第49話 これは怪獣ですか? いえ、それは恐竜です……魂を燃やせぇー!
システム補助57%
詰んだ。
これはもう、間違い無く詰んだ。
イングリッドはまたもエネルギー切れでシールドもブースターも使えなくなり、ライフルも弾切れのまま。
そして何よりも、ダイ自身が動けなくなった。体力の限界と言う事実が、身体に直接現れてきたんだ。
歩兵機はパイロットの身体の動きをトレースし、大幅に拡大化させて操縦するが、その為の操縦桿は身体を覆う拘束具のようになっている。
決して重たい操縦桿では無いが身体が疲弊していけばその重さは何倍、何十倍にも感じられる。木乃伊状態のダイにとってその重さは想像を絶する束縛感だった筈だ。
にも関わらず今まで全力疾走し続けて戦って来れた事は、奇跡以外のなにものでも無かっただろ。
そして奇跡なんてものは、そう何度も続いたりはしない。気力で精神面を誤魔化してはいたものの、どうしたって体力面には綻びが出てくる。それがこの結果だ。
立てなくなった。走れなくなった。ダイがこのプラントに来て培ってきた脚が、もう使えなくなってしまったんだ。
終わり。つまり詰みだ。
普通ここまでの絶望に立たされた時、人間はどうするだろうな?
もうダメだと諦めて神に祈りを捧げるか、或いは家族や友人または恋人の顔を思い浮かべるか。そうでなければ自分を殺そうとする相手を目に焼き付けて恨みの限りを募らせるだろうか。
まだ諦めないと言うならば必死になって助かる手段を考え巡らせるか、それとも仲間か誰かが助けに来てくれると信じて待つか。はたまた自分は死なない、絶対に助かると言う根拠のない自信にすがったりするのだろか。
何れにしてもそれは人間らしい感情の表れだと思う。知性を持ってる人間だからこそ、最後の最後まで何かしら考えて行動する結果なのだろうな。
しかし、ダイは違った。
ダイは考えていない。何も考えていないまま、考えるより先に、行動を起こしていたんだ。
「っ!」
目の前には恐竜2機、今にも波動砲を撃とうと口を開けてきた。その口の中は、波動の塊で空間が歪められていた。
そんな恐竜を前にして、動けなくなったダイが取った行動は、最後の手榴弾を手にする事だった。
何故その選択したのか、理由は無い。
これは、理屈も道理も何も無い行動だった。恐竜のCIWSで迎撃されるとか、一方に投げてる間にもう一方が波動砲を撃ち込んで来るとか、不安要素は幾らでもある。
それでも尚、手榴弾を投擲しようとしたのは、何も考えなかったから。考えるより先に行動を起こしたが故の結果だったからだ。
言うなれば、本能だろうか。頭で考えるのでは無く、身体で感じた直感的な行動、即ち本能の行動だ。
なまじ知能が発達した人間だからこそ薄れていた、動物的な本能の行動。ダイはその本能に駆られて、理屈も道理もなくただただ手榴弾を投げようとしていた。
人間である以前に生物としての、生命の危機に直面した生存本能がダイを駆り立てていたんだ。
「うぅりゃぁあああああああああああああああ!!」
気力を振り絞ってほんの僅かに立ち上がった脚で踏み込み、全身のバネを極限まで使って投げたダイの投球は、今まさに波動砲を撃つ寸前の恐竜に投げられた。
しかしそれを認識していた恐竜もCIWSを起動する。波動砲を撃つ体勢を止めないままに、両手のCIWSが手榴弾を捉え迎撃する。
それで終わり、結局無駄に終わるだけの悪足掻きでしなかった。……本来なら、な。
―――ズドォーン!
