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外伝4話 真夜中の争奪戦 その4

ケント視点

 俺らしく無かった。


 いくらあの女の指摘が俺の逆鱗に触れたからと言って、余りにも熱くなり過ぎだ。


 クソっ、何とも調子を狂わされる女だ。俺のキックを2度も受けて生き延びたのはお前が初めてだぞ。


 まさかオベルタスの他に、俺とここまで戦える者がいるとは思わなかった。余計に俺の実績の糧としたくなったがな。


 突然のミサイルに水を差されてしまったが、あのセガールタイプはまだ目視できる位置にいる。しかもあろう事か背を向けて走り去ろうとしていた。


 敵前逃亡か、それとも誘われているのか、(いず)れにしてもショットガンの射程圏外だが走れば十分追い付く。特に問題は無い。


 ライトネードは使えそうに無いか。だが他に手はある。この両脚が残っていれば、例え両腕が無かったとしても―――


『―――ケント! 応答して、ケント!』


 カミラの声? 通信回線が回復したのか?


 と言う事はクロステーゼの側にトラブルか。あのセガール、仲間の救援に向かったな。


「カミラ、敵が逃亡した。俺は追撃する、お前は引き続き目標の捜索を―――」


『それどころじゃないわよ! こっちは今本当に死にそうなんだから、助けてって』


 奇襲を受けたのか、道理で普段口うるさい女がさっきから大人しくしていた訳だ。しかも電子戦に対応した歩兵機で奇襲を許すとは何たる体たらく。


 本当ならそんな奴放っておいてもいいんだが目標のイングリッド、MPM.η回収にカミラは不可欠だ。仕方がない、助けてやるか。


 カミラは直ぐに見つかった。レーダーも回復したから捜索の必要はないからな。だがそのレーダーに、敵機らしい反応は無かった。


 カミラのイングリッドに目立った損傷はなかったが、見た限り相当追い詰められていた様子だ。


「カミラ、何があっ―――」


『ケント、後ろ!』


 後ろ? 何もいないぞ。


 背後を取られる程俺は間抜けじゃない。常にレーダーには気を配っているし、周囲の気配も感じ取っている。


 後ろに立たれれば見なくても直ぐに分かるものだ。


『隙だらけだな、虎ちゃんよぉ』


「っ!?」


 いた? 背後を取られた? 俺が?


 バカな。と思うより先に後ろ回し蹴りを仕掛けたが、背後の奴には当たらなかった。不意を突かれたせいで間合いを見誤ったか?


『オメェー、今1回死んだぜ』


 言い知れぬプレッシャーを感じて俺はバックステップで後退、カミラの隣に来た。


 確かに、奴にその気があったのから今ので1回死んでいた。この俺とした事が、何たる不覚だ。これではカミラの事など言えん。


 しかも眼前に現れた奴は、見た事の無い異様な姿の歩兵機だった。


 一言で言うなら、ボクサーだ。しなやかさと力強さを合わせ持つフォルムに、手はボクシンググローブのように固められた拳、頭にはヘッドギアを付けた様な形状をしている。


 随分と独創的なデザインだが、見た事の無い機種だ。イングリッドに近いようにも見えるが全くの別機種だろう。


「……何者だ、貴様。ディガロでは無いな」


 少なくとも、ディガロにこんなマニアックな歩兵機が存在した記録は無い。ならば、クロステーゼか。


『敵だよ。俺っちは、オメェーの敵さ』


「そうか、なら容赦せん」


 すかさず飛び出した。敵と言った以上は瞬殺するだけだ。


 飛び出して距離を詰め、ショットガンを撃つ。弾は既に補充した。弾切れはあり得ん。


 だがボクサーはそれをひょいと躱す。流石は無防備に立っているだけだったのは、躱せる自身があったと言う事か。


 だがそれだけでは終わらん。ショットガンの次はキックだ。俺のキックは一味違う、躱せるものなら躱してみろ!


『よっと』


 なっ!?


 か、躱した、だと?


「がっ!?」


 しかも躱され様にボディブローをくらった。中々の衝撃だ、意識が吹っ飛びかけてしまった。


『今のでまた死んだな。そのいかつい虎縞は伊達かい?』


 死んだ、だと? あんなパンチ1つで俺が倒されたと言うのか?


 ふざけんな、本当にそうならそうしている筈―――


 ―――ドスゥン!


