外伝2話 真夜中の争奪戦 その2
ケント視点
輸送機の中で俺はイメージトレーニングに集中していた。戦闘が始まる前には自身のスタンスを形造るところから始めるのが流儀だ。
「―――ちょっとケント、聞いてるの?」
横のうるさい小姑のせいで集中し切れなかったがな。
「帰ったらハヤセに謝っときなさいよ、あの子は最上ダイの為にここまで来たんだから。その覚悟を踏み躙るような事は止めて」
全くうるさい女だ、コイツは。カミラ・ヘールズ、階級は中尉。歩兵機乗りの腕は認めているが、感情に左右され易い性格は考えものだ。
「ケ、ン、ト! 返事は?」
「……カミラ、死んだ奴に拘っても何もならないだろ」
「勝手に殺すなっ! 今その最上ダイを救出しに向かってるんでしょうが!」
最上ダイの救出、それが今から行う俺達の任務だ。
3時間前の事だ、ピオネス基地で救援要請があって緊急出動した。要請はロシア南部のタイガ地帯だ、最上ダイが行方を眩ました場所の。
要請したのは最上ダイを捜索していた調査部隊からだ。わざわざ撤退せずに救援要請を出したのは何事かと思ったが、どうやら当の最上ダイが見つかったのが原因らしい。
見つかったと言っても、それは最上ダイの乗っていたイングリッドであって本人を確認した訳では無い。発見した時にはもう敵に捕獲されていたそうだが。
クロステーゼに捕まったのなら、仮に捕まるまで生きていたとしても既に殺されている筈だ。クロステーゼならば絶対にそうする。
だが、行方不明になって3週間、普通に考えたら捕まる以前から既にのたれ死んでいたのだろう。単にその後で歩兵機だけが捕獲されたと言うだけで。
今まで発見され無かったのは意外だったが、それもディガロとクロステーゼの双方が捜索した事で何度も衝突があったが故に発見が遅れた、と言ったところか。
「なら聞くが、カミラ。お前は最上ダイが生きていると考えているのか?」
「そ、それは……」
カミラも現実が見えていない訳では無い。日向ハヤセの追求をはぐらかしていたのがその証拠だ。
それが見ていてイライラしたから親切に教えてやったのだがな。まさかそれで文句を言われるとは思わなかったぞ。
「僕は生きていると思うけどね、最上ダイは」
だが、それを否定したのはあろう事か指揮官のデリック・フェルトン少佐だった。
物腰穏やか男だが、理想主義では無いと思っていたのだがな。それとも少佐にはそう考える根拠があるのか?
「勿論、根拠は無いよ」
……無いのか「無いんかい!」
カミラが声をあげた。言いたい事は分かるが、上官相手にスラングは止めたらどうだ?
「でも、全く無い訳でも無いよ」
「どっちなのよ!? 有るのか無いのか、はっきりしなさいよ!」
それは同感だな。少佐は言葉を濁すのが上手い、故にカミラと違って真意の見えない所がある謎多き男だ。その少佐が生きていると考える理由はなんだ?
「不確かな根拠がある、と言えばいいかな?」
「不確かな根拠?」
「インスピレーションだね」
結局は勘か。
「でも僕は、最上ダイと直接会って話もしたからね。あの少年はサーパストでこそ無かったけれど、不思議と印象に残るものがあったよ」
その経緯は知っている。最上ダイがイングリッドを見つけてしまった事を受けて、少佐は日本の警察に化けて探りを入れた話は前に聞いた。
クロステーゼもその事実に勘付いていたから直ぐにでもイングリッドを捕獲する必要があったのだが、そこでサーパストとして目を付けていた日向ハヤセが誘拐される事件が起きて、色々と後手に回ってしまったと。
誘拐したのは通称オッドアイ、クロステーゼの歩兵機と思われるが、奴は最上ダイを囮に少佐が狙撃で撃退したらしい。
「実は最上ダイは、オッドアイと戦闘と交えていてね。システム補助に助けられてはいたが、それでも中々奇抜な戦い方をしていたよ。それに、根性もある」
だから何だ? 奇抜と根性で切り抜けられるのなら兵士はいらない。
「実際最上ダイはこの3週間見つからなかった。なら生きていたと考えても不思議は無いだろ? そして、今もね」
「……そうよね。そうであって欲しいわ」
生きていても不思議は無い、か。だが死んでいても不思議は無い。寧ろ生きていた方が不思議だろ。
「非論理的だな。そもそも兵士が、生きてるか死んでるかも分からない奴に拘るのは愚かな事だろ。兵士はキアスであるべきだ」
「おやおや、一番拘っているケントがそれを言うのかい?」
「何の事だ?」
「マクシミリアン・ダオスロード」
……少佐め、それを持ち出すか。
「知っているよ。ケントがディガロに志願したのも、それが理由だろ」
「きっかけに過ぎん」
「今は拘ってない、と?」
「……間もなく降下ポイントだ。搭乗者するぞ」
無駄話をしたせいでスタンスが形成できなかった。イングリッドの中で集中しないとならない。
俺の名誉の為に言うが、俺は別に拘っている訳では無い。余計な不安を抱えては兵士などやってられんからな。それに、拘る理由が無い。
『先に出るよ』
少佐のイングリッドが輸送機から降下した。次はカミラの番だ。
『……マクシミリアン・ダオスロード』
何故言う?
