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外伝11話 たった1つの希望

アーノルド視点

 私はずっと闇の中にいた。長い長い間。


 何故ここにいるのか、いつからここにいるのか、もう何も分からなくなっていた。


 私のやるべき事は1つ。ただ、ただただ敵を倒す事だけ。その他には何もない。


 何が敵なのか、敵とは何なのか、そんな事も私には分からない。それでも私の前に現れたら敵であり、敵は倒さなくてはならない。


 何故倒さなくてはならないのか、敵を倒す目的とは何なのか、そんな事も分からない。


 何も分からない。しかし、私は敵を倒さなくてはならない。


 理由も無ければ、目的も無い。あるのは私自身も理解し難い使命感に駆られているだけ。


 強迫観念と言ってもいい。


 私には私自身のものではない、何かしらの力によって動かされている。それがこの闇の中だ。


 もう何年もここにいる。得体の知れない力に突き動かされて。何も分からないままに。


 ただ、どうしてこうなったのかは覚えている。私は負けたのだ、真の“敵”に。そして堕ちた、私が負けた“敵”の手に。


 己の信念と誇りを踏み(にじ)られて、私は全てを失ってここにいる。そんな私に、もうできる事は何も無かった。


 “敵”に操られて、利用されているだけだと分かっていても、私にはどうする事もできない。


 ならば、全て諦めてしまおう。


 考える事を全て止めて、このまま“敵”の言いなりになっていまおうと、そうやって全てを諦め、投げ出したのだ。


 一緒に戦った仲間はどうなっただろうか? 私と同じように、不憫な思いをさせているのではないか?


 だとしたら申し訳ない限りだ。不甲斐ない私のせいで、仲間にまでこんな目に合わされていると思うと、自責の念が絶えない。


 家族はどうなったか? 娘のカミラはいくつになったか、せめて最後にもう1度だけ顔を見ておきたかったものだ。


 いや、何を考えてももう仕方の無い事だ。(いず)れは皆死んでしまう。娘も、仲間も、何もかもが死に絶えてしまうのだ。


 世界の危機が、差し迫っているのだ。


 なのに私は、何もできない。このまま“敵”の言いなりになって世界の危機を見届ける事しか、他に何もできないのだから。


 そう、何もできないのだ。何も……。






 ある日の事だ。私の前に歩兵機が現れた。


 珍しい事では無かった。私の前に歩兵機が現れる事は、稀にあるのだ。


 だが、それらは異形の姿をした歩兵機ばかりで、そしてそれらには意思が無い。私を破壊する為に“敵”が差し向けてきた刺客の、無人機だ。


 散々私を利用しておいて、今更邪魔になったから始末しようと言うのか? どこまでも、人を道具としか見ていないのだな、“敵”と言うものは。


 幸い私は、私の前に現れるものは敵と見なして破壊する使命感があった。だから無人機を破壊した、“敵”に強要された使命感によって、何も考えずに。


 如何なる無人機が現れようと、私を倒すしかないのだ。それが私の、今の存在理由そのものだったのだから。


 しかし、この日現れたのは無人機では無かった。人の姿をした歩兵機であり、有人機だったのだ。


 有人機だ、間違いない。何故ならその歩兵機は、私に語りかけてきたからだ。『初めまして』と。


 とても若い男の声だ、少年か? しかし随分と片言な英語だ、仲間の誰かでは無いのだろう。それに、私に挨拶などしてどうしようと言うのか?


 単なる礼儀か。何にしても私には答える事などできない。目の前にいるものは全て敵であり、敵は倒さなくてはならない。そう言う使命感を強要されているのだから。


 だから私は攻撃した、何も考えずに。しかしこの少年が、この私の敵意にどう反応するかは、少し興味があったのだがな。


 ところが予想だにしない事に、彼は逃げた。逃げたのだ。敵である私に背を向けて。


 なんと情け無い事か。あの少年は私と戦う為にここへ来たのでは無いのか?


