膨大な魔力
シエナの魔力を注がれて、氷の中で輝き出した竜が僅かに動く。竜の周囲の氷に、微かに亀裂が走った。思わずといった様子で、エリオスが竜に向かって手を伸ばす。
「まさか……」
エリオスの声に、シエナは視線を上げた。氷の中の竜が、薄く目を開ける。
竜の金色の瞳が、シエナの翡翠色の瞳を射るように鋭く見つめた。
「!?」
強い圧を感じて、シエナの肩がびくんと跳ねる。シエナがエリオスの手首の宝珠から手を離すと、氷の中の竜は再び目を閉じた。
(今、もしかしてあの竜に睨まれた? 私の気のせいかしら……)
シエナの胸は大きく打っていた。額には薄らと汗が浮かぶ。
口を噤んだシエナを見つめて、エリオスは感嘆の息を吐いた。
「素晴らしいな、君の魔力は。俺がいくら魔力を注いでも、これまであの竜が動くことなどなかったのに」
「いえ。お役に立てたならよかったのですが」
エリオスが浮かない表情をしたシエナの顔を覗き込む。
「……無理をさせてしまっただろうか?」
「いえ! 魔力という意味では、まだ全然問題ありませんから。でも、エリオス様の竜には、私の魔力は相性が悪かったのでしょうか……?」
さっき見た、エリオスの竜の鋭い瞳が頭から離れずに、シエナが遠慮がちに尋ねる。けれど、エリオスはきっぱりと首を横に振った。
「いや、そんなはずはない。もし魔力の相性が悪かったなら、あんな変化は起きないはずだ。……ほら、見てごらん」
氷の中の竜に目を凝らしてみると、竜の鱗は、先程よりも艶々と白銀に光り、どことなく生命力が増したように感じられた。
鱗の白さが増したように思えるからか、さっきは気が付かなかった、竜が負った腹部付近の傷口も目で確認できる。
(氷越しだからよくはわからないけれど、深そうな傷ね……)
眉尻を下げたシエナに、エリオスは微笑んだ。
「今まで、竜の死を防ぐことばかりに心を砕いてきたが、初めて希望の光が見えたような気がするよ。回復の兆しなんてまるでみられなかったこの竜が、再び目を開けるなんて」
感慨深そうに言ったエリオスに、シエナは尋ねた。
「この竜が回復したのなら、エリオス様と私の魔力は相性が良いということでしょうか?」
「ああ、そうだな」
「……なら、私から、エリオス様ご自身にも魔力を分けさせていただいても?」
さらにエリオスの竜に魔力を分けるという選択肢もあったけれど、威嚇するような竜の瞳を思い出すと、それが正解なのか、シエナにはわからなかった。ただ、目の前のエリオスが青白い顔をしていることは間違いない。
エリオスは、シエナの提案に驚いた様子だった。
「君の魔力量が豊富なのはわかった。だが、あの竜にこれほどの魔力を分けてもらったんだ。さすがに、これ以上君に負担をかけたくはない」
「さっき私の魔力に問題がないとお伝えしたのは、強がりという訳ではなく、本当にまだ余裕があるのです。なので、もしご迷惑でないなら、魔力を分けさせていただけませんか? エリオス様のお顔色も、あまりよろしくないようですし」
少し口を噤んでから、エリオスは頷いた。
「では、頼むよ」
シエナがエリオスの腕に触れると、指先から柔らかな光が溢れ出し、彼の身体を包んでいく。魔力を注ぐシエナには、どこかしっくりとくるような感覚があった。
「……君には驚かされてばかりだ」
エリオスは呟くように言うと、さっきよりも血色が良くなった顔に温かな笑みを浮かべた。
「これほど身体に魔力が漲る感覚があるのは、久し振りだ。君の魔力量は、恐らく異常値に近い。規格外に豊富な上に、質も高い」
「本当ですか?」
「ああ。きっと、元々の魔力量が高いことに加えて、そこにいる君の竜と主従契約を結んだことも関係しているのだろう」
エリオスは目を細めた。
「最高品質の宝珠に、膨大な魔力を込めて主従契約に使ったということは、この竜の力も、君の力も、この契約によって大幅に増えたということだ。今はまだ未自覚の部分もあるかもしれないが、きっとこれから力の伸びを実感できると思うよ」
シエナが自分の両手に視線を落とす。
「さっき、いつもよりも魔力が潤沢にあるような気がしたのですが、それはこの竜との契約のお蔭だったのかもしれませんね」
「ああ、そうだな」
竜との縁を感じながら、シエナがほっとしたように笑う。
「エリオス様との魔力の相性が良かったのも、幸運でした。今までに私が魔力を分けた中で、これほど相性が良かったのは、エリオス様で二人目です」
「そうか。……その一人目、というのは?」
「……私の婚約者、クリストフ・ウェルブルック様です」
何気ないエリオスの質問に、知らず知らずシエナの表情は翳った。




