動揺
シエナは、ユーグと一緒に魔道具の店に来ていた。ユーグに、ここしばらく魔法の練習に付き合ってもらったお礼をしたかったからだ。シェフィールズ公爵家で得た報酬で、ユーグに好きな魔道具を選んでもらう予定だ。
ユーグは、広々とした魔道具店の中を見回して目を輝かせた。
「ねえ、姉さん。本当に好きなものを選んでいいの……!?」
「もちろん。ユーグに練習に付き合ってもらえて、本当に助かったもの」
「ありがとう。それにしても、無事に対戦に勝って、クリストフ様との婚約が解消できてよかったね!」
「……ええ、そうね」
クリストフの『必ず君を取り戻す』という言葉が引っかかっていたシエナは、どこか奥歯に物が挟まったような言い方になった。その表情にも影が落ちる。
(何事もないといいのだけれど……)
小さく溜息を吐いたシエナは、ユーグについて広い魔道具店の中を見て回った。魔道具の店には、魔力の込められた様々な道具がひしめいている。
わくわくと魔道具を手に取るユーグの傍らで、その様子を眺めつつ、いくつかの魔道具を手に取ったシエナは、不思議なことに気が付いた。
「あら……?」
「どうしたの、姉さん?」
「この手鏡と、この髪飾り、きっと同じ人が魔力を込めて作っているわ」
「えっ? どうしてわかるの……?」
不思議そうに首を傾げたユーグに、シエナは続けた。
「何となくだけれど、込められている魔力の質が同じような感じがするの」
「へえ、面白いね! ちょっと待っててくれる?」
ユーグは、シエナが手に取った手鏡と髪飾りを持って店主のところへ行き、何やら話してからすぐに戻ってきた。
「姉さんの言う通りだった! さっき店主に聞いたら、同じ人が魔力を込めて作ったものだって。よくそんなことがわかったね?」
「前にこの魔道具店に来た時は、そんなことはわからなかったのだけどね」
戸惑い気味にシエナが言う。
「竜と主従契約を結んだり、エリオス様に魔法の指導を受けたりしたことで、その辺りの感覚が多少なりとも鋭くなったのかしら……?」
「それはあり得るだろうね。特に姉さんは、元々段違いに豊富な魔力量が、人に比べて優れてる。そういう相対的な優位性のあるところって、才能が磨かれるうちに、感覚が研ぎ澄まされることってあるみたいだよ」
「なるほどね」
頷いたシエナは、興味津々で、様々な魔道具を手に取ってみた。魔道具に込められた魔力にも、温かみや鋭さ、冷たさといった、人間の性格にも似た特徴のようなものを感じる気がして面白い。
(そういえば、エリオス様の魔力は温かかったわ……)
店に並んでいるどんな魔道具に込められた魔力よりも、圧倒的に温かく、シエナにとって好ましく感じたエリオスの魔力を思い出し、ほんのりとシエナの頬が染まる。
ユーグがシエナに声をかけた。
「僕、店の奥の部屋を見てくるね!」
「ええ」
広々としていくつかの部屋に分かれている店内は、しばらく眺めていても飽きることがなかった。
一人で店内を見ていたシエナの背後から、肩が叩かれる。
「シエナ」
聞き覚えのある、そしてもう聞きたくはなかった声に、シエナの肩がびくんと跳ねる。
恐る恐る振り返ったシエナが呟いた。
「クリストフ、様……」
(どうして、こんなところに……?)