しかし結果は、まさかの直撃だった。手榴弾は恐竜の喉元に命中して爆撃、頭を吹っ飛ばして身体を破砕したんだ。
しかも、その吹っ飛んだ頭がもう1機の恐竜に当たり、たった今放った波動砲が弾道をそらしてギリギリダイには当たらなかった。
絶好のチャンスを逃してしまった恐竜に、ダイもまた容赦なく食い下がる。
「ジャマー!」
ジャマーを照射して最後の1機となった恐竜を静止させる。まさかの逆転、これで恐竜どもの詰みだ。
助けに入る味方はもういない。煮るなり焼くなりダイの自由にできる。今度こそ終わりだ、ダイの勝利と言う形でな。
「はぁ……はぁ……やったのか?」
不意に吹っ飛んだ恐竜の頭を見る。偶然、と言うには随分と出来過ぎた勝利だ。
しかし全てが計算した上での結果、では無い。あの一瞬でそんな計算ができるかよ。碌に働かない頭で。しかし偶然と言うにはやはり無理がある。
だからこその本能なのだろ。本能だけが成せる業。ダイの生存本能と動物的勘がこの行動を起こし、今のような結果をたたき出したんだ。
あの絶体絶命の危機に直面した瞬間、ダイの中に眠る本能が呼び覚まされて、瞬時に手榴弾を投げさせたに違いない。
「でも危なかったよなぁ〜。まぁ、まだ安心はできないんだけど」
ダイはライフルの弾倉を取り換えると、ジャマーで動きを封じている恐竜の土手っ腹目掛けてフルオート射撃した。
恐竜の腹は破壊されたチェーンガンが内装された空間が開けている。外装の無いそこならライフルは有効だ、乱射しまくればその内機能停止する。
しかしダイは敢えて右手では無く、左手にライフルを構えて射撃した。別に右手が故障した訳でも無いのにだ。
ただちょっとな、右手にはまだ余韻と言うか、何かしらの達成感が残っていたから使いたく無かったんだ。
さっきの手榴弾、ダイは本能的に投擲したが本来ならば迎撃されていた筈だった。それがどうしてか、迎撃されず恐竜に直撃し、爆撃して破壊した。
そりゃ当然だろう、迎撃なんて無理だ。あの手榴弾の投球は―――時速500kmを超えていたからな。
時速500km、これはもう銃弾の速さだ。
CIWSは飛来する対象物を認識して1秒以内に迎撃するが、逆に言うと1秒を切る速さで飛来されたら迎撃はできない事に繋がる。
時速500km、秒速なら1400kmに達する。つまり1km圏内からこの速さで放たれたら迎撃は不可能となる。
てかこれ、もはやグレネードランチャーじゃないか。ランチャー要らずのグレネードランチャーじゃないか。
そんなの流石に迎撃は無理だ。恐竜との距離は100m前後、つまり0.1秒でも間に合わない事になる。幾らCIWSでもこれを迎撃は不可能だと言わざるを得ない。
時速500kmか。とんでも無い速さだが、理論上イングリッドでそれを行うのは可能だ。
実際に投げるのはロボットアームだし、パイロットの挙動は大幅に拡大化される。だから手榴弾の重さを差し引いてもそれだけの投擲速度を出すのは機能上不可能では無いんだ。
ただし、それでもだ。それでも時速500kmの投擲速度を出すには、パイロットがそれだけの投球力を発揮する必要がある。
どれ程かと言うなら、生身で時速150km超えの豪速球を叩き出せるくらいの技術でなければならない。
ダイが地下8階で繰り広げた絶対絶命の攻防戦で初めて編み出した豪速球手榴弾でも、ダイ自身の投球力では時速100km前後だった。
まぁそれでも大した投球力だが、高校球児ならそれくらい出せる奴は割といる。
しかし時速150kmは、これが高校球児で出せるのは極稀だ。まして野球はおろか、スポーツ全般が苦手だったダイだぞ。それがどれだけ凄い事か、分かるか?
まるで魂を燃やした一球入魂、だった訳だ。球じゃなくて手榴弾だけど。
その結果にCIWSでは迎撃できない豪速球超えの手榴弾を投げられたんだ。時速500km超えの速さでな。
「豪速球超えの投球……超速球手榴弾、なんちゃって」
まんまじゃねぇーか。まぁ、いいけど。
そんなネーミングをしてる間に、最後の恐竜も銃撃を受けて漸く機能停止した。
レーダーで確認して見ても反応は消えてる。完全に機能は停止しているようだ……おや?
「あれ? なんか後ろに反応が―――」
何気無い感じで振り返って見ると、いつの間に接近していたのか……恐竜が尻尾の鉄球を振るっていらっしゃった。
え? てか、何で恐竜が―――
「うぎゃぁあああああ!!」
危いっ! 危い危い危い危い!!
間一髪飛び上がって鉄球を回避したけども。ちょっと休んだお陰で飛び上がるだけの体力は回復したけども、どうしてこう危機が続くかなぁ!
しかしこれで限界だ。飛び上がった後は動けそうにない。だったらこうだ。
「ふっ、フックランチャー!」
両腕のフックランチャーを天井に撃ち込み、ワイヤーでぶら下がって空中で停滞した。この高さなら鉄球はこないだろう。波動砲は分からないけど……。
しかし全滅した筈の恐竜がどうして……と思えばこの恐竜、さっきの超速球手榴弾で爆破した恐竜だ。頭が吹っ飛んでやがる。
「コイツ、まだ生きていたのか」
なんたる迂闊。ちゃんと確認すべきだったな。
だがコイツは波動砲もチェーンガンも、ついでに両腕も吹っ飛んでるからCIWSも無くなっている。この様子だと鉄球しか無いみたいだ。だからわざわざ接近してきたのか。
ならこのままぶら下がっていれば何もされない。またジャマーをかけて動きを封じてから―――
―――ガタン
「……え゛?」
……え゛?
外れた。
久々に外れた、の悲劇。
よりにもよってこんな時に外れた。肩……じゃ無くてフックランチャー……でも無くて、……天井が。
天井が外れる……って、どうよ?