 そうしている筈……だと思えばボクサーは無造作に隣の針葉樹にパンチした。軽く小突いたパンチだったが、かなり太い幹の針葉樹は壮絶にへし折られた。


 さっきのボディブローとは訳が違う、桁違いの破壊力だ。


『簡単なんだぜ、歩兵機を潰す事なんてな』


 脅しではない、これは予告だ。


 奴はいつでも俺を潰す事ができる。敢えてそうしないのは遊んでいるだけだ。あのボクサーはそれだけの余裕があると言う事だ。


 ふざけた事を。だが改めて分かった、あのボクサーは歩兵機としてのポテンシャルが違い過ぎる。


 今のパンチもただの打撃じゃない。歩兵機の馬力ではあり得ないパワーだったから、何かしらの兵器なのだろうが。


 しかしあんなものをくらったらただでは済まない。二度と当たる訳にはいかないぞ。


『ダメよ、ケント。撤退するわよ」


 カミラが撤退を指示してきた。ふざけるなと言いたいところだが、俺もバカでは無い。旗色が悪いのは明白だ。


 認めたくないが、ボクサーは技量だけでも俺に匹敵する。それに加えて歩兵機のポテンシャルが違うとなれば勝ち目はない。こっちは左腕が無いと言うハンデまで抱えているのにだ。


 これは……勝てない。


「カミラ、少佐は?」


『それが……さっきから通信が繋がらないのよ。回線は復旧してる筈なのに』


 まさか少佐の身に何かあったと言うのか。これでは援護は望めない。


 ならどうやって撤退する? 援護も無しに、あのボクサーから逃げ切るのは至難の業だぞ。


『使うかい?』


 突如としてボクサーが何かを放り投げてきた。


 これは……腕? イングリッドの左腕か?


『片腕がないと不便だろ。待っててやるから、さっさと取り付けな』


「……っ」


 雪辱だ。俺は今、敵から施しを受けた。それは雪辱以外の何物でも無い。


 無論、罠であると考えるのが妥当だろうが、おそらくそうではない。ボクサーは余裕を見せているんだ。施しをしても絶対に勝てると言う圧倒的な余裕を。


「ふざけるな!」


 俺は飛び出した。制止を訴えるカミラの声が聞こえた気もしたが、そんな事を気にしていられるか。


 飛び出してすかさずショットガンを撃つ。ボクサーは当然の如く躱したが、ならばこのまま接近してハイキックだ。


 だが奴は俺のキックを見切っている。簡単には見切れないように工夫を凝らした俺のキックを。


 当然これも躱された。ボクサーは上体を反らしてギリギリに、しかし確実に回避した。


 ならば、その躱されたキックを通過した直後に止め、機体を支えていたもう片方の脚で跳躍。ハイキックから跳び蹴りに移し替えてボクサーの胴体に叩き込んだ。


『ぐおっ!?』


 当たった。間違いようの無い手応えだ。


 跳び蹴りを受けたボクサーは体勢を崩して後方に飛ばされた。この隙にショットガンを膝でリロードすると同時に発砲する。


 この距離だ、それに奴は体勢を崩している。回避はできまい。


 ―――ガッ!


 ところがだ、ボクサーはその弾を拳で受け止めた。軽く突き出した拳でだ。


 バカな……。


『はっはー。何だ何だ、いいキック持ってんじゃねーかよ』


 心底楽しそうに嘲笑うボクサーだが、その様子に苛立ちを覚える事は無かった。覚えたのは寧ろ、恐怖だったかもしれない。


 奴は受け止めたんだ、ショットガンのスラッグ弾を。しかもこの距離で。


 普通なら拳ごと本体を撃ち砕いてもおかしくは無いと言うのに、奴は何事もなかったかのように平然と受け止めた。


 拳の耐久力か、或いは何らかの特殊機能かは定かでは無いが、1つはっきり分かるのは―――奴に銃は効かないと言う事だ。


 キックは所詮繋ぎでしかない、ショットガンを直撃させる為の。そのショットガンが効かないと言う事は、決め手が無くなったと言う事だ。


『ケント!』


 横からの銃撃にボクサーは直ぐに飛び退く。銃撃はカミラの援護だったが、アサルトライフルの連射でさえ拳で防ぐボクサーに隙は無かった。


『ケント、撤退よ! お願いだから聞いて!』


 撤退、なのか。


 このボクサーに、尻尾を巻いて逃げろと言うのか。この俺に……。


『ケント! 早く―――な、ミサイル!?』


 何、ミサイルだと?