青ざめたシエナを見て、クリストフが苦笑する。
「そんな顔をしないでくれよ、傷付くじゃないか。……少し君の時間が欲しい。お茶でも飲みながら話さないか?」
以前の、婚約していた時と変わらないような彼の口振りに、シエナは困惑していた。
「いえ。弟と来ていますので」
「ああ、知ってる。用事が済んでからで構わないから」
(ユーグと来ていることも知っているなんて。いつからこの店にいたのかしら……)
一人になるタイミングを見計らわれていたのだろうかと、気味悪く感じていたシエナに、クリストフは言った。
「もう満足しただろう?」
「えっ……?」
「僕に一泡吹かせるくらい、魔術師団に入るという意志を示したかったんだろう? それはよくわかった。それほど君が魔術師団に入りたいなら、もう反対はしない」
クリストフに詰め寄られて、シエナがじりと後退る。
壁に背中をつく格好になったシエナの顔の横に、クリストフはトンと手をついた。
「だから、僕のところに戻っておいで」
「そんなつもりはありません」
「意地を張らないでくれよ。……君には、僕以上に相応しい男なんていないんだから」
間近にあるクリストフの顔から逃れるように、シエナは目を背けると、彼の手を跳ね除けた。
「やめてください。私、クリストフ様のところに戻る気なんてありませんから」
クリストフの瞳が冷たく光る。
「よく考えたほうがいい。……君がフレミング伯爵家を大切に思っているなら、ね」
「どういうことですか……?」
「今にわかるさ」
蛇に睨まれた蛙のように、シエナは動けなくなっていた。身体に細かな震えが走る。
主従契約を結んでいる竜がいて、使えるようになった最上級魔法もあるというのに、彼に抵抗できずにいた期間が長かったせいか、ただ頭が真っ白になるような感覚があった。
立ち尽くすシエナの耳元で、クリストフが囁く。
「君が僕に助けを求めてくれたら、応じる準備はできているから。僕としては、できるだけ早く君を妻に迎えたいんだ」
それだけ言い残すと、彼は踵を返して店を出て行った。
(どういうことなの……? クリストフ様は、フレミング伯爵家に何をするつもりなのかしら?)
彼が本気で何かをしようとしているのか、それとも強引に復縁を促しているだけなのか、シエナにはわからなかった。
ただ、彼の目がぞくりとするほど冷えていたことに、シエナの背筋は粟立った。
その時、ユーグがシエナのところに戻ってきた。
「姉さん、お言葉に甘えて、この耳飾りを買ってもらってもいいかな? 魔法を使う時、魔力の消耗を抑えられるんだって! ……姉さん?」
不思議そうに顔を覗き込まれて、シエナははっと我に返った。
「気に入ったものが見付かって、よかったわ」
会計をして帰ろうとするシエナの顔を見て、ユーグが気遣わしげに尋ねる。
「姉さん、顔色が悪くない? 何かあったの?」
「ううん、何でもないわ」
(ユーグに心配をかけたくはないもの)
無理に笑顔を作ったシエナは、ユーグと一緒に魔道具の店を出た。
***
帰宅したシエナは、ざわつく胸を抱えて父の書斎のドアをノックした。
「お父様」
「……シエナか」
父の表情が優れない様子に、シエナは嫌な予感がした。
クリストフとの対戦に勝ってから、シエナは彼との婚約解消について父に報告し、それだけ意志が固いのならと、父もシエナの決断に首を縦に振っていた。
優しく彼女の気持ちを尊重してくれた父だったけれど、目の前の彼からは、深刻な何かが起きている様子が窺える。
「どうしたんだい、シエナ?」
「それより、お父様。何かあったのですか?」
「ああ、それが……」
彼は深い溜息を吐いた。
「いくつか、大きな取引先から、今後の取引を見合わせたい旨の連絡を受けた。こちらに落ち度はないし、突然のことで、どうなっているのか……」
頭を抱える父の姿に、シエナの顔から血の気が引いていく。
(もしかして、ウェルブルック侯爵家が、フレミング伯爵家の事業に圧力をかけてきたの……?)
まさかという思いと、クリストフならやりかねないという思いが、胸の中でせめぎ合う。
(もし、本当にクリストフ様が裏で糸を引いているとしたら……侯爵家にこんなことをされたなら、フレミング伯爵家なんてひとたまりもないわ)
絶望感から、足元から崩れ落ちそうになるのを堪えて、シエナが口を引き結ぶ。
いくらシエナがエリオスのところで働かせてもらっているとはいえ、クリストフに伯爵家の事業を妨害されてしまい、実家自体が傾いてしまえば、焼け石に水だ。
(私のせいで、こんなことに……? エリオス様にご相談しても、迷惑かしら……)
この日、これから会う予定のエリオスの顔を思い浮かべながらも、シエナはどうしてよいかわからずに立ち尽くしていた。




