推しが結婚
「こんにちは」
「うわあっ!?」
突然の声に、彼は飛び上がった。
「ごめんね、驚かせて。私、導子。よろしく」
「……は?誰だよお前。なんで勝手に入ってきてんだよ」
鋭い目つき。手には包丁。
「ごめんなさい。
でも――一回、それ置いて、話さない?」
「話すことなんてない」
「私はあるよ」
「……勝手にしろ」
部屋を見渡す。
壁一面に、アイドルのポスターやグッズ。
(今日、結婚発表してた人だ……)
「……もしかして、推しが結婚したから?」
「……そうだよ」
低い声だった。
「“ファンが一番大事”とか言ってたのにさ……」
「好きな人に裏切られたって感じ、するよね」
「……ああ」
少しだけ、力が抜ける。
「でもさ」
「……なんだよ」
「好きな人が幸せになるなら、ちょっと嬉しい気持ちもない?」
「……ない」
即答だった。
「だって俺、今までめちゃくちゃ金使ってきたんだぞ」
「そっか……それだけ本気だったんだね」
「……」
「その分、たくさん楽しい時間もあったんじゃない?」
「……まあ、それは」
「それって、ちゃんと意味あると思うよ」
彼は少しだけ黙る。
「でもさ……俺、報われてないじゃん」
「そう感じるよね」
一歩だけ近づく。
「でも、あなたの応援があったから、
あの人は頑張れたんだと思う」
「……」
「それって、ちゃんと届いてるよ」
しばらく沈黙。
「……でも、他の男と結婚とか、無理だろ」
「うん、きついよね」
少し笑う。
「でもさ」
「……?」
「あなた、ちゃんと整えたら絶対モテるよ」
「は?」
「私の勘だけど、けっこう当たるんだよね」
「……うさんくさ」
「じゃあこのままでいいの?」
少しだけ真面目な声になる。
「このまま終わったら、絶対後悔するよ」
「……」
「せっかくなら、自分の人生もちゃんと楽しんだほうがよくない?」
長い沈黙のあと――
「……わかったよ」
小さく息を吐く。
「ちょっと、頑張ってみる」
導子は、少しだけ安心して微笑んだ。
彼は、私の言葉を思った以上に真剣に受け止めたらしい。
それからというもの、毎日美容に気を使うようになり――
気づけば、なかなかの“爆イケメン”に成長していた。
その結果、彼はモテるようになり、
ついには好きな人もできたらしい。
しかも、どうやら両想い。
その後のことは詳しく知らないけど――
噂では、今も仲良く付き合っているらしい。