『ケント、帰ったらちゃんとハヤセに謝るのよ。でないとその話、ハヤセとジャンにも聞かせるから』
止めろ。
本当に小姑か、コイツは? 全く、どいつもこいつも他人のデリケートな所に土足で踏み込んでくるとはどう言う了見だ?
まぁいい、元々馴れ合うつまりは無いからな。カミラのイングリッドが降下したのを確認して、俺も降下を開始する。
地上数百メートルから自由落下し、ある程度落下したらパラシュートを開く。
外は暗黒闇、星明かりも碌に無く新月だから月明かりも無い。下はタイガ、真夜中の森林地帯は不気味なものだと聞くが、悪くないものだな。
マクシミリアン・ダオスロードは、苦手そうだが。兵士としては優秀だったが、彼は苦手なものは苦手とあっさり暴露する。そう言う男だ。
本当に優秀な兵士だった。俺が唯一敬意を払うのは、後にも先にもマクシミリアン・ダオスロードただ1人だけだ。
だからこれは拘りでは無い。俺には、マクシミリアン・ダオスロードが生きていると言う確信がある。それだけだ。
「マクシミリアン・ダオスロードは、俺の永遠のヒーローだ」
マクシミリアン・ダオスロード。彼はディガロ初期メンバーの1人で、同じ初期メンバーだった少佐の同僚だ。
俺はかつてマクシミリアン・ダオスロードに助けられた経緯がある。だが、俺が憧れを抱いたのは他に理由があった。
マクシミリアン・ダオスロードは抜きん出ていた。実力とか才能とかでは無い。言うなれば、生き様だろうか。
実力を持っているのに組織は縛られない自由な生き様は、第三者から見ればとても生き生きとしていた。
富や名声や権力など眼中に無く、手に入れても直ぐに手放してしまう。自分が自分らしく生きる事に徹底して、それを当たり前のよう成し得た姿はヒーローそのものだった。
少なくとも当時救われた俺の目には、そう映っていた。
憧れたものだ。生命力溢れるその姿を素直に羨ましいと思えたし、自然とその背中を追うように足を運んだらここにいた。
俺がディガロに入隊を決心した頃、突然マクシミリアン・ダオスロードの死を聞かされたが、しかし俺には確信があった。
マクシミリアン・ダオスロードは生きている、と。
あの生命力を体現したような男があっさり死ぬと聞かされても、寧ろそちらの方が信憑性に欠けるだろう。
だから、俺は拘ってはいない。己の確信を疑っていない、ただそれだけだ。
ヒーローが死ぬ事など、あり得ないのだからな。
地上に降りてパラシュートユニットをパージすると、ユニットに懸架した武装を装備し直してカミラと合流する。
付近では他のディガロの部隊も交戦している。ここも安全とは言えないし、直ぐにでも行動に移す。
『アート1より各機へ、狙撃ポイントに到着した。これより臨戦体制に入る』
少佐とは別行動だ。少佐は狙撃手だから、長距離から支援を行うのを専門としている。
『こちらアート3、了解。これより作戦行動に入るわ』
「アート4、了解だ」
作戦行動中はコールサインで呼び合う。少佐がアート1でカミラが3、俺が4だ。他に2と5がいるが、今は基地にいないからこの作戦にも参加していない。
故にピオネス基地からの増援は俺達の3人だけだ。
少佐は長距離の配置につき、俺とカミラで接近する。狙撃手が敵の位置を把握するに斥侯は必要だ。
特にカミラのイングリッドは電子戦様に改良が施されている。と言っても頭部にちょんまげの様なアンテナが増設された程度だが、それでも少佐の観測手として重宝されている。
『こちらアート2、敵のジャミングを観測したわ。通信障害が起こると予測されるから警戒して。特にアート1、観測は自分でやってね』
