王位継承
防壁が爆破されてから5時間が経過していた。不死者は、暴徒に奪い取られ、森へ連れ去られた、という情報が流されていた。
深夜、騎士団の第一軍が森へ踏み入った。見渡す限り、塗りつぶしたような闇の中、騎士団は狙撃され、罠にはまり、同士討ちを始めた。
第一軍が壊滅したという知らせを聞き、王は第二軍を森へと送り込んだ。しかし、それはジーモンの息のかかった部隊だった。戦闘を行わないまま、それぞれの撤退地点まで行ってしまった。
第二軍からの連絡が途絶えた時、ジーモンが、王の耳元で囁いた。不死者を発見したが、第二軍は足止めを喰らっている。ここで攻めなければ、失われてしまう。兵の士気も落ちている今、貴方が戦場に向かう他ない、と。
王は、第三軍と共に、森へと入った。この頃には、傭兵たちは数が限りなく少なくなっており、ギリギリの戦いになると予想された―
闇の中、ソフィアは、血だらけのダーヴィットを抱え、進んでいる。
森は死臭で包まれていた。むせ返る程の鉄の匂い―血から発せられる異様な臭気。人が燃える臭い。森の中、おびただしい死体が転がっている。
先ほど、王の部隊が追い詰められていることを知らされた。不死者がいない今、ソフィアの手で王を殺さなくとも、いずれ死ぬだろう。
ソフィアは唇を噛む―苦いパンの味が蘇る。涙と鼻水に汚れた、屈辱の記憶と共に。
本当はこの手で、王を殺してやりたい。だが―
ソフィアは、ダーヴィットを見つめる。エアハルトから付けられた傷から血が流れ、その足取りは徐々に遅くなっていた。
第二拠点で手当てをしないと―
「ダーヴィット、もう少しだから」 ソフィアは、ダーヴィットの手を強く握り締めた。
「ああ……」ダーヴィットは、弱弱しく笑みを浮かべ、
「……心配するな、何があってもお前を守る」
ソフィアは、悲しげに微笑み、肩を貸し、第二拠点に進む。
一人の騎士が現れ、斬りかかってくる。咄嗟にダーヴィットが応戦し、ソフィアがとどめを刺した。もはや、敵味方の区別はつかなくなっていた。
「地獄か……ここは」
同士討ちによって戦いは早期に決着する、そうソフィアは考えていた。しかし、実際は泥沼化していた。
読みが外れ、多くの死者が出た―
ソフィアは唇を噛む。私を信じ、多くの仲間が死んで行った。胸が痛み、澱が溜まるように、重くなっていく。
ソフィアは、小さな小屋を見つけ、ダーヴィットを入れる。もう虫の息だった。
「死なないで……」
ソフィアは傷に布を巻き、必死に止血をする。
「もう大丈夫だ……ありがとう」ダーヴィットが言い、ソフィアの頬を撫でる。
「嫌……」ソフィアの頬を涙が伝う。
強大な力を持つダーヴィットを個人的な感情で動かすことは許されない。
『お前の言葉は、人を惑わせる』エアハルトの言葉が、脳裏に蘇り、ソフィアは口をつぐむ。しかし、感情が高まり、それは溢れてしまう。
「私を……一人にしないで……」
ソフィアは嗚咽し、「生きて……私の為に」
ダーヴィットは、一瞬、目を見開いた。そして、静かに息を吐き、眠りについた。
ソフィアは傷を圧迫し続けた。
数時間が経った。森の奥で音がし、ソフィアは、ダーヴィットがまだ呼吸していることを確認する。
「すぐに戻るから」寝ているダーヴィットに言い、ソフィアは剣を構え、ドアを開ける。
森の奥から、金属音が聞こえる。王の旗を掲げた騎士が歩いている。先頭に居るのは、ジーモンだ。
「ソフィア……生きていたか」
ソフィアは大きくため息を吐き、「業火の息が危ない」
馬を連れた騎士が、ダーヴィットを連れ、医師の元へと走っていく。
それを見届けると、ジーモンの後ろには、騎士が数人控えているのが見えた。彼らは大きな白い布を抱えていた。
ソフィアは、布を取る。腹部が大きくえぐれた老人が横たわっていた。
「王は……カールハインツ大公は……もう」
王は虚ろな表情で、ソフィアを見て、唇を動かす。
「王が何か……」ジーモンがソフィアに言うので、顔を王に近づける。あれほど強く憎んでいたはずなのに、ソフィアは何も感じなかった。僅かに哀れだ、と思っただけ。
「余の国が、そなたの手に落ちるか……それも良かろう」王は虫の鳴くような声で言い、歪んだ笑みを浮かべる。
「だがな……貴様もいずれ、余と同じ苦しみを味わうことに―」
王は大きく息を吐き、硬直し、虚空を見つめたまま動かなくなる。
ソフィアは涙ぐんだ振りをし、顔を上げる。すると、騎士たちがソフィアを取り囲む。彼らは無言で告げていた―貴女が王妃だ、と。