 さっきのセガールタイプを逃した時に使われたものか?


 だが電子戦機能を強化したカミラがいち早く気付いたから、直ぐに迎撃ができる。


 鎖骨部位のCIWS12.7mm機関銃を起動、俺とカミラはミサイルに向けて連射した。


 しかしミサイルはCIWSの弾を避けた。高速連射された弾をことごとく避けて飛来して来たのだ。


『なっ―――』


 カミラが言葉を詰まらせたが、ミサイルが着弾する前に回避。ミサイルは爆発して周囲の木々をなぎ倒す。中々の威力だが、そこまでの脅威では無い。


 それよりも問題なのは、ミサイルがCIWSの連射を避けたと言う事実だ。まるでミサイル1つ1つが意思を持っているかのように、的確に全て避けいた。


 あり得ない。ミサイルにそれ程の機能を搭載できる筈が無いのにだ。


『ギャハハハハハ! 腕を渡したら脚が飛んで来たとか、マジウケるなー! ギャハハハハハ!』


 どう言う事かと悩んでいるとボクサーの後ろからもう1機、別の歩兵機が現れた。ゲスな笑い方をする、何とも鬱陶しい奴だった。


 だが、この歩兵機も見た事の無いタイプだ。全身をマントかローブを彷彿させる装甲板で覆い尽くしていて、全体像が全く分からなかった。


 頭部だけは露出しているが、まるでフードでも被っているかのような形状に円いカメラアイと髑髏(どくろ)のようなフェイスが何とも趣味が悪い。


 まるで亡霊(ファントム)だ。これで大鎌でも持っていれば死神そのものだが。


『ギャハハハハハ、これでやられたら本末転倒だぜ、マジウケるなー!』


『そう言うなって。簡単に潰しちまったら面白くねーじゃんか。俺っちの性格、知ってんだろ?』


『ギャハハハハハ、そりゃそうか!』


 俺が目の前にいる事を忘れているかのように談笑するボクサーとファントム。見るからに隙だらけだったからすかさずショットガンをファントムに撃つが。


 ―――カァン


 しかしファントムのマントのような装甲板はショットガンの弾を無傷で弾いた。


 見た目は薄い装甲板なのだが、スラッグ弾では傷1つ付かない。そんな頑丈な装甲板で全身を覆っているとなると、手の打ちようがないぞ。


『ギャハハハハハ! そんな鉄砲で俺を倒せると思ったのか!? マジウケるなー!』


 コイツ……。


 しかしファントムは馬鹿笑いしてる間にも背中から何かを撃ち出してきた。


 これは……ミサイルだ。背中の煙突のような2つのポッドから2発ずつ、計4発のミサイルを発射した。しかもこのミサイル、さっきのCIWSを避けた特殊なミサイルだ。


 あれはファントムが放ったミサイルだったのか。垂直に放たれたミサイルは急激に方向を変えて、俺に飛来してくる。


 これは、躱せるか?


『ケント!』


 だが、その特殊ミサイルを迎撃したのはカミラだった。


 CIWSでは躱されると思ったのか、手榴弾を投げてそれをライフルで撃ち爆破、その爆風を躱す事はできずミサイルは誘爆して迎撃された。


『ケント、大丈夫?』


『……ああ、助かった』


『あら、あんたが礼を言うなんて珍しい』


 俺を何だと思っているんだ、この女は?


 しかしミサイルの爆風に紛れて、今度はボクサーが突進してきた。今まで迎え討つばかりだったボクサーが、突然仕掛けてくるとはどういう事だ?