 なんと言うか、こう言う苛立った感情はとても久しぶりだった。誰かに苛立ちを覚えると言う、そんな人間らしい感情は。


 今の私は、機械同然だった。だから、“敵”の言いなりとなってただただ敵を倒すだけのマシンと化した今の私には、非常に懐かしい感覚だった。


 それから直ぐの事だ。あの少年はまた私のところへ現れた。今度は無人機をたくさん連れて。


 なるほど、無人機を利用して物量で私を倒そうと言うのか。愚かな事を。


 無人機を相手にするなど訳無い事だ。今までにもこれくらいの無人機は何度も相手にしてきた。


 だから軽く一掃してやった。無人機を1機残らず殲滅してやった。今の私には造作も無い事なのだ。


 少年は逃げ延びたようだ。レーダーに反応が残っている、辛うじて生き残ったようだな。


 だがあの少年はもう敵と認識する必要は無かった。不思議と止めを刺す必要はないと、私の中の使命感がそう告げていた。


 だから見逃した。それで終わりだと思っていた。あの少年はもう戻って来ないだろうと、私の唯一自由な思考がそう判断したからだ。


 あれは素人だ。実戦には全く慣れていないし、訓練も一切受けていない。


 そんなただの素人が私と遭遇してどう思うか? おそらくはもう会いたくないと、心に深い傷を負った事だろう。


 ならばもう戻って来る事は無い。あの少年がどうしてこのプラントに来たのか、これから先はどうなるのか、そんな事は考えるだけ無駄だ。


 そして期待するのも、無駄だ。あの少年に期待するなど、無駄な事なのだ。


 そう、無駄なのだ。






 ところがだ、あの少年は帰って来た。歩兵機の姿が幾分変わっていたが、聞こえてきた声は紛れもなくあの時の少年の声だ。


 しかし何だ? この少年、声は同じだが以前とはまるで別人の佇まいだ。


 あれからどれ程経ったのかは分からないが、1年と経過はしていない筈だ。そんな僅かな期間で、人はこれ程までに変わるものなのか?


 それにこの雰囲気。何故だろうか、部下のマックス……マクシミリアン・ダオスロードを彷彿とする雰囲気があった。


 もしかしたら、期待してもいいのか?


 この少年なら、私を倒してくれるのではないだろうか?


 “敵”の手に堕ちて、信念も誇りも失ってしまった今の私に、終止符を打ってくれるのではないだろうか?


 期待してしまった。私を、この闇の中から救ってくれるのではないかと、そう期待してしまっていた。


 しかし、現実は常に残酷なものだ。その少年は善戦したものの、結局最後は負けて終わった。


 見事だったと思う。少年は最後の最後まで諦めず、その身が滅びる瞬間まで、闘志を絶やさなかった。かつての私と同じように、信念と誇りを掲げていたのだ。


 本当に見事であった。そして本当に惜しい少年だった。せめて名前だけでも、知っておきたかったものだ。


 そんな風に落胆していた私だったが、しかし実は、まだ終わってはいなかった。


 驚くべき事に、少年はまだ生きていたのだ。たった今、跡形も無く消し飛んでしまった筈なのに。しかも歩兵機まで新品同然となっている。


 一体何が起きたのか? 少年は一体どのような方法で復活を果たしたのか? しかし現れた歩兵機が、以前と同じ形に戻っている事に気付いて、直ぐに理解が及んだ。


 遠隔操作だ。彼は遠隔操作で最初の歩兵機を戦わせていたのだ。


 何と言う奇策、それに遠隔操作を設定する事も容易くは無いだろうに。一体どれ程の技術を、この短期間の間に身に付けていたと言うのか?


 信じられない。一体この少年は何者なのだろうか? 一体どれ程の経験を積んでここまで来たのだろうか?


