幸せな時間
シエナがエリオスに連れられて向かったレストランは、夜景が綺麗に見える高台にある瀟洒な店だった。
一皿一皿凝った料理は目に鮮やかで、驚くほど美味しい。
雰囲気の良い店内の個室で、料理に舌鼓を打ちながらエリオスと話す時間は、シエナにとって夢のように幸せなひとときだった。
彼女の左手薬指には、エリオスに贈られた婚約指輪が美しい輝きを放っている。
エリオスは博識で、魔法の知識についてはもちろん、美術や芸術にも造詣が深く、話していて飽きることはなかった。それでいて、シエナの話にも興味を持って耳を傾けてくれる。自然体で肩肘張らずに過ごせる上に、話が尽きない。
(これが、大人の余裕なのかしら……)
魔法学校を卒業したばかりの十八歳のシエナに対して、エリオスは七歳年上の二十五歳だ。けれど、年齢差以上に、エリオスの落ち着きや優しさ、包容力に、シエナは恋心と共に安らぎを覚えていた。
シエナが質問した魔術師団についての話も、エリオスは丁寧に教えてくれた。入団が現実のものとなって、期待に胸を膨らませつつも、緊張と不安も感じていたシエナの心情を慮ってくれたようだ。
魔物討伐に話が及んだ時、シエナはエリオスの左手首の腕輪を見つめた。
「エリオス様の竜は、今はその腕輪にいるのですよね。魔物との戦闘にも参加しているのですか?」
「いや、まだだ。戦うことができない訳ではないが、傷が完治していない以上、負担をかけたくはないからな。それでも……」
エリオスは左手首の腕輪をそっと撫でた。
「こうして竜が側にいると思うだけで、気持ちの上で支えられている。大切な相棒だからな。ここまで竜が回復したのも、シエナがいてくれたからこそだ」
「いえ! エリオス様に救われているのは、私のほうですから。……エリオス様の竜に掛けられた魔法が、早く解けるといいのですが」
エリオスの竜の傷と、そこに掛けられた厄介な魔法を思うと、シエナの胸は痛んだ。
「手掛かりはまだ見付からないが、諦めずに探すよ」
「私も、魔術師団に入ってもし何かに気付いたら、すぐにお知らせしますね。最近、魔力に対する感度が上がったみたいで、ある程度、使い手による魔力の違いを感じるようになったのです」
ユーグと魔道具店に行った時、魔道具に込められた魔力の相違が判別できたことをシエナがエリオスに話すと、彼はじっと耳を傾けていた。
「なるほど。魔術師団にあの魔法を掛けた術者がいるなら、シエナの感覚は術者を突き止める鍵になるかもしれないな。ただ、くれぐれも気を付けてくれ。もし、術者と思しき団員がいたとしても、シエナが一人で動いては危険だ」
「ええ、わかっています」
頷いたシエナは、竜に掛けられた魔法に感じた、冷たい魔力を思い出していた。
(竜に掛けられた魔法を見た時に感じた微かな違和感は、いったい何だったのかしら……?)
今も、思い出すと、何かが引っ掛かっているような感じがする。それは、もう少しで手が届きそうでいて届かないような、もどかしい感覚だった。
エリオスは感心したようにシエナを見つめた。
「それにしても、魔力の違いを見分けられるとは、素晴らしい才能だな。人によって魔力の質に多少の違いを感じることはあっても、俺はそれが誰のものかや、詳細な違いまではわからない。魔術師団中を探しても、君のような能力の持ち主はいないだろう」
「魔力に対する感覚が磨かれたのは、エリオス様のご指導が良かったお蔭です。以前は、そんなことにはまるで気付きませんでしたし、人によって魔力に個性のようなものがあるとわかったのも、ごく最近のことなので」
「頼りにしているよ、シエナ。ただ、あくまで君の安全が最優先だということだけは、忘れないでくれ」
「はい。お気遣いありがとうございます」
それからも話題は尽きず、二人の夕食の時間は楽しく過ぎていったのだった。
***
夕食を終えて、エリオスはフレミング伯爵家までシエナを送り届けた。
「今夜はとても楽しかった。君と過ごせてよかった」
「こちらこそ、楽しい時間をありがとうございました。それに、こんなに素敵な婚約指輪までいただいて……!」
暗がりの中に、シエナの左手薬指の宝珠がふわりと輝いて浮かび上がって見える。
満ち足りた表情のシエナを見て、エリオスは優しく微笑んだ。
「では、おやすみ、シエナ。よい夢を」
エリオスが、ごく軽く彼女のこめかみに口付ける。
「……!」
シエナは真っ赤になってエリオスを見上げた。
「おやすみなさい、エリオス様。また明日に」
「ああ」
エリオスが乗り込んだ馬車が見えなくなるまで、シエナはずっと目で追っていた。
彼に口付けられたこめかみを、そっと押さえる。ほんの軽いキスだったのに、彼の唇が触れたところが、まだ熱を持っているようだった。
(あれは、おやすみのキスというものなの……?)
ぽうっと甘い感覚に包まれたシエナは、エリオスの優しい表情を思い返しながら、夢見心地で屋敷の中へと入っていった。




