親切な魔術師
前話と同時更新しています。
その翌日、シエナは馬車で魔術師団の拠点へと向かっていた。
「こうなったら、保証人がいなくても魔術師団に入団する方法がないか、聞いてみるしかないわ」
魔術師団の担当者に直談判しようと、シエナは拠点を直接訪れることに決めたのだった。お守り代わりに、胸元には母の形見のペンダントを着けている。
けれど、確認した結果は呆気ないものだった。
「保証人の署名は、魔術師団への入団に必須です」
「そんな……! 他に方法はまったくないのですか?」
「ええ、残念ながら」
担当者の言葉に、項垂れたシエナが踵を返す。彼女は、とぼとぼと魔術師団の廊下を出口に向かって歩いていた。
その時、廊下の向こう側から歩いてくる見慣れた姿が見えて、シエナは慌てて柱の陰に隠れた。
(クリストフ様だわ……)
彼は同僚と一緒に、楽しそうに話をしながら歩いてきた。ふと、シエナは鞄に入ったままになっている、魔力を込めた宝珠のことを思い出した。時々、クリストフに会いに魔術師団に来ていたシエナは、何か彼のためにできることがないかと、来る度に彼に魔力を分けたほか、魔力回復用に、魔力を込めた宝珠を彼に渡していたのだ。
宝珠にもランクがある中で、シエナが買えるのは安いランクの宝珠だけだったけれど、彼女が魔力を込めると、宝珠は美しい輝きを放った。
宝珠に魔力を込めた時には、次にクリストフに会ったら渡そうと思っていたシエナだったものの、今は彼と顔を会わせたくはなかったので、咄嗟に太い柱の陰に隠れた。
クリストフたちの会話がシエナの耳に届く。
「この前も、クリストフはさすがの活躍だったよな」
「たいしたことはないよ」
「そういえば、時々見かけたクリストフの婚約者も、今年魔術師団に受かったんだって? もうじき入団するのかい?」
自分の話が出てどきりとするシエナに、クリストフの声が聞こえた。
「いや、魔術師団になんて入らせない。彼女の実力ではここは無理だし、結婚したらずっと僕の側にいてもらう。外に出すつもりなんてないよ」
同僚がひゅうっと口笛を吹く。
「うわっ、クリストフほどの男が、ご執心だね」
「まあね」
聞きようによっては彼に愛されていると取れなくもない言葉だったけれど、シエナの背筋はぞわりとした。
(もしクリストフ様と結婚したら、きっと私の自由なんてなくなるんだわ……)
彼と結婚したら、本当に外出すらできなくなるような気がした。それに、実力不足と言われたことに、シエナの目には涙が滲む。
(やっぱり、私の魔法の技術なんて、取るに足りないものだと諦めていらしたのね)
クリストフが彼女に魔法の指導をすることは、ほとんどなかった。君の魔力さえあればそれでいいと言われることが、シエナには悲しくもあった。
彼らが通り過ぎるのを待ってから、シエナは急ぎ足で出口へと向かう。悔しさと失望の入り混じった気持ちで、涙を堪えて駆け出したシエナは、廊下の曲がり角で誰かにぶつかった。
「きゃっ……!」
尻もちをついた彼女に、ぶつかった相手が手を差し出す。
「大丈夫かい?」
「は、はい」
魔術師団の制服を纏う長身の銀髪の青年は、独特の鋭い空気を纏っていた。彼の手を借りて立ち上がったシエナは、恥ずかしさと申し訳なさに、彼の顔をまともに見られないまま、深く頭を下げた。
「ご迷惑をお掛けして、すみません」
「これを」
「えっ……?」
彼が差し出したのはハンカチだった。それを見て、シエナは自分が泣いていることに気が付いた。
慌てて彼のハンカチで目を拭ったシエナは、もう一度頭を下げた。
「ご親切にありがとうございました。このハンカチは、今度洗ってからお返ししに来ます」
早足で去っていく彼女を、青年が見送る。
「あの令嬢は……」
小さくなっていくシエナの後ろ姿を、彼は興味深そうに見つめていた。




