提案
シエナからクリストフの名を聞いて、エリオスが口を開く。
「彼とは魔物討伐で一緒に戦ったことがある。優れた魔法の腕の持ち主で、若手の中でも期待されているな」
「ただ、私が魔術師団への入団を希望していることを、クリストフ様は快く思ってはいらっしゃらなくて、父も彼の意を汲んでいて……。魔術師団の入団試験は通過したのですが、保証人の合意なしに入団することはできないと、魔術師団の担当者に伺いました」
俯いたシエナだったけれど、改めて顔を上げるとエリオスに尋ねた。
「やはり、私の状況では、魔術師団への入団は難しいのでしょうか? ほかに方法はないものでしょうか……?」
エリオスはシエナを気遣わしげに見つめた。
「君の希望を叶えてやりたいのは山々だが、俺の一存で魔術師団の規則を変えることはできないからな。ただ、試験に合格しているなら、自ら辞退する場合を除いて、合格後一年間は入団資格を維持できる。その間に要件を満たせれば、入団は可能だ。根本的な解決方法ではなく、時間的猶予という意味になってはしまうがな」
「そうなのですね……!」
(一斉入団の時期が近付いて、焦っていたけれど……一年のうちに解決することを考えたら、どうにかなるかもしれないわ。その間に、クリストフ様との婚約を穏便に解消して、お父様を説得できればいいのだもの)
とりあえず時間の猶予があることがわかり、シエナはほっと胸を撫で下ろした。人生を諦めないと決めた今のシエナは、クリストフとの婚約解消の意思を固めている。卒業式後のダンスパーティーの際には、クリストフは頑なに婚約解消を拒んでいたけれど、ある程度時間をかけて話し合えれば、状況を変えられるかもしれない。
(……でも、せっかくこの竜のような心強い味方ができて、魔力も上がったのに、入団まで手を拱いているのは残念だわ。できることなら、フレミング伯爵家を少しでも支えられるような仕事ができたらいいのに)
思案顔になったシエナは、エリオスを見つめた。
「エリオス様、私の魔力は、何かに活用できる種類のものでしょうか?」
「ああ、それは間違いない。質が高くて膨大だから、合うところで使うことさえできれば、非常に有用だ」
「できれば、魔術師団への入団要件を満たせるようになるまでの間、どこかで働き口を見付けたいのですが――こんな不躾なお願いをして恐縮ですが、どこかご紹介いただけるようなところはありませんか?」
「なら、それまでシェフィールズ公爵家で働く気はないか?」
エリオスは真剣な表情で続けた。
「さっき、俺と竜が君に分けてもらった魔力は、素晴らしいの一言だった。もちろん、相応の対価を支払わせてもらう」
シエナが戸惑ったように口を開く。
「いえ、あの程度のこと、気にしていただく必要なんてありませんから。私の竜もエリオス様の竜を心配しているようですし、雇っていただかなくとも、喜んでお手伝いにまいりますよ?」
「あの程度、だって……?」
エリオスはぽかんとした様子でシエナを見つめると、小さく吹き出した。
「ははっ、やっぱり君は規格外のようだね。俺はお世辞を言っているつもりはない。君は自分の価値を低く見積もり過ぎだ。正しい対価を受け取るのも、大切なことだよ」
「そこまで言っていただけるなら、こちらこそよろしくお願いします」
シエナは深く頭を下げた。
「それから、君は魔力をうまく魔法に乗せられるようになりたいと言っていたね。その技術を磨くために、魔術師団に入りたいということかい?」
「はい、その通りです」
「なら、魔術師団に入るまでの間、その辺りのことも、君に多少なりとも教えられたらと思っているよ」
「本当ですか!? ありがとうございます……!」
親切なエリオスの言葉に、シエナの目が輝く。働いて給金を得ながら、エリオスほどの実力者から指導が受けられるなんて、シエナにとっては願ったり叶ったりだった。
「いや、礼を言いたいのは俺のほうだ。君のお蔭で、竜の回復にも希望が見えてきたのだから。だが、君の婚約者のクリストフ殿は、魔術師団への入団を反対しているという話だったね。シェフィールズ公爵家で君が働くことに同意してくれるだろうか?」
クリストフの顔を思い出し、少し顔色が悪くなったシエナだったけれど、はっきりと答えた。
「きっと彼には反対されると思いますが、婚約そのものを解消するつもりなので、問題ありません」
「……そうか、わかった」
シエナの頭上の竜は、彼女がシェフィールズ公爵家で働けることを喜ぶように、高い鳴き声を上げた。
「ふふ。あなたも、エリオス様の竜にまた会えることが嬉しいのね」
シエナの竜を見上げながら、エリオスは聖竜の生態や好き嫌い、非常に鋭い感覚を持っていることなどをわかりやすく教えてくれた。エリオスの話によると、シエナの竜が雄なのに対して、エリオスの竜は雌らしい。
(エリオス様の竜は雌だから、主であるエリオス様に近付いた私に、嫉妬でもしたのかしら……?)
氷の中の竜が見せた鋭い瞳に、どこか引っかかるような感覚を覚えながらも、シエナはエリオスの話に楽しく耳を傾けたのだった。




