思いがけない婚約
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エリオスの姿を前にして、シエナは真っ赤になって固まっていた。
「……エリオス様。もしかして、今、聞こえて……?」
「ああ」
(穴があったら入りたいわ……!)
恥ずかしさに消えてしまいたいような気分になりながら、シエナはあたふたと言った。
「す、すみません。私……」
つい口から溢れてしまった言葉が本心だったこともあり、言い訳すらなかなか思い浮かばない。
そんなシエナを、エリオスは温かな瞳で見つめた。
「なら、婚約しようか。シエナ嬢」
「えっ……!?」
想像もしていなかったエリオスの言葉に、シエナはきょとんとして言葉を失った。
エリオスが続ける。
「何かあったのだろう? 君の表情がどことなく暗いような気はしていたんだ」
(エリオス様、気付いてくださっていたなんて……)
エリオスに促されるまま、シエナはソファーに彼と並んで腰を下ろした。
「実は……」
シエナは、一度は婚約解消したクリストフから結婚を迫られていること、実家の事業に圧力がかかっていることをぽつぽつと話した。話しながら、ぞくりとするほど冷たいクリストフの瞳を思い出してしまい、微かにシエナの声が震える。
エリオスはシエナの言葉にじっと耳を傾けていた。一通り彼女の話を聞き終わると、彼は静かに怒りを滲ませた。
「彼がそういう人間だったとは。手段を選ばない男のようだね」
「……そうかもしれません」
欲しいものを手に入れるためなら、脅しをかけることも躊躇わないようなクリストフの姿を思い浮かべると、胸の奥が冷える。かつて彼に抱いていた愛情はすっかり消え失せて、今では嫌悪感すら覚えた。
エリオスはシエナを見つめた。
「もし君が本気なら、俺と婚約すれば、君の懸念――彼に結婚を迫られることや、フレミング伯爵家への圧力はなくなるだろう。そんなことをすれば、シェフィールズ公爵家に公然と喧嘩を売るようなものだからな。……どうする?」
優しい瞳で、エリオスはシエナの顔を覗き込んでいる。
(ああ。エリオス様は、私を守るために、あえてこんな婚約を受けると言ってくださっているのだわ……)
シエナは、エリオスの言葉を、彼女を守るための形だけの婚約と受け取った。
(そうだとしても……)
フレミング伯爵家を守るために、それ以上の手があるようには思えなかった。
少しの胸の痛みと寂しさを呑み込んで、シエナが彼を見つめ返す。
「お言葉に甘えることになりますが……エリオス様、私と婚約していただけませんか?」
「ああ」
エリオスが柔らかな笑みを浮かべる。
「では、婚約者としてもよろしく、シエナ嬢。……これからは君をシエナと呼んでも?」
シエナの胸がとくんと高鳴る。
「は、はい」
(そうよね、形の上では婚約者になるのだもの……)
エリオスの親切に甘えているだけのはずなのに、胸に甘い感情が湧き上がってくる自分が、何だか申し訳なく感じる。
「あの、今更なのですが。私は助けていただいてありがたいのですが、エリオス様と私では身分差も大きいですし、いくら仮初めの婚約だとしても、かなりのご迷惑をお掛けしてしまうことになりませんか……?」
少し口を噤んでから、エリオスは答えた。
「いや。むしろ、俺も余計な縁談に悩まされずに済むし、理由があるほうが君を守りやすい。俺の竜をここまで回復させてくれた君には、誰よりも恩があるしね」
目の前の美しいエリオスを見つめて、シエナはふと思った。
(人格者で、これほど綺麗な顔立ちをなさっている上に、素晴らしく魔法の腕が立って、公爵家の嫡男でいらっしゃるエリオス様が、どうしてこれまで婚約すらなさっていなかったのかしら……?)
エリオスのようにすべてを兼ね備えた男性には、縁談が殺到するのも頷ける。それでも、エリオスの口調からは、それらの縁談を煩わしく思っている様子だった。
実は忘れられない女性でもいるのだろうかと、どことなく気がかりだったシエナの内心を察したかのように、エリオスは続けた。
「竜というのは、感覚が鋭い生き物だ。竜と主従契約を結んで、その感覚が共有されるようになると、欲望や執着といった人間の負の感情にも次第に敏感になる。しばらく近くにいると、自然と伝わってくる部分があるんだ。そういう理由もあって、婚約なんてご免だと、これまでは避け続けていたんだが……」
宙を浮く竜の首をそっと撫でてから、彼は微笑んだ。
「シエナは他の令嬢たちとは違う。君といると気持ちが安らぐし、君の成長を間近で見られるのは楽しい。だから、迷惑どころか、俺にとってもこの婚約は望ましい」
(こんなことを言われたら、うっかり愛されていると勘違いしてしまいそうだわ……!)
優しく美麗な彼の笑顔に眩暈を覚えていたシエナに、エリオスは言った。
「そうと決まれば、すぐに婚約の話を進めよう。早速だが、俺の両親に伝えても?」
「は、はい! ありがとうございます……!」
「なら、今から報告に行こうか」
エリオスがシエナの手を取る。思いもよらぬ急展開に、シエナは困惑気味に、ちらりと頭上に浮く彼女の竜を見つめた。竜は金色の目を輝かせて、嬉しそうにエリオスとシエナを眺めている。
(優しそうなご両親だったけれど、私なんかとエリオス様の婚約を認めていただけるのかしら……?)
エリオスの両親であるシェフィールズ公爵夫妻には、シエナはこれまでにも何度か屋敷で挨拶をしていたけれど、婚約となればまた話は別だ。
シエナは緊張に鼓動が速くなった胸を押さえた。




