薄汚れた竜
前話と同時更新しています。
「……!!」
商人が連れている生き物を見て、シエナが驚きに目を見開く。ペット用の動物を想像していたシエナだったけれど、そこにいたのは魔物たちだった。シエナが図鑑で見たことのある魔物たちが、首輪をつけられて地面に蹲っている。
うさぎ型の小さなアルミラージから、禍々しいヘルハウンド、大きなものではガーゴイルやキマイラまでが、商人の脇に並んでいた。
「お嬢さん、気に入ったものはいるかい?」
商人がにやっと笑う。
「あの、ここにいるのはいったい……?」
「『服従の首輪』をつけた魔物たちだ。見た目は怖そうに見えても、可愛いペットになるよ」
(『服従の首輪』……聞いたことはあるわ)
一般的には人間と対立する魔物だけれど、明らかに敵わないと感じる人間に魔物が対峙した時や、瀕死に追い込まれた時など、降参を示して主従契約を結ぶことを持ちかけることがあると、シエナは耳にしたことがあった。
主従契約は互いの合意によって成り立つけれど、契約を結べるのは生涯で一個体のみとなる。特に魔術師は、余程強い個体など、利があるものでないかぎり主従契約を結ぶことには慎重になる。但し、一度主従契約を結んでしまえば、その魔物は主である人間に完全に服従する。
その主従契約を、魔法をかけた首輪で簡単に代替するものが『服従の首輪』だった。但し、完全な主従関係は魔法で作れないため、魔法の力で従えるというほうが表現は正しい。
「ほら、大人しいだろう? もし逆らったら、こうすればいい」
ガーゴイルの首輪と対になった宝珠を商人が力を込めて握ると、首輪が光り、ガーゴイルが痛みに叫び声を上げた。
思わずシエナがガーゴイルから目を背ける。
(いくら魔物相手だからって、何て残酷な……)
商人の横で、ほかの魔物たちも虚ろな目をしていた。諦めの滲むその姿がどこか自分に重なるようで、シエナの胸が痛くなる。
けれど、一匹だけ、じたばたと暴れ続ける魔物がいた。さっきシエナが聞いたのも、その魔物の鳴き声だった。
ほかの魔物たちは、歯向かえば痛い思いをするとわかっているので、無理に抵抗することもない。それに対して、その魔物だけは、金色の瞳に燃えるような怒りを宿して、絶対に屈しないという強い意志を滲ませていた。
その様子に、苛立ったように商人がチッと舌打ちをする。
「いい加減、静かにしろ!」
彼がその魔物の首輪に対応する宝珠を握ると、耳をつんざくような叫び声が上がった。シエナは立ち尽くしたまま、薄汚れて鼠色をした、目の前の小さな魔物を見つめた。子猫程度の大きさで、身体は小柄なのに、どことなく気高さを感じる。
(この子は、自分の未来を諦めてはいないんだわ)
人生を諦めかけている自分とは違って、小さな身体ながら必死に戦うその姿が、シエナには眩しく見えた。
気付いた時には、シエナは商人に向かって尋ねていた。
「この子をください。……この魔物は何ですか?」
「お嬢さん、お目が高いね。これは竜だよ」
「竜……?」
羽のある蛇か蜥蜴の魔物のようにも見えたけれど、よくよく見ると、確かに竜らしき姿をしている。身体は埃まみれで、骨が浮き出るほどに痩せ、みすぼらしい姿をしていたけれど、誇りを失っていないその姿は、竜と聞いて納得がいった。
「おいくらですか?」
「お嬢さんには、とても手を出せるような金額じゃないだろうが……」
商人が口にした竜の対価に、シエナの眉尻が下がる。
(そんな大金、とても私には支払えないわ)
彼女の持っている金額では、まるで足りなかった。彼女の実家の懐事情を考えても、こんなところで大金を使うわけにはいかない。
けれど、諦め切れずに、何か金目のものはないだろうかと、シエナは鞄の中を探した。
(そうだ……!)
シエナは、革袋に入った銀貨と銅貨と共に、魔力を込めた宝珠を鞄から取り出すと、彼に尋ねた。
「今、私の手元にある全額と、この宝珠を合わせて、この子と交換していただけませんか?」
商人が宝珠に目を輝かせる。
「へえ、珍しい宝珠だな」
「元は高価なものではありませんが、魔力を込めてあります」
商人は宝珠を光に透かすと、満足そうに頷いた。
「これはなかなかの上物だな。……わかった、それで売ってやるよ」
商人は肩を竦めてみせた。
「本当ならとてもじゃないけど足りないが、大まけにまけてやる。この竜には俺も手こずっているからな。暴れ続けるし、餌も食べない訳ありだ。ただ、すぐに死んだとしたって返品はなしだぞ?」
「ええ、承知しました」
シエナが、自分の魔力を込めた赤い宝珠と、竜の首輪に対応する青い宝珠を商人と交換する。なけなしの金も置いて、シエナは竜を連れる形でその場を離れた。
どうやら、宝珠を持ち運ぶと、対応する首輪のついた魔物がついてくる仕組みになっているようだ。
怒りに身体をくねらせ、滅茶苦茶に暴れ続ける頭上の竜を見上げて、シエナはできるだけ穏やかに言った。
「大丈夫、あなたを傷付けるつもりはないわ。森まで行ったら、あなたを解放してあげるから」
まるでシエナの言葉を理解したかのように、竜は空中でぴたりと動きを止めると、そのまま暴れるのをやめて彼女を見下ろした。
竜の金色の瞳と、シエナの翡翠色の瞳が合う。澄んだ綺麗な瞳だと、シエナは思った。
シエナは、時折町行く人の視線を感じながらも、竜を連れて大通りを戻った。待たせていた馬車に乗り込んだ彼女に、竜は大人しくついてくる。まだ警戒しているように少し距離を置いて、竜がシエナの隣に蹲った。
竜は、シエナの胸元のネックレスをじっと見つめていた。




