歓迎
シエナはエリオスと、彼の両親であるシェフィールズ公爵夫妻の前に並んで座っていた。二人の竜は、今はそれぞれの腕輪の中だ。
厳格そうな風貌のシェフィールズ公爵が口を開く。
「……それで、話というのは?」
「シエナと婚約したいと思っています」
単刀直入なエリオスの答えに、シェフィールズ公爵夫人は嬉しそうな声を上げた。
「まあっ……!」
シエナの頬が薄らと染まる。シェフィールズ公爵はにこやかに言った。
「そうか、エリオスもようやく婚約する気になったか」
「素敵な方でよかったわ」
躊躇いがちにシエナが尋ねる。
「私の実家はフレミング伯爵家で、貴公爵家と比べてかなり格下ですが、問題ありませんか……?」
「エリオスが選んだ令嬢なら、何の問題もない」
公爵夫妻は目を見交わすと微笑んだ。
「……息子とその竜に魔力を分けてくださっているのは、貴女なのでしょう?」
「はい」
「なら、息子の命の恩人も同然だ」
「えっ……?」
首を傾げたシエナに、公爵は続けた。
「エリオスは、瀕死の竜に必死に魔力を分け与えて生かそうとしていたが……私は諦めることを勧めた」
シエナがはっと息を呑む。公爵は膝の上で手を組むと、視線を落とした。
「私も竜と主従契約を結んでいるから、いかに竜が大切な相棒で、家族同然の存在なのかは百も承知だ。だが、それでも、自分の許す魔力の限界まで、竜に日々魔力を分け続ける息子を見てはいられなかった。あのままなら共倒れになって、そのうち命を落としても不思議ではなかったからな」
「……エリオスの魔力は特殊で、市販の魔力回復薬はほとんど効かないの。青白い顔をしたまま、魔術師団の仕事に向かう息子を見ていて、気が気ではなかったわ」
公爵夫人も眉尻を下げたけれど、感謝を込めてシエナを見つめた。
「貴女の魔力量が素晴らしく豊富なことも、息子との魔力の相性が良いことも聞いたわ。貴女には本当に感謝しているの」
想像していなかった、エリオスの両親の歓迎ぶりに、シエナは驚いていた。
妻の言葉に、公爵も頷く。
「シェフィールズ公爵家では、竜と主従契約を結ぶ影響もあってか、これと見初めた女性以外は受け付けないところがあって、代々晩婚でな。しかも竜が瀕死に陥って、結婚どころではないと思っていたが、エリオスから婚約という言葉を聞けるとは」
「こんなに嬉しいことはないわ。これもご縁かもしれないわね」
感慨深げな両親に向かって、エリオスがはっきりと言う。
「俺が幸せにしたいと思うのは、シエナだけです」
エリオスの言葉になぜか嘘は感じられず、シエナの頬にはますます熱が集まった。胸の奥がつきりと痛む。
(形だけの婚約ではなくて、エリオス様とずっと一緒にいられたなら……)
シエナは膝の上の手をきゅっと握った。
(私のことを気遣って婚約してくださったのでしょうけれど、お側にいられるうちに、本当に振り向いていただけるように努力したいわ)
眩しい雲の上の存在のように感じるエリオスだったけれど、彼の隣は居心地がよく、一緒に過ごす時間が長くなればなるほど、彼を想う気持ちは深まっていく。
ちらりとシエナがエリオスを見ると、彼は微笑んで、シエナが握った手にそっと手を重ねた。
「君の父上にも近いうちにご挨拶に行きたいと思っているが、どうだろうか」
「はい、ありがとうございます……!」
公爵夫妻は仲睦まじい様子で、エリオスとシエナを見つめた。
「シエナ嬢、これからもよろしく頼む。……ところで、シエナ嬢も竜と主従契約を結んでいるそうだね?」
「ええ、そうです」
シエナが左手首の腕輪の宝珠に触れると、彼女の竜がふわりと側に浮かび上がる。
公爵は雄々しい白銀の竜を見て顔を綻ばせた。
「美しい竜だな。純粋な、澄んだ瞳をしている」
「ええ。とても優しい子なんですよ」
シエナがそっと竜の首筋を撫でると、竜は気持ちよさそうに目を細めた。
その様子を見ながら、エリオスも口を開く。
「シエナの竜は、俺の竜の番だったようです」
エリオスの側にも彼の竜が浮かび上がる。まだ傷口を塞ぎ切れておらず、腹部の傷を氷で覆った状態の竜だったけれど、その瞳はしっかりと光を浮かべていた。
寄り添い合う竜を見つめて、公爵夫妻は嬉しそうに言った。
「竜と主従契約を結ぶこと自体が稀有なのに、まさか君たちの竜が番同士だったとは」
「……これも運命の導きかもしれないわね」
そうして、エリオスとシエナの婚約の報告は、終始温かな空気の中、和やかに終わった。
シエナがほっと胸を撫で下ろす。
「エリオス様、本当にありがとうございました」
「いや。さっき両親も言っていた通り、助けられているのは俺のほうだからね」
エリオスは優しい笑みを浮かべた。
「シエナの魔力にいかに救われているか、伝わっていたら嬉しいよ」
エリオスや彼の両親から繰り返し感謝の言葉を聞いて、シエナは胸の奥がじんわりと温まるのを感じていた。
それまで、シエナは自分の豊富な魔力量を当たり前のように思い、分けることにもさして負担を感じる訳ではなかったために、それほどの価値を自覚してはいなかったからだ。実際、クリストフには当然のように魔力を要求されていた。
「魔力量の多いこんな体質に生まれたことも、エリオス様のお役に立てたならよかったです。……あっ」
シエナははっとしてエリオスを見つめた。
「今日はまだ、エリオス様に魔力を注いでいませんでしたね……!」
エリオスの手に触れたシエナが、魔力を彼に注ぎ込む。
そんな彼女を、エリオスは優しい顔で見つめていた。
「やはり君の魔力は温かな力だ」
シエナの手を取ると、エリオスはそっと手の甲に口付けた。
「!?」
どぎまぎと真っ赤になるシエナに、エリオスが微笑みかける。
「いつもありがとう。これからもよろしく、俺の婚約者様」
「は、はい……!」
あっと言う間に、シエナの胸いっぱいに甘い気持ちが広がる。
(私、心臓が持つかしら……?)
ふわふわとした気持ちで、シエナはエリオスを見つめ返したのだった。




