いじめ
ピコン。
「……切り替えていこう」
――
「金、よこせよ」
「ご、ごめん……もう渡せるお金はないんだ」
「じゃあ盗めよ」
「そんなことできないよ……犯罪だよ」
「俺に逆らうのか?」
鈍い音が響く。
「っ……やめて、やめて……」
「やめてほしければ、金を持ってこい」
そんな日々が、ずっと続いていた。
――もう、限界だ。
「……さよなら」
「こんにちは」
「うわっ!?」
突然の声に、彼は振り返る。
「ごめんね、驚かせて。私、導子」
「……何か用ですか」
距離を取るような目。
「学校で、つらいことあった?」
「……ありません」
「そうには見えないな」
「平気ですから。放っておいてください」
導子は少しだけ近づく。
「そのあざ、どうしたの?」
「……関係ないでしょ」
「……もしかして、いじめられてる?」
「……そうですよ」
自嘲気味に笑う。
「僕のこと、バカにしてます?」
「してないよ」
すぐに言う。
「……嫌だったよね」
「……当たり前ですよ」
声が震える。
「毎日叩かれて、罵声浴びて……
あなたに想像できますか?」
導子は少し黙る。
「……全部は分からない」
「……」
「でも、つらいってことは分かる」
ゆっくりと言葉を選ぶ。
「よく耐えてきたね」
「……」
「頑張ったね」
彼は何も言わない。
「……で、あなたは何がしたいんですか」
「あなたを、その苦しみから解放したい」
「……僕は、これから解放される予定なので」
視線を落とす。
「だから、大丈夫です」
「……今ここで終わったら、後悔するよ」
「しません」
即答だった。
「……そうかな」
「はい」
少し間があく。
「あなたは後悔しなくても」
導子は静かに続ける。
「あなたを大切に思ってる人は、絶対に悲しむ」
「……」
「その姿を見たら、きっとあなたも苦しくなる」
彼の表情が揺れる。
「……じゃあ、どうすればいいんだよ」
「まずは――この場所から離れよう」
「……無理だ」
「どうして?」
「母さんに……心配かけたくない」
小さな声だった。
「……そっか」
導子は少しだけ考える。
「優しいんだね」
「……」
「でもね」
優しく、でもはっきりと言う。
「このまま何も言わずにいなくなったほうが、
もっと悲しませるよ」
彼は顔を上げる。
「……」
「ちゃんと話そう。怖くてもいいから」
しばらくの沈黙。
「……分かった」
小さくうなずく。
「母さんに、相談してみる」
導子は少しだけ微笑んだ。
彼はその後、母親にいじめのことを打ち明けたらしい。
しばらくして転校し、新しい環境で生活を始めた。
最初は不安もあったみたいだけど、
今では友達もできて、穏やかな毎日を過ごしているという。
前より少しだけ、笑える日が増えた――
そんな話を、風の噂で聞いた。




