再会
数日後、シエナは父の書斎に呼び出された。
「クリストフ殿から、返信が来ている」
「……先日お父様から送っていただいた、婚約解消の話し合いについての手紙の返信ですね?」
「ああ、そうだ」
さっき封を切って目を通したばかりの便箋を、父がシエナに手渡す。
緊張を顔に滲ませて、便箋に書かれた文字に目を落とすシエナを見つめて、彼は気遣わしげに口を開いた。
「そこに書いてある通りだが、クリストフ殿は、まずは君と二人でじっくり話し合いたいそうだ。何か行き違いが生じているのではないか、と心配なさっているご様子だ」
(行き違い……? そんなことではないのだけれど)
どことなく、論点をずらして誤魔化されたような気がして、シエナの表情が翳る。口を噤んだ彼女に、父は続けた。
「できれば、彼が働く魔術師団の拠点まで来られないかと書いてあるが、どうだい?」
「ええ、構いません」
手紙を読み進めるうち、シエナが驚いて呟く。
「私に、魔術師団を少しだけ見学させてくださる、ですって……?」
「ああ、そのようだな。クリストフ殿にも、何かお考えがあるのだろう」
(あれほど、私の魔術師団への入団を反対していらしたのに。いったい何をなさりたいのかしら、クリストフ様は?)
彼の意図が読めずに戸惑いつつも、便箋を読み終えたシエナは顔を上げて父を見つめた。
「明日、クリストフ様にご指定いただいた時間に、魔術師団に行ってまいります」
「ああ、わかった。……それから、この手紙が君宛てに届いている」
次に父から手渡された手紙は、シェフィールズ公爵家から届いたものだった。裏返すと、流れるような達筆で、エリオスの名が書かれている。
(エリオス様からだわ……!)
シエナは、クリストフから来た手紙とは打って変わって明るい表情で、エリオスからの手紙に目を通した。
読み終わった手紙を、シエナが父に手渡す。
「この前お父様にお話しした、お仕事のお話です。素晴らしい条件だと思いませんか?」
「……信じられないな。お前の魔力に、これほどの対価をいただけるなんて」
あまりの好条件に、手紙を二度見した父が目を丸くする。
「これなら、少しはフレミング伯爵家の役に立てるでしょうか?」
「ああ、正直言って助かるよ。これも、シエナの竜の導きなのだろうか」
「ふふっ、そうですね」
シエナが右手で左手首の腕輪の宝珠に触れると、するすると白銀の竜が現れ出てきた。主従契約の相手である竜をどうやって宝珠から出し入れするかは、エリオスの元を訪れた際に習ったものだ。上級者になると、念じるだけでもそれが可能になるようだったけれど、シエナにはそれがまだ難しい。直接宝珠に触れることを介して、竜を出し入れするのがやっとだった。
まだ慣れない竜の姿を、父は恐る恐る見つめた。
「とはいえ、シェフィールズ公爵家の仕事のことは、クリストフ殿が認めてくださるかにもよるだろうが……」
シエナはきっぱりと父に言った。
「私、クリストフ様には婚約解消に納得していただくつもりです。婚約が解消できれば、クリストフ様の許可なんていりませんよね?」
「まあ、それはそうなのだがな」
歯切れ悪く言った父は、心配そうにシエナを見つめた。
「まあ、明日はしっかりとクリストフ様と話しておいで」
「ええ、わかりました」
頷いたシエナは、父の書斎を後にした。
(そうだ、明日は魔術師団に行くのだから……)
部屋に戻ったシエナは、綺麗に洗ってアイロンをかけた、エリオスから借りた白いハンカチを鞄に入れた。
(お仕事が始まってからでもいいのかもしれないけれど、エリオス様にお会いして、ハンカチをお返しする機会があるかもしれないし)
魔術師団にはエリオスもいると思うと、クリストフに会いに行くという憂鬱な気持ちが、少しだけ軽くなるように思える。
(クリストフ様には、しっかりと婚約解消を認めていただかなくっちゃ)
改めて強く決心したシエナは、側を揺蕩う竜の首をそっと撫でると、エリオスへの手紙の返信をしたためた。
***
翌日、魔術師団の拠点に着いたシエナを、魔術師団の制服を纏ったクリストフが出迎えた。
「よく来てくれたね」
普段と変わらない調子でにこやかにそう言ったクリストフは、シエナの顔を見つめて苦笑した。
「そんな硬い顔をしないでほしいんだけどな」
「……ですが、今日は婚約解消にご納得いただくためにまいりましたので」
警戒感を滲ませるシエナを見つめて、クリストフが小さく溜息を吐く。
「僕も、多少なりとも反省しているんだ。君が魔術師団に入りたいと言っていたのを、頭ごなしに否定してしまったことをね。でも……」
彼は鋭い瞳でシエナを見つめた。
「君が思っているより、魔術師団は厳しい場所だよ。今日は特別に、これから僕が参加する練習を見せてあげよう。……さあ、こっちにおいで」
練習場に向かって、クリストフが手招きをする。
「部外者は、少し離れた場所から見学することになるけれど、雰囲気は十分に伝わると思うから。話し合いはその後でいいかい?」
「わかりました」
クリストフに案内された、練習場を見下ろす上階でシエナがしばらく待っていると、魔術師団の制服を纏った団員たちが集まってきた。その中には、クリストフの姿もはっきりと見える。
(クリストフ様は、本当に親切心から練習を見学させてくださるのかしら……?)
シエナの瞳が不安そうに揺れる。こんな機会を与えてもらえること自体は、入団を希望するシエナにとっては嬉しいことだったけれど、何か裏がないのかと、つい勘ぐってしまいそうになる。
師範らしき人が手本を見せた後、団員たちが魔法の練習を始める様子を、シエナは興味深く見つめていた。




