特訓とひと休み
シエナが抑えた魔力で風魔法を放っても、問題なく魔法は発動できた。むしろ、風魔法にはしっかりと魔力が乗っている手応えを感じる。
「あれっ……?」
さっきエリオスに放った風魔法と比べても、ずっと切れのある風魔法が放てたことに、シエナは自分でも驚いていた。
シエナが自分の両手に目を落とす。
「エリオス様が仰った通りですね……! ほとんど魔力を使っていないのに、そのほうが手応えがあって、コントロールも楽みたいです」
初めて魔法にしっくりとくる感覚を覚えて、興奮気味に頬を染めたシエナに、エリオスは微笑んだ。
「ずっと良くなったね。要するに、魔法の側が、君の魔力を乗せる器として十分ではなかったということだ。使う魔法のランクを上げたほうが、魔力量の多い君にとっては使いやすいかもしれないな」
「そういうものなのでしょうか……?」
エリオスは、不思議そうに尋ねたシエナに向かって頷いた。
「ああ。君が今使った風魔法は、魔法学校で中上級として習った魔法だろう? だが、君には上級、または最上級ランクの風魔法のほうが合いそうだ」
「ほ、本当ですか!?」
シエナが戸惑いがちに尋ねる。
「魔法学校では、上級の風魔法のクラスに上がることができなかったのですが……私にも使えるようになるでしょうか?」
「もちろん。魔法学校では、君のように、魔力量が膨大過ぎて魔法の使用に支障が出るケースは、これまでほぼ見られなかったのだろう。クラスが上がらなかったことを気にする必要はない。……習得にかかる時間は君次第だが、俺の見立てでは、君にはむしろ上のランクの魔法のほうが、慣れれば使い勝手がいいと思うよ」
シエナの目が嬉しそうに輝く。
「是非、上級や最上級の風魔法が使えるようになりたいです……!」
「わかった。まずは上級の風魔法を教えるから、その習得度合いを見て、問題がなさそうなら最上級の風魔法に進もう」
「はい!」
エリオスの指導は、ポイントを押さえていてわかりやすかった。自らが特別優れた魔法の使い手であるためか、上級魔法の説明も要領を得ている。
すっかり夜の帳が下りるまでエリオスの指導を受けたシエナは、深々と頭を下げた。
「今日は本当にありがとうございました! お言葉に甘えて、長い時間教えていただきましたし、やっぱりお給金までいただくのは……」
むしろ、これだけの指導を受けた自分が、お礼をするべきなのではないかとシエナが迷っていると、エリオスは首を横に振った。
「いや、そういう訳にはいかない。約束は約束だからね。それに、君は吸収が早い。風魔法を教えていても、楽しかったよ」
(エリオス様が、私を褒めてくださるなんて……!)
こそばゆいような思いが、シエナの胸に広がる。
「明日、またこちらにお邪魔するまでに、教わった上級魔法をしっかり復習してきます!」
「ああ。君の上達を願っている」
あとは特訓あるのみだと思いながら、シエナはシェフィールズ公爵家を後にした。
***
その翌朝、シエナが一人でフレミング伯爵家の庭で魔法の練習をしていると、ユーグが目を輝かせてやってきた。
「姉さん! それって上級の風魔法だよね? 昨日より魔法のランクは上がってるのに、何だかいい感じになったね」
「ふふ、ありがとう。実はね……」
シエナは、昨日エリオスに指導された内容をユーグに話した。これまで魔法に魔力を乗せ過ぎていたこと、上級の風魔法を教わったことなどを、ユーグは頷きながら聞いていた。
「なるほど、そういうことか! さすがはエリオス様だね。姉さんの魔法と魔力がアンバランスだったことを、一瞬で見抜くなんて」
「本当よね。それに、ご指導もわかりやすくて優しくて。私の仕事ついでに教えていただいているけれど、お給金までいただくのが申し訳ないくらいだわ」