「うそぉぉぉぉぉ! いや、これは!?」
天井が外れて結局落下したダイだが、しかし落下した先には恐竜がいる。
爆撃を受けて頭が吹っ飛んだだけでなく外装も剥がれていた。ならばこの機を逃す手はないだろ。
「ナイフトゥミートゥー!」
お馴染みのナイフで落下の勢いを乗せた突き落とし。これで恐竜の動力炉を一突きにする。
こんな状況でも的確な狙いで確実に仕留めた。大したものだよ、全く。
そして今度こそ撃破した恐竜を見て、それから今一度フロア内を見渡す。恐竜は最初の奴を合わせて全部で8機、見た限りでは全て大破している。
今度こそ終わりだ。ダイの勝利と言う形でな。
「……うっ、うう……」
その終わりを迎えて、ダイの中に込み上げてくるものがあった。まぁ当然だろう。
絶対絶命の攻防戦よりも、大頭無し戦や眼帯野郎戦の時よりも、この恐竜戦の方が遥かにヤバかった。
個々の性能もかくやと言うのに、それに加えてコンディション面で問題を抱えたまま戦うとこんなに追い詰められるとはな。
しかしそれでも勝った。最後まで諦めなかったダイの精神力……いや、魂の勝利だ。
その勝利を実感して込み上げきたものは、今までに無い達成感か、生き延びた事への幸福感か、それとも……
「うがぁあああああ! こんな所とっとと出てってやるぅ!!」
……どちらでも無かった。単に早くこの場から脱したいと言う焦燥感だ。
「もうやだ、こんな所もうやだぁ! 恐竜なんか顔も見たく無いっ! 俺はここを出るんだ!!」
なんかスンゲェー情けない事言ってるんだけど。また更に情けない事に立つ気力が無いから這い這いで出入口まで向かってるし。
しかも慌てまくってるからたまに転んだり躓いたりするし。這い這いでそんな事なるか?
まぁ、でも急いで脱出した方がいいのは確かだ。万が一にもまた恐竜が現れでもしたら、今度こそ絶対に勝てないんだからな。
本当に突然だったからな、恐竜が現れるのは。いきなり上からドスゥン、ドスゥンと落ちて来やがって―――
「………………待てよ」
………………待てよ。
恐竜の死骸―――もとい残骸が散乱するフロアに、小さな影が入り込んできた。
ゲッコーだ。ヤモリの姿を模した偵察用の小型カメラロボット、ゲッコーである。
操作しているのは勿論ダイだ。ダイは今フロアの出入口の前で待機していた。身体を休める為と、高カロリー輸液を摂取する為に。
「……しょっぱい。もう一杯」
2袋目の輸液を開けてつつも、ダイは警戒を怠らずにゲッコーを操作する。
またいつ新手の恐竜が現れるとも知れない。いつでも逃げられる準備をしておかないとな。
それでも尚ゲッコーを使ってフロアを探索するのにはある理由がある。
天井だ。恐竜は上から落ちて現れたが、しかし予め天井にぶら下がっていたとは考え難い。それだったら普通気付くからな。
て事はだ、天井の中には恐竜を格納するスペースがあると考えるのが妥当だろ。実際ゲッコーの目で見ると、天井にはシャッターらしきものが8つあった。
シャッター、おそらく恐竜を出す時に開けるシャッターだろう。その内の1つはダイがフックランチャーでぶら下がった際に外れているけど。
なら、その外れた所にゲッコーを侵入させればいい。ゲッコーの脚なら壁や天井も移動できるからな。
天井の中に入って更にその上を目指す。フロアは結構な天井高があるのだが、シャッターの先は通気口みたいになって、まだ先があった。
つまり、まだまだ上に行ける。と言う事はもしかしたら―――
「あ、着いた」
暫く登って行った先で漸く広い空間に出た。そこも何かしらのフロアのようだ。
見たところ歩兵機のパーツらしき物がちらほらとあるし、何かを製造する機械諸々もある。よく見れば恐竜の一部のようなものもあった。
生産場か。恐竜はここで作られて下に送られたのか。
何故下に? 起動テスト目的か何かか?
色々謎は残るけど、取り敢えずここが恐竜の生産場で、新手に出される恐竜はいない。それだけは確かだ。
さて、他には何か……あ。
「あ……ああっ!」
見つけた。ゲッコーの目に、探してたあれが見つかった。
ガラス地図だ。この辺り周辺の道筋を事細かく記したガラス板の地図。そしてその地図に、それは記されていた。
「だぁー!」
ダイは立ち上がった。まだ体力は回復仕切ってはいないが、多少動く分には回復している。
立ち上がって、一目散にシャッターの開いた天井の下まで来ると、SWEMブースターとフックランチャーを使ってその穴の中を昇り始めた。
直ぐに上の生産場まで辿り着く。そしてガラス地図の前までくると、そこには間違いなく記されていた。このフロアを示す事が。
[B4第二十四フロア]
B4。そう、ここは……地下4階だ!
「……っしゃー! 帰って来たぞ、地下4階!! アイルビー、バァァァァァック!!!」
歩兵機の腕力で時速500kmの超速球が出せるのかと疑問に思うかもしれねぇーけどな。でもイングリッドってただのナイフで無人機の外装を普通に突いたり斬ったりしてるんだよ。つまりただのナイフでもそんな事ができるだけの馬力は備わってるって事なんだわ。




