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【完結】貴方の言いなりだった私は、もういませんので  作者: 瑪々子


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形見のネックレス

 長い廊下をエリオスに続いてしばらく歩き、シエナは白銀の竜と一緒に応接室へと入った。

 エリオスに椅子を勧められ、彼と机を挟んで向かいの席に座る。程なくして、使用人が二人に温かな紅茶を運んできた。

 慣れない立派な応接室でシエナが緊張していると、エリオスが穏やかな表情で口を開いた。


「気を楽にしてほしい」

「ありがとうございます」


 エリオスに勧められて紅茶を一口飲むと、ようやく気持ちが落ち着いてきた。正面に座るエリオスを、シエナがそろそろと見つめる。


(今日、エリオス様にぶつかった時には、恥ずかしくてまともに顔を見られなかったけれど……とても美しい方だわ)


 さっき門扉のところで話した時は、薄暗くてよくわからなかったけれど、明るい室内で見る彼の顔は、驚くほど端整だった。甘いタイプの美形のクリストフとはまた違い、鋭さを纏った美しさで、完璧に整った顔立ちは、どことなく人間離れしているようにも感じる。切れ長の金色の目は知的で落ち着きがあり、小さな顔を艶やかな銀髪が彩っている。絹糸のような長い銀髪は、ゆったりと一つに結わえられていた。


「……それにしても、今日魔術師団で会ったばかりの君が、こうして聖竜を従えて現れるとは、驚いたよ」


 エリオスの視線を追って、ちらりと頭上に浮かぶ竜を見つめたシエナが口を開く。


「私自身、突然の出来事に驚いています。ところで、この子は『聖竜』という種類なのですか?」


 シエナは、竜にも種類があるということは知っていたものの、あまり詳しくはなかった。


「ああ。白銀の鱗と金色の瞳が、聖竜の特徴だよ。シェフィールズ公爵家で代々主従契約をしているのも、この聖竜なんだ。竜の中でも最上位の力があるが、個体数は極めて少ない」

「そ、そうなのですか……!?」


 主従契約を結んだのが稀少な最上位クラスの竜だと知って、シエナは唖然として竜を見上げる。


「シェフィールズ公爵家には、祖先に竜神がいたという言い伝えがあり、幸運なことに、代々聖竜との縁がある。だが、シェフィールズ公爵家の者以外で聖竜を従えているのを俺が見たのは、君が初めてだ。聖竜は、人間との主従契約には滅多に応じないと言われるからな」

「……えっ?」


 シエナは丸く目を見開いた。エリオスの銀髪と金色の瞳は、シエナの頭上にいる竜と同じ色合いで、彼の祖先に竜神がいたという話はすっと入ってきたけれど、それほど聖竜との主従契約が難しいとは、思ってもみなかったのだ。


「私、この子が聖竜だということも、そんなに稀少で主従契約が難しいということも、何も知らないままで……!」


 驚き戸惑うシエナに、エリオスは興味深そうに尋ねた。


「君は、さっきこの竜と主従契約を結んだばかりだと言っていたね? 確かに、君と魔術師団の拠点で会った時には、このような主従契約は見られなかった。あの短時間で聖竜と主従契約を結ぶなんて、いったい何があったんだい?」


 シエナは、この日あった出来事を端的にエリオスに話した。彼は頷きながら、静かにシエナの話に耳を傾けていた。


「そうか、そんなことがあったのか」

「はい。偶然通りかかった私がこの子を解放したので、恩返しをするために、私と主従契約を結びに来てくれたのでしょうか……」

「いや、単なる恩返しなどではないと思う」


 エリオスは、再びシエナの頭上にいる白銀の竜を見つめた。


「聖竜は、自分が主にしたいと認めた相手としか主従契約を結ばない。君が主に相応しいと考えたからこそ、君の元に戻ってきたのだろう。……君が竜と縁があったのは、偶然とは言い切れないかもしれないがな」

「それは、どういうことですか?」


 首を傾げたシエナに、エリオスが続ける。


「君が着けているネックレスのその宝石は、一見するとムーンストーンのように見えるが、『竜の涙』と呼ばれる宝石だ」

「『竜の涙』ですか……?」

「ああ。竜との縁を呼ぶと言われている、珍しいものだ。今日魔術師団の拠点で君に会った時にも、君が『竜の涙』を身に着けていて、驚いたよ」


 シエナが胸元のネックレスを見ると、『竜の涙』には、青いシラーが内側から舞うように輝いている。それは単なる宝石というよりも、まるで石自体が生きていて、竜と主従契約を結んだことを喜んでいるようにシエナには見えた。


「これは母の形見なのです」


 そっとシエナが『竜の涙』に触れると、エリオスは優しく微笑んだ。


「大切なものなのだな。君によく似合っているよ」


 エリオスの言葉に、トクン、とシエナの心臓が跳ねる。大事な母の形見を見下すような言い方をしたクリストフとは対照的に、自分の気持ちに寄り添ってもらえたような気がして、シエナの胸はじんわりと温まった。


「このシェフィールズ公爵家も、昔から竜と縁が深いからな。君とは、こうしてまた竜関連で会う機会があるような予感が、薄らとしていた。まあ、まさかそれが今日だとは思いもしなかったがな」

「ふふ、そうですよね」


 一見すると、鋭い雰囲気で近付き難く見えるエリオスだったけれど、こうして話してみると、意外にも話しやすいことにシエナは驚いていた。ぶつかった時にハンカチを差し出してくれたことにも、彼の人としての品の良さと温かさを感じる。


 エリオスはシエナの聖竜に視線を戻すと、腕組みをして口を開いた。


「君の聖竜は、相当強力な個体のようだね。こうして側にいるだけでも、かなりの覇気を感じる。……これほどの竜が捕らわれて売られていたとは、想像しづらいのだがな」

「私がはじめに見た時には、もっと身体は小さくて瘦せ細っていたのです。でも、主従契約を結んだら、このような姿になりました」

「ほう、そうか」


 思案顔になったエリオスは、シエナの左手首に輝く、宝珠の嵌った腕輪を見つめた。


「その竜との主従契約を結んだ時に使った宝珠を、俺に見せてもらっても?」


 頷いたシエナが、左手を差し出す。輝きの強い宝珠を覗き込んだエリオスは、はっと息を呑んだ。

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