待ち合わせ
その後、エリオスはすぐにフレミング伯爵家に婚約の挨拶に訪れた。
シエナの父であるフレミング伯爵は、驚きに目を丸くしながらも、幸せそうな娘を見て顔を綻ばせた。
弟のユーグも、シエナがエリオスと婚約したことに諸手を挙げて喜んでいる。
エリオスが挨拶を終えて帰ると、伯爵はしみじみと言った。
「……まさか、シエナがエリオス様と婚約するとは思わなかったよ」
「私自身も、まだ信じられないような気持ちです」
薄らと頬を染めた娘を、彼は優しい瞳で見つめた。
「シエナのそんな顔を見たのは、久し振りだな。最近までは、不安そうな表情をよく見かけていたが……それが君の答えということなのだね」
父が言外に、つい最近まで婚約していたクリストフのことを指しているのは、シエナにもわかる。
「はい、お父様。エリオス様は、いつも私のことを慮ってくださいますし、心から信頼できる素晴らしい方です」
「そうだな。さっきエリオス様と話していて、私も彼の人柄はよくわかった。何より、シエナを大切にしてくださっているのだな」
「はい」
娘の笑顔に、彼はほっとしたように笑った。
「それに、こんなことを言うのは何だが、シェフィールズ公爵家のような強力な後ろ盾があれば、フレミング伯爵家も安心だ。……この前シエナが婚約を解消してからというもの、この家の事業に嫌がらせや横槍が入っていたのも、じきに落ち着くだろう」
クリストフとの婚約解消後から事業が妨害されたことに父が気付いていた様子に、シエナははっとした。
「お父様、もしかして、気付いていらしたのですか……?」
「ああ。クリストフ殿にも思うところはあるのかもしれないが、あんな卑怯な手も厭わないような方だとは思わなかった。……彼のことを見誤っていたようだ」
申し訳なさそうに父はシエナに言った。
「すまなかったな。彼のような男にシエナを渡さずに済んで、よかったよ」
「お父様が私のためによかれと思っていらしたことは、私もわかっていますから」
「エリオス様と幸せにな」
「……はい」
(この苦境を救うために、エリオス様は私と婚約してくださったのでしょうけれど……)
笑顔になった父を前にして、シエナの胸の奥は罪悪感に疼いたけれど、前を向くことにした。他に、フレミング伯爵家を救うための良い方法は思い浮かばない。
そして、エリオスが彼女を大切に扱ってくれていることは、疑いようもなかった。
エリオスからは、翌日の仕事終わりに、一緒に出掛けることを提案されている。
明日のことを思うだけで、シエナの胸は弾んだ。
(助けてくださったエリオス様のために、私もできる限りのことをしたいわ)
そんなことを考えながら、シエナはエリオスへの想いがますます膨らんでいくのを感じていた。
***
翌日、シエナは一番のお気に入りのワンピースを身に着けて、魔術師団の前でエリオスを待っていた。
エリオスからは、仕事が終わったら迎えに行くと提案されたものの、街に出るには、魔術師団で待ち合わせをするほうがずっと近い。エリオスに余計な時間や手間をかけさせたくなかったこともあり、シエナから魔術師団に行くと告げたのだった。
魔術師団の拠点前の木立の側で、シエナはひっそりとエリオスの姿を探していた。
(少し早く着いてしまったけれど、そろそろかしら……)
拠点から出てくる団員たちを、そわそわと見つめる。
そんなシエナの肩が、横から叩かれた。エリオスかと思い振り返ったシエナの顔が、すうっと青ざめる。
「!」
「シエナ」
そこにいたのはクリストフだった。
(クリストフ様にだけは会いたくないと思っていたのに……)
クリストフは、シエナの服装を見て目を細めた。
「可愛い格好だね。僕のためにめかし込んでくれたのかな? いつ君が僕に会いに来るのかと、待ちくたびれていたよ」
「……私、クリストフ様に会うために来たのではありません」
クリストフがくすりと笑う。
「そんな強がりを言わなくたっていいんだよ。もうわかっただろう? 僕がいないとどうにもならないって……」
彼に腕を掴まれて、振り払おうとしたシエナだったけれど、彼の手はびくともしない。
「離してください! 私、人を待っているんです」
「僕以外に、待つような人が? さあ、シエナ……」
強引にクリストフに腕を引っ張られそうになった時、シエナの身体がふわりと抱き寄せられた。
「シエナ、待たせたね」
「エリオス様……!」
ほっとシエナが安堵の笑みを浮かべる。
エリオスは厳しい表情でクリストフを見つめた。
「俺の婚約者に何をしている?」
「え……エリオス様!?」
思いがけず現れたエリオスを見て、クリストフは信じられないといった様子で瞳を揺らした。渋々シエナの腕を離す。
「今、何て……? 婚約者……?」
動揺を隠しきれないクリストフに、エリオスは頷いた。
「ああ、シエナは俺の婚約者だ。彼女に手を出すようなことは慎んでくれ」
冷ややかにクリストフを見つめたエリオスは、シエナに向かって優しく言った。
「さあ、行こうか」
「はい、エリオス様」
振り返ることもなく、エリオスと去っていくシエナの後ろ姿を、クリストフはわなわなと震えながら見つめていた。
「……嘘だろう?」
クリストフが呆然と呟く。
「あれだけ浮いた噂のなかったエリオス様が、よりによって、どうしてシエナと婚約なんて……」
シエナに白旗を上げさせようと仕組んだ計画が、ガラガラと音を立てて崩れていくのを感じながら、クリストフは青ざめた顔で頭を抱えた。
「シエナ……」
諦められずに愛しい人の名前を呟くと、彼は悔しそうに唇を噛んで、遠ざかっていく二人を目で追った。




