主従契約
窓の外にいる竜の金色の瞳は、じっとシエナを見つめている。
シエナはすぐに窓を開けると、竜を家の中に招き入れた。
竜は川か湖で水浴びでもしたのか、さっきは鼠色に薄汚れていたのが、今は白銀の身体をしている。
「さっき森に放したのに、どうしてここに……?」
森に飛んでいったはずなのに、シエナは竜が彼女の元に戻ってきた理由がわからなかった。
竜は口に、きらきらと輝く宝珠を咥えている。それで外から窓を叩いたようだ。
ユーグは竜を見て、興奮気味に声を上げた。
「うわあ、竜がいる……!!」
魔物の一種に区分される竜がいる一方で、竜の種類によっては、より上位の聖なる存在として畏れ敬われることもある。
薄汚れた姿で暴れていた時にはわからなかったけれど、シエナの目の前にいる竜は清らかな空気を纏っているようだった。
ユーグもそれを感じたのか、怖がることもなく、竜が口元に咥えている宝珠を覗き込んだ。
「しかも、この正二十面体の宝珠って、滅多にない最高級クラスの宝珠だよ!?」
宝珠は内側から虹色の輝きを放っている。眩いほどの光を放つ宝珠は、シエナが今まで目にした宝珠の中で最も美しかった。
「姉さん、これってどういうこと? 何があったの?」
「実はね……」
シエナは、さっき、捕らわれていた竜を買って森に放したことをユーグに簡潔に話した。
「そうだったんだ! 竜助けをしたら、竜が恩返しに来たってことかな?」
「でも、どうして私の居場所がわかったのかしら……?」
ユーグはシエナの胸元を見て、はっと息を呑んだ。
「ねえ。姉さんが着けてる、その母さんの形見のネックレス、光ってる……!」
「えっ?」
シエナが視線を落とすと、ネックレスのムーンストーンの内側に、青いシラーが踊るように光っていた。
ネックレスと竜が来たこととの関係はわからなかったけれど、シエナには、これまでに経験したことのない大きな変化が起こりそうな予感がした。
シエナが白銀の竜に一歩近付く。
「あなたは……」
その時、竜が浮かんでいるところの真下の床に、不思議な光が浮かび上がった。魔法陣の形をしたその光を見て、ユーグの目が輝く。
「この魔法陣って……!? この竜、姉さんと主従契約を結びに来たんだ!」
「私と、主従契約を……?」
「そうか。竜が持ってるあの正二十面体の宝珠は、このためだったんだ!」
戸惑うシエナに、頬を紅潮させたユーグは早口で続けた。
「魔法学校じゃ習わないだろうけど、主従契約を結ぶ時、品質の高い宝珠を使うと、より互いの力を強化することができるんだよ!」
「さすが詳しいわね、ユーグは」
「どうする、姉さん? この竜に応える?」
「ええ」
シエナは迷わずに頷いた。竜が自分を選んでくれたことに、運命的なものを感じたからだ。
ユーグの目がきらりと光る。
「なら、その竜が持ってる宝珠に、姉さんの魔力を最大限に込めてみて?」
「どういうこと……? 宝珠を壊してしまわないかしら」
シエナが普通の宝珠に魔力を込めようとすると、魔力量の多さゆえに、宝珠の強度の限界を超えて壊してしまうことがあった。そのため、宝珠を壊さない程度の魔力だけを込めるように、いつもは魔力のコントロールに注意していたのだ。
けれど、ユーグは力強く言った。
「その宝珠なら大丈夫だから。さあ……!」
「わかったわ」
シエナは魔法陣に足を踏み入れると、竜が咥えている宝珠に手を伸ばし、そっと触れた。体内に溢れるありったけの魔力を、宝珠に注ぎ込んでいく。
(ユーグの言う通りだわ)
魔力を注ぐと、ほかの宝珠なら、すぐに魔力でいっぱいになるような感覚があるのに対して、竜の口元の宝珠は、いくらでも魔力を呑み込んでいくような、計り知れない感じがある。
シエナが限界まで魔力を注いだ時、宝珠は直視できないほどの眩い光を放った。竜の瞳と、魔法陣が同時に輝く。
あまりの眩しさに目を閉じたシエナが再び目を開けると、彼女の側には、二回りほど大きくなった、美しい白銀の竜が揺蕩っていた。痩せて骨ばっていた身体も、すっかり回復している。
そして、彼女の左手首には、虹色に輝く宝珠のついた腕輪が光っていた。
「凄い……! 綺麗な竜だね」
竜を見つめて、ユーグが感嘆の溜息を吐く。
竜の金色の瞳に信頼を感じて、シエナはそっと竜の首を撫でた。
「これから、よろしくね」
竜は嬉しそうな声を上げると、窓から滑り出してじっと彼女を見つめた。
(私を呼んでいるのかしら?)
白銀の竜の身体が、さらに大きく変化していく。人が乗れるほど大きくなった竜が差し出した背を見て、シエナが躊躇っていると、ユーグはにっこりと笑った。
「安心して。主従契約を結んだこの竜は、絶対に姉さんを裏切らないから」
頷いたシエナが竜の背に乗ると、竜は空高く舞い上がった。
星の瞬き始めた空を、竜は悠然と飛んでいく。竜の背に乗って遠ざかっていく姉に、ユーグは大きく手を振った。




