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【完結】貴方の言いなりだった私は、もういませんので  作者: 瑪々子


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秘密

 数日後、シエナは入団手続のために魔術師団の拠点を訪れていた。

 必要な書類を一式提出し、無事に受理されて、ほっと胸を撫で下ろす。


「では、来月からよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 憧れの魔術師団に翌月からの入団が決まって、シエナの足取りは軽かった。ついエリオスに会いたくなってしまったけれど、この日は早朝から魔物討伐に向かうと聞いていた。

 エリオスがどれほど魔術師として優秀か、シエナも十分過ぎるほど知っていたけれど、竜の怪我を考えると、心配になる気持ちが拭えない。


(エリオス様、どうぞご無事で、魔物討伐を終えられますように)


 そんなことを考えながらシエナが拠点の廊下を歩いていると、正面から同僚と歩いてくるクリストフの姿が見えた。


(……クリストフ様だわ)


 元婚約者のクリストフとは、もう話したくはないというのが本音だったけれど、入団すれば彼は先輩になる。

 自分から挨拶すべきかを迷っていると、クリストフからシエナに話しかけてきた。


「シエナ」

「クリストフ様……」


 シエナは硬い顔でクリストフに会釈をした。


「来月から入団することになりました」

「……そうか」


 クリストフは、同僚に先に行くようにと告げると、シエナを見つめた。


「君に忠告がある」

「……何ですか?」


 彼は、シエナの左手薬指に嵌められている婚約指輪にちらりと目をやると、声を落とした。


「君の魔力は、エリオス様とも相性が良いのだろう?」

「どうして、それを……!?」


 驚くシエナを見て、クリストフは薄く笑った。


「竜公爵として名高く、地位も名誉もほしいままにしていたのに、これまで女には見向きもしなかったあのエリオス様が、突然君と婚約だなんて。何か理由があると考えるのが自然だろう?」

「……何が仰りたいのですか?」


 クリストフが笑みを深める。


「僕と婚約解消した途端に彼と婚約したのは、互いに都合が良かったからなのだろう? エリオス様は君から魔力を補給できるし、君はシェフィールズ公爵家の強い後ろ盾を得られる。まあ、僕への当てつけに見えなくもないがね」

(エリオス様が私を守るために婚約してくださったことに、クリストフ様が気付いていたなんて……)


 シエナがエリオスに魔力を分けているのは、彼女が望んで働いているからだったけれど、エリオスが彼女と婚約したのは、彼女の意を汲んで、守ろうとしてくれたからだ。

 そう考えてシエナが微かに瞳を揺らしたのを、クリストフは見逃さなかった。


「ほら、図星だろう? 君はエリオス様に、その豊富な魔力を利用されているだけだ」

「エリオス様は、そんな方ではありません! クリストフ様と一緒になさらないでください」


 シエナは、これまで当然のように彼女の魔力を使っていたクリストフを、きっと睨んだ。


「ほう、僕と一緒にだって? 心外だな。……僕は君のことを、心から愛しているのに」


 クリストフの瞳には切なげな色が浮かんだけれど、シエナはふいっと彼から顔を逸らした。


「お話はそれだけでしょうか? 失礼します」


 歩き去ろうとするシエナを、クリストフが低い声で呼び止める。


「その婚約は、得策じゃない」

「私がエリオス様と婚約しているのは、損得なんかが理由じゃありません。ただ、彼と一緒にいたいだけで……」


 シエナの言葉を、さらに低くなったクリストフの声が遮った。


「エリオス様は、君に隠し事をしている。彼はこれまでのように、負け知らずの魔術師ではいられないのだから」


 もったいぶったクリストフの言い方に、シエナの背筋がすうっと冷えていく。


(もしかして、クリストフ様……エリオス様の竜のことを、何か知っているの?)


 エリオスの竜は快方に向かってはいたけれど、エリオスは魔物討伐に竜を使っておらず、竜の現状を知る団員はいないはずだった。彼の竜が一時は瀕死に陥ったことも、エリオスはできる限り洩らさないようにしていたと聞いている。


「エリオス様には、魔力を必要とする切実な理由があるんだ。その秘密を知ったら、きっと君の気持ちは変わると思うよ。いくら君の魔力があったって、彼の追い詰められた状況は変えられないだろう」


 シエナは口を引き結んだ。


(きっと、クリストフ様は、私がエリオス様の竜の怪我を知っているなんて思ってもいない。だから、そんなことを言っているのだわ。でも、どうして……?)


 シエナの胸はざわざわと騒いだ。クリストフの話を聞くことで、エリオスの竜に魔法を掛けた者の手掛かりが得られるかもしれないと思うと、このままクリストフを振り切って帰ることも憚られる。

 そんなシエナの躊躇いを、エリオスとの婚約への躊躇と誤解して受け取った様子で、クリストフはふっと笑った。


「少し話さないか? 場所を変えよう」


 彼は、人気のない裏庭を指し示した。

 クリストフと二人で、人目に付かない場所で話すことを考えるだけで、シエナの心臓は嫌な音を立てる。


(……でも、もしクリストフ様から術者の情報をうまく引き出せたなら、エリオス様の竜を完全に治せるかもしれない)


 大切なエリオスとその竜のことを考えると、どうしても話を聞く方に天秤が下がる。

 不安な気持ちを呑み込んで、シエナはゆっくりと頷いた。

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― 新着の感想 ―
婚約者でもない、明らかに悪意を持って接してくる男と人気のない所で2人きりになろうとする主人公の迂闊さに眩暈がします
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