「まあ、いいんじゃない? 姉さんが求められた働きをしてるなら。魔力の相性がよくて、姉さんほどの魔力量なんて、絶対に代えがきかないから、エリオス様だって助かってるはずだよ」
「そうだといいのだけれど。少しでもエリオス様のお役に立ちたいわ」
シエナの顔を見て、ユーグがにっこりと笑う。
「昨日より、姉さんの顔も大分明るくなってきたね。僕、魔法学校入学までしばらく暇だし、今日も魔法の練習に付き合おうか?」
「ありがとう、お願い!」
クリストフに勝てる希望が見えてきたような気がして、シエナの胸は弾んでいた。
ユーグ相手に上級の風魔法を練習を始めてしばらく経つと、彼は焦ったように声を上げた。
「姉さん、昨日上級魔法を習ったばかりとは思えないくらい上達してるよ。……でも、ちょっと休憩!」
はあはあと息を上げたユーグが、流れる汗を拭う。
「姉さんの魔力量はお化けみたいなものなんだからさ。そのペースでずっと練習に付き合うのは、さすがに無理だよ!」
「ごめんなさい、ユーグ。私ったら、つい熱くなって……」
「僕も姉さんと魔力の相性がよかったら、魔力を分けてもらえたのになあ」
残念そうにユーグが溜息を吐く。
「あまり効果はないかもしれないけど、魔力は分けられるわよ?」
「いや、姉さんは今日も仕事があるんだし、さすがにいいよ。あと、練習熱心なのはいいんだけど、姉さんもちょっとは休んだほうがいいと思うよ?」
「確かにそうね」
「それと、できれば……」
ユーグは甘えるような上目遣いで彼女を見つめた。
「姉さんの作るクッキーが食べたいな!」
シエナがくすりと笑う。
「ええ、もちろん。こんなに練習に付き合ってもらっているし、これから作るわね」
「ありがとう!」
シエナはいったん着替えてからキッチンに向かった。鼻歌を歌いながら、クッキー生地を練り、型を抜いて焼いていく。
菓子作りは亡き母が得意で、シエナは色々な菓子の作り方を母から習った。亡き母の実家は自由だったようで、貴族令嬢だからといって菓子作りを咎められることもなかったようだ。シエナの趣味は、そんな母から教わった菓子作りで、ユーグは甘いものに目がない。
オーブンから香ばしい匂いが漂い始めた時、シエナは視線を感じて頭上を見上げた。彼女の白銀の竜が、興味津々といった様子で、オーブンの中を覗き込んでいる。
「あなたも、クッキーを食べることはできるのかしら……?」
主従契約を結んでから、シエナの腕輪の宝珠から魔力を補っている様子の竜は、何も食べなくてもピンピンしていたけれど、何か食べないのだろうかと、シエナは気になっていたのだった。
「後で、よかったら一緒に食べる?」
シエナが尋ねると、竜は嬉しそうな声を上げた。
その後、焼き上がったクッキーの粗熱が取れてから、シエナはクッキーを皿に盛って、居間に紅茶の用意もしてからユーグに声をかけた。
「ユーグ、クッキーが焼けたわよ」
「わーい、ありがとう! おやつだー!」
にこにこと嬉しそうにやってきたユーグと、テーブルを囲む。
ユーグは早速もぐもぐとクッキーを頬張った。
「やっぱり姉さんのクッキーは美味しいね……えっ!?」
シエナが差し出したクッキーを頬張る竜を、ユーグはぽかんと見つめていた。
あっという間にペロリと一枚食べた竜が、もっと欲しいと言いたげにシエナをつつく。
「ふふ、お口に合ったならよかったわ」
二枚目もさくっと飲み込んだ竜を見て、ユーグは吹き出した。
「ははっ! 竜も姉さんのクッキーを気に入ったんだね! 竜が甘党だなんて、知らなかったなあ」
「たくさん焼いてあるから、好きなだけ食べてね」
楽しげなユーグと竜を眺めながら、シエナは思った。
(そうだ。気持ちばかりだけど、後でエリオス様へのお礼にクッキーを持って行こうかしら……)
またこの日もエリオスと会えることを嬉しく思いながら、シエナは口元を綻ばせた。




