ、教区長は説明する。


「先日三層で新たな道が発見され、調査に向かった者たちがその先に昇降機を見つけた。昇降機は、未発見の層へと繋がっていたという。研究者の見立てでは、第十層へ直通で繋がっているらしいとのことだ」


「十層へ直通! まさか、そのような仕掛けが……」


 ルインが驚愕の声を上げる。

 この十年の歴史で、教会が到達できたのは六層までだ。十層への近道が発見された事は、一大事件だった。


「我々が悲願とする聖杯の発見に、また一歩近づいたと言う訳だ。だが、当然十層ともなれば潜む魔物も強力な物となる。そこで、君たちの班に探索の先導を任せたい」


 教区長の提案に、アイシャは難色を示した。


「しかし、私達のパーティーにそこまでの実力があるとは思えません。ついこの前六層に降りたばかりなのです」


 レベル12のアイシャにとって六層はさほど脅威では無いが、それはアイシャのレベルの上がり方が特別早かったというだけの話でしかない。


 パーティー全体の強さを考慮すれば、まだ五層で研鑽けんさんを積んだ方が良い実力である。


 しかしそんな現場の事情を知らぬ教区長は、有無を言わせずアイシャへ命じた。


「これは既に決定事項だ。君たちに拒否権はない。―――何も、いきなり成果を出せとは言っていないのだ。戦力が育ち切っていないのなら尚更なおさら、十層で経験を積んだ方が効率も良いだろう」


「……承知いたしました。その探索業務、謹んでお受けいたします」


 アイシャは納得できなかったが、それでも素直に従った。


 組織に属している以上、上部からの命令には逆らえない。まして、相手が地方の最高権力者ともなれば異論の余地はなかった。


「では、健闘を祈る」


 教区長はそう言い残して、部屋を出て行った。


 不安な要素しかない先行きに、アイシャは深く溜息を吐く。


「また無茶振りを……審査会が近いからって」


 ルインは苛立ちをわずかににじませながら、そう呟く。

 聞き慣れない単語を耳にして、アイシャは首を傾げた。


「審査会とは何ですか?」


「教区長の適性を審査する場でございます。十年に一度、本部から審査員が訪れて行われるのです。それが半年後に迫っていまして、教区長はそれまでに目立つ成果を上げたいのでしょう」


「目立つ成果ですか。しかしそれなら、有用な聖遺物が既にいくつも発見されていますし、そこまで急いで聖杯を求める必要も無いのでは?」


 アイシャの指摘に、ルインは呆れ顔で肩をすくめる。


「私もそう思います。昨年、隣穴のベリア教区が聖杯の発見に成功した事で、うちの教区長は妙に焦って居られる様ですから、その辺りは理屈じゃないのでしょう」


「そうですか……困りましたね」


 アイシャは途方にくれて考え込む。


 とにかく問題なのは、パーティーの実力だった。

 四人組で構成されたパーティーの内、最も強いのがアイシャであり、次点でレベル7のルインである。


 これほどパーティー内でのレベル差が大きいのは、戦術的にアイシャ頼りな場面が大きいからだった。


 教会内では特に功績を上げているパーティーだが、決して総合的な戦闘力が高いわけではない。

 アイシャでも苦戦するような敵が現れれば、現状の体勢が崩れる可能性は十分に在った。


 リーダー故の責任感からか、アイシャはこの手の問題を一人で抱え込んで悩む癖がある。


 それを理解しているルインは、アイシャへ軽く助言をした。


「さっきの口ぶりからして、教区長は"十層の探索を始めた"という事実だけを求められているようですし、あまり考えない方が良いかもしれません。

 我々の手に負えないレベルなら、引き返して六層に行きましょう。あんな無茶振りで命を棒に振る必要はありません」


「ええ。そうですね。……では、パーティー全員に情報を共有しましょう。みんなを呼んできていただけますか?」


「承知いたしました」


 ルインは辞儀をして、仲間を呼びに部屋を出ていく。


 一人残されたアイシャは、再び窓辺へと移動した。

 街を見下ろして、重苦しい溜息をつく。


 優秀なギフトを持ったばかりに期待され、こうした無茶な要求も幾度となくされてきた。


 そうした重圧と責任感に、アイシャは息が詰まる様な窮屈さを感じている。


 子供の頃に憧れた、冒険者とは程遠い生活。

 自由に世界を見て回り、手に汗握る冒険を経て、財宝を手に入れる。

 そしてそんな生活の傍にはいつも、ギルの姿がある。


 それがアイシャの夢見た、巡礼者の姿だったのに。

 全てがたった一つのギフトによって、狂わされてしまった。


 もし自分がありふれたギフト持ちだったなら、状況も少しは変わっただろうに。

 今の彼女には、自由な選択の機会なんてどこにもない。


「……こんなギフト、無ければよかったのに」


 この街のどこかに居る友人の姿を思い浮かべて、アイシャは呟いた。

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