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32話 地獄(インフェルノ)

 ソフィアたちは、奥の建物に着いた。拷問部屋のすぐそば、肉の焼ける嫌な臭いが充満している場所―不死者が居ると言われていた場所。


 突貫で作ったような鉄の扉。その奥から、血と炭の匂いがした。衛兵の死骸がそこら中に転がっていた。


「ここに不死者が……」傭兵の一人が、扉を押す。


 複数人と鉄妖で扉を開けると、狭い部屋が見えた。4つの酒樽がならび、香草の臭いがした。


「これは……」


 ソフィアが何か言おうとした瞬間、霧が噴出する。皆が剣を構えるが、それは匂いの付いた水でしかない。


「何だ……これ」


 ダーヴィットが手を見る。それは〈第弐位階〉の死骸に撒かれていたのと同じ水。おそらく鉄妖が、酒樽内に仕込まれた鉄板を圧迫することで、開けられた穴から霧状に水が噴射されているのだろう。鉄妖は自動で動くように設定されていた。


「これでは出入りの時に、濡れてしまう……いや、これが目的なのか」


 ソフィアは奥に続く、重い扉を開く。


 部屋の中心には、巨大な穴が開いており、そこには炭が詰められている。そして、その周囲にも大量の炭、そして、武器と医療器具。


 炭の上に、天井からつるし上げられた人が一人。その身体には、焼けた鉄が押し付けられ、常時身体が焼かれていた。性別も分からないほどに痩せこけていたが、骨格から女性だとすぐに分かった。女性が、うつろな目でソフィアを見る。そして、ぱくぱくと口を開ける。


 鉄がずれ、焼けていない部分からは、肉塊が醜く膨らみ、伸びていた。まるで木の根のように、壁全体に張り付いている。


 ソフィアは、瞬時に理解してしまう。不死のおぞましさを。そして、その異様な力を。


「こんなもので不死になれる訳がない……」ダーヴィットが怒鳴る。


「街に来た怪物は……貴女の一部だったのね」ソフィアは涙ぐみながら言った。


 ソフィアは、ダーヴィットを見た。そして、強く手を握りしめた。


「殺してあげて」


 ダーヴィットは歯噛みし、苦悶の声を上げる。


「だが……王をおびき寄せるには」


「鎖を引きずっていけば良い。彼女に見える何かを布で包み、森へ運ぶの」


「分かった」ダーヴィットは、ソフィアの手を強く握り返す。


「不死をも殺す業火を」ソフィアが言う。


 分かった、とダーヴィットは頷く。


 皆が退避した瞬間、建物の内部が揺れ―


 ソフィアがまず感じたもの、それは強烈(きょうれつ)な閃光(せんこう)だった。世界から色が消え、全てが白(しろ)く染(そ)め上げられる。何もかもの輪郭(りんかく)が白く溶(と)ける。人々の影(かげ)が、伸び、真っ黒な蛇のように伸びていく。


 熱が塊(かたまり)となって、ソフィアに激突(げきとつ)―呻(うめ)き声を上げる暇(ひま)もなく、両足は地面から離れ、身体は宙で舞(ま)っていた。


 遠くから音が聴こえる。きぃーん、という何かが悲鳴を上げるような、甲高い音。世界そのものが炸裂(さくれつ)したかのような音。


 ソフィアは、意識を取り戻し、周囲を見る。緑(みどり)、青(あお)、黄色(きいろ)、赤(あか)、そして、全てを塗りつぶすような明るい白―炎が色を変え、辺りで踊っている。


 強烈な熱波で、ソフィアは、あわてて、鎧を脱ぐ。湯気が立ち昇るのが見えるかのようだった。爆心地の近くに居た者は、重度の火傷を負っているかもしれない―冷たい直感が背筋を走る。


 一体は、火の海となり、黒々とした煙が空を汚していく。ふわふわと灰が落ちてきた。白い炎が建物の上でうねるように踊っている。まるで太陽が堕(お)ちてきたかのようだった。


 ソフィアは、瓦礫(がれき)をどける。腕の一部が水膨れを起こしていた。その指は震え、言葉が出なかった。胸の鼓動が速まり、呼吸が速まる。


 凄まじい力だった。これを、私は制御できるのか。乱用せずにいられるのか―


 ふと、そばで真っ黒い何かが倒れているのが見える。それは、灰を被ったダーヴィットだった。


 物思いにふけっている場合ではない―


「鎖を持って、森へ向かうぞ」


 ソフィアは、瓦礫の山からダーヴィットを救い出すと、手を引き、歩き出した。

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