 分からない事ばかりなのは今も変わらずだが、それでも私は、とうとう追い詰められてしまった。


 勝てるのか。この少年は私に勝つ事ができるのか。


 だとしたら勝ってくれ。どうかこの私を、倒してくれ。これ以上、自分を見失わない内に。


 ……しかし、強い。


 実力とか、技量とか、そう言うものでは無く、精神の強さを感じる。今までに感じた事のない強さだ。


 私が現役の頃には考えられなかった。精神力の強さがここまで戦局を左右する力となるとは。


 次第に私が追い詰められていく。少年の強さに、圧倒されている私がいるのだ。


 そして最後は盛大にやられた。実に堂々たる戦いだ、その見事な戦いっぷりに敬意を表したい程に。


 素晴らしかった。さぁ、止めを刺してくれ。私をこの闇の中から……いや、まさか!?


 そうか、彼は知らないのだ。この巨大な身体の中に、本体がいる事を。


 だから許してしまった。本来の姿で、再び実戦に挑む猶予を。


 久しくあの中から解放された私だが、今は決して喜ぶ事ができない。私の意思とは裏腹に、私の身体があの少年に襲いかかろうとしているのだ。


 これはダメだ。もう少年に手立ては残っていない。実力を推し量れば、彼は私には勝てないだろう。


 やはり駄目なのか? この少年は私の期待に応えてくれないのか?


 絶望しかけたところで、しかし少年はまた奇跡を見せてくれた。私の実力に追い付こうとしているのだ。


 信じられない事だ。ここに来てまた奇跡を起こそうとしているのか。それも私の技を使って。


 このままいけば少年はどうなるか? 私に押し切られて負けるか、私を押し返して勝つか、どちらに転んでも不思議ではないだろう。


 ならば勝ってくれ。どうか私に、今一度希望を抱かせてくれ。一刻も早くこんな闇の中から……いや、違う。それは違うのではないか?


 何故私は何もしない? 何故私は見てるだけなのだ? 目の前で経験も浅い少年が必死になって戦っていると言うのに、どうして私は傍観者のままでいるのか?


 “敵”の手に堕ちたから? 自分ではどうにもならないから? いいや、違う。これは言い訳だ。


 私は諦めたのだ。兵士の信念と誇りを奪われて、何もかもに嫌気がさしたから、だからもう諦めてしまっていた。


 何と情け無い事か。私が苛立ちを覚えていたのは少年にでは無い、自分自信にだったのだ。


 だが、もう目を背けてはいられない。この少年を死なせる訳にはいかないのだ。何故なら―――はっ、いかん! フェイントを仕掛けてしまった。


 今のフェイントは致命的だ。彼の優勢は一気に崩れてしまい、勝負は決しようとしている。


 床に押さえ付けて、ナイフを振りかざした。このままでは、死んでしまう。これはもう防ぎようがない。


 駄目だ、この少年を死なせる訳にはいかない。殺すな、殺すんじゃない。


 止めろ!


 ―――ズドォオオオオオン!!


 私の想いが届いたのか、ナイフを振り落とす直前で背中が爆発した。


 助かったのだ。少年も、私も。


 そして少年は己が力を持ってして、私に反撃をして来た。


 だがこの時、私は私自身を取り戻したのだ。長い長い間、自分を失い続けていた私が漸く自分を取り戻すことができた。


 それでも長くは持たない。(いず)れまた私は、取り戻した私自身を失うだろう。


 そうなる前に、彼に託しておきたい。“敵”に繋がる手掛かりを。


 今渡せるのは、この“敵”が作り出したジェネレーター1つしかない。だがそれでも、これだけは託しておかねば。


 いつの日か“敵”に辿り着き、“敵”と相対する時の為に、これだけは託しておかねばならない。


 そして願わくば……私、アーノルド・ヘールズは名も無き兵士に希望を託そう。


 どうか皆を、この世界を救ってくれ。間もなく訪れる未曾有の危機から、それを企まんとする“敵”の魔の手から、どうか救ってれ。


 私の、私達チームヘルズの、たった1つの希望よ。君に託す事ができたなら、私は喜んで命を差し出そう。


 さらばだ、名も無き英雄―――

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