クリストフの焦燥1
シエナがシェフィールズ公爵家の馬車に送られてフレミング伯爵家に戻ると、父と弟が彼女を迎えに出てきた。
馬車を降りながら、シエナが微笑む。
「ただいま帰りました」
「シエナ。こんな時間まで、いったいどこに行って……」
そう言いかけた父だったけれど、シエナが乗ってきた馬車に描かれた家紋を見て目を丸くした。
「この紋章は……!」
先に家紋に気付いたユーグが、にっこりと笑う。
「そっか。あの竜に連れられて、シェフィールズ公爵家に行ってたんだね!」
父は困惑気味に顔を顰めた。
「ユーグが、竜との主従契約がどうこうとよくわからないことを言っていたんだが、何があったんだ?」
「ああ、この子のことですか?」
シエナに続いて、馬車から滑るように飛び出てきた白銀の竜の姿を見て、父が思わず尻餅をつく。
「り、竜!? シエナ、君は本当に竜と主従契約を……?」
「はい」
目を白黒とさせ、口をはくはくと開けたり閉じたりしている父に、シエナは続けた。
「お父様、お話ししたいことがあるのですが、少しお時間をいただけませんか?」
「あ、ああ。わかった」
ユーグが姉を見つめる。
「ねえ、僕も同席させてもらってもいいかな?」
「ええ、構わないわ」
シエナの側を揺蕩う竜におっかなびっくりの様子の父と、楽しげに目を輝かせるユーグと一緒に、彼女は屋敷の中へと入っていった。
シエナは、テーブルを挟んで向かい合った父を見つめた。
「お父様。昨日もご相談しましたが、私、どうしてもクリストフ様との婚約を解消したいのです。改めてじっくりと考えましたが、この気持ちは変わりません」
「だが……」
渋い表情を浮かべる父に、ユーグはけろりとした顔で言った。
「僕の魔法学校の学費なら、心配いらないからね? 卒業するまで、特待生は絶対に維持するから」
シエナも父を見つめた。
「それから、私、お父様に魔術師団への入団を認めていただけるまで、シェフィールズ公爵家のエリオス様の元に働きに出るつもりです」
「エリオス公爵様のところに?」
信じられないといった様子で、父が額の冷や汗を拭う。
「どんな仕事なんだ? あれほどのお方のところで、君が役に立てることがあるのか……?」
「私の魔力を分けるだけです。私にとっては何の苦にもなりませんが、驚くような報酬をご提示いただきました。クリストフ様の支援がなくたって、十分にフレミング伯爵家の財政の足しになると思います」
「ふむ……」
父が恐る恐るシエナの竜に目をやる。竜は金色の瞳で彼のことを見つめていた。
慌てて竜から目を逸らした父は、シエナに視線を戻した。
「私には、まだ何が起きているのか呑み込みきれてはいないが、それが本物の竜なら、竜公爵と呼ばれるエリオス様から君に仕事の声がかかったことは、理解はできる。……エリオス公爵様とは、魔力の相性がよかったということなのだな?」
「はい。あれほど魔力の相性がよかったのは、クリストフ様以来、二人目です」
「シエナが魔力量に優れているのは、私もよく知っている。それが活かせるというなら、私は止めまい。だが……」
一つ息を吐いてから、父は続けた。
「君の婚約者はクリストフ殿だ。それに、結婚式の準備も始めていると聞いている。まずは彼としっかりと話しなさい」
「承知しました。クリストフ様と、婚約解消についてお話しする席を設けていただけませんか?」
「……ああ。どうしてもと言うなら、彼に伝えておこう」
(何としても、クリストフ様には婚約解消にご納得いただくわ)
シエナの強い意志を感じ取ったかのように、白銀の竜が彼女を励まそうとするように身体をすり寄せる。
「ふふ、いい子ね」
「可愛い竜だね!」
シエナにすっかり懐いている竜を、ユーグが目を細めて見つめる。
「そうね。それに、とても賢いの」
たった一日で、自分の人生に驚くほどの変化が起きたことを感じながら、シエナは竜の白銀の身体を撫でた。
***
クリストフは、シエナの父から届いた手紙をぐしゃりと握り潰した。
「シエナが、僕との婚約解消について相談したい、だって……?」
怒りに顔を歪めたクリストフが、大きなソファーにどさりと身を静める。
(くそっ。シエナの父上は、完全に懐柔したと思っていたのに)
悔しげに唇を噛んだクリストフは、シエナと出会った頃のことを思い出していた。
次話は明日19時更新予定です。