『ギャハハハハハ……あぁーズッケーぞ、コラァ!』


『うるせー、早いもん勝ちだってーの』


 奴らの狙いは俺か? ボクサーは俺に接近すると右拳で連打を仕掛けてきた。


 軽いジャブパンチだが、一撃一撃が針葉樹をへし折るだけの威力がある。1発でもくらったらおしまいだと考えた方がいい。


 凄まじい連打んだが躱せない事はない。しかしそれは右拳だけの連打だからだ。


 ボクサーは左腕を使っていなかった。腰の後ろに回して、絶対に使うまいと封じている。ハンデだ。左腕が無い俺へのハンデのつもりだ。


「ふざけやがって……」


 ボクサーの連打にミドルキックでカウンターを仕掛ける。如何に威力があろうともリーチはこちらの方が上だ。


『そうでもねーぜ』


 だが俺のキックは当たらず、ボクサーの拳の方が当たった。威力はそれ程のものでは無い、また手加減をしたのか。


 何故リーチで勝るキックが当たらなかったのか、理由は明白だ。(パンチ)が飛んだからだ。


 ボクサーの手首から先、ボクサーグローブに当たる部位だけが発射されたのだ。拳と手首はワイヤーで繋がっていたから、最後にはボクサーの腕に戻ったが。


 まさかそんなギミックまであったとはな。あの針葉樹をへし折る威力に発射する事のできる拳の長いリーチ、(いず)もディガロの技術力では不可能な物ばかりだ。


 クロステーゼは技術力において、ディガロの上をいっていると言うのか?


『その脚の長さならリーチで勝てるとでも思ったかい? なら、そんな期待はしない方がいいぜ』


「……なんの話だ?」


『はっはー、隠す程の事じゃねーだろ? オメェーのイングリッドが、普通よりも脚を長くしてる事はバレバレなんだかんよ』


 ……やはりバレていたか。最初のハイキックを躱された時から、もしかしたらとは思っていたが。


『脚を長くすりゃあ脚力は増す。走力、跳躍力、キック力にしても。その反面で安定性を著しく損なうが、それを技術力でカバーしてるのは流石だぜ。そして何より、その脚のキックは目測を見誤り易い』


 他人の歩兵機の秘密をペラペラと……。


『その虎縞は脚の長さを悟らせ無い為のカモフラージュ、横縞なら実際よりも短く見えるからな。そうして目測を見誤ったキックは回避し難い。あとはキックとショットガンのコンボで仕留める、それが虎ちゃんの戦い方だ』


「だったら何だ。わざわざ指摘するとは、余裕を見せているつもりか?」


『ギャハハハハハ、まだ分かってねーみてぇーだぞ! マジウケるなー!』


 何なんだ、コイツらは? 他人を苛立たせる事には長けているが、それにしても喋り過ぎだろ。


 だが俺の苛立ちを他所に、ボクサーはやれやれと言った様子で俺を見た。


『はっきり言うぜ、虎ちゃん。オメェーのキックはリーチが長い分、躱された後の隙が大きいんだよ。目測を見誤らなかければ弱点にしかならねーんだ』


「なっ!?」


 俺のキックが、弱点だと!? バカな!


 そんなバカな事が、あってたまるか!


『オメェー、俺達には勝てねーよ』

[イングリッド ケント・ロウ機]

形式番号 SR-7/C

生産形態 量産改造機

機体全高 9.8m

機体重量 12.4t

機体動力 核融合炉

機体出力 2150kW

稼働時間 150時間

CP機能 8ギガフロップス

装甲厚  9mm

最高速度 時速290km

懸架部位 背部2、臀部1

収納部位 無し

固定装備 頭部ジャミング/スコープ

     鎖骨部CIWS12.7mm機関銃×2

     両前腕部フックランチャー×2

     股間部小型カメラロボ[ゲッコー]

追加装備 37mmアサルトライフル

     57mmショットガン

     ヴィブロブレード


ケント・ロウ少尉が独自改修したイングリッド。ピオネス基地配属部隊は出力を強化した改修がなされているが、ケント・ロウ少尉の機体はこれに加えて両脚を長くする改修と、反射率の高い銀と低い黒の虎縞カラーリングが施された。

単純に長くしただけでなくパワードアクチュエータも大幅に増設した事により収納ラックをオミット、そのため僅か1.2m延長しただけで瞬間速度は時速300km、跳躍高度は80mにも達する。

この脚力を生かした正面突破を得意とし、至近距離でショットガンを使うのが定番。ただし脚を長くした分、安定性を著しく損なう為パイロットはその不安定感を体感で克服するしか無い。これがケント・ロウ少尉がエースと呼ばれる所以であった。

また脚力を生かしたキックも強力。当たり所次第ではキックだけで撃墜も可能な程で、ケント・ロウ少尉が得意とする足技ライトネードもこのイングリッドではより高威力となり得る。しかし脚が長いキックは、それだけ躱された後の隙が大きく、本機最大の弱点とも言える。

これを補う為に虎縞で脚の長さを悟られないようにカモフラージュしたと思われているが、実際それは結果論でありカラーリングの目的は趣味でしか無い。はっきり言うと悪趣味だが本人はカッコいいと思っている。

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