『……ジーザス』
通信障害か、別に構わん。元々単独プレーでいくつもりだからな。
程なくして通信障害は起きた。少佐には自力で頑張ってもらうとして、カミラにはモールス信号で会話を交わす。余計な事はするなと。
戦闘は俺だけで十分だ。カミラは作戦目標の最上ダイのイングリッド、通称MPM.ηの捜索に専念させればいい。
最上ダイはともかく、あのMPM.ηには試作型の波動砲が搭載してある。万が一にも波動砲の技術がクロステーゼの手に渡る事だけは阻止せねばならない。
それに、波動砲の運用データもある。俺とハヤセの為に用意する新型機ヴィンデルバンドにも波動兵器を搭載するつもりでいるからな。運用データも失う訳にはいかない。
何としてでもMPM.ηは回収、それ以外はあり得ない。長期戦はもってのほか、手段は選んでられないな。
―――ズドン!
すると突然、砲撃音が木霊した。瞬時に反応したが、これはこちらに向けた砲撃では無いな。
直ぐに爆発音が響く。どうやら別の増援部隊がやられたようだ。
このジャミングの中では一寸先も闇だからな、相手にしてみればいい的だ。
だが今の砲撃で敵の位置も掴めた。少佐も直ぐに狙撃するだろう、少佐の狙撃の腕なら敵の索敵範囲外からでも狙い撃てるからな。
だが、どうせなら俺の手で仕留めよう。撃墜数を稼げば、それがその兵士の実績となる。
俺は砲撃地点に急ぐ。カミラが何かモールス信号で言ってきたが、目標の捜索に専念しろと一蹴した。
周りは丈の高い針葉樹ばかり、レーダーが役に立たなくなっているから目視で探さないとならないが、まだ近くにはいないな。
「……足跡か」
砲撃地点まで来たが敵の姿は見当たらない。だが、ついさっきまで歩兵機がいた足跡がいつくか残っている。特に1つはくっきりと残っているな。重量と足の大きさから考えると、セガールか?
更に近付くと気配も感じ取れた。近いな、威嚇射撃で炙り出すか、それとも回り込んで奇襲するかがセオリーだが。
しかしマクシミリアン・ダオスロードなら、あの男ならそんな回りくどい事はしない。もっとスレートなやり方をするなら―――
「正面から叩くか」
その方が寧ろやり易いし、手っ取り早い。
気配が近くなっている。敵は多くないがあの砲撃をした敵は要警戒だな。
戦車では無い、聞こえた砲撃音は2発同時発射だった。2門のカノン砲を装備しているのなら重装備型のセガールか。
砲撃戦に特化してるなら後方に待機している。逃げられる前に距離を詰めるか。
「……ほう」
しかし意外と言うか、件のセガールは逃げずに待ち構えていた。あの砲撃をしたのはコイツで間違いないだろう、足跡にセガールのものは1機分しかなかったからな。
しかしそのセガールは随分と物々しく改良されている。足腰と肩周りが補強されて重装化の幅を広げているし、先程の砲撃もこのセガールなら悠に可能な事だろう。
両肩にはシールドが固定されている。腕には籠手らしきものも見受けられるし、脹脛の外側面にもボックスのようなものもある。頭部は火器管制システム強化用のバイザーが備えられて目元を覆っていた。
砲撃に使った2門の大砲は無かったが、白兵戦に備えた武装は何も高火力なものばかり、それにこの独特の改修から見てもパイロットは腕に覚えがある証拠。
間違い無い。このセガール、エース機だな。
「ならば、俺の糧となれ」
フェイントをかけずに真っ直ぐ突進する。相手のセガールは反撃に出遅れた様子、やはりこの虎柄はいい迷彩になるな。
アサルトライフルを右手に構え、すかさず発砲した。流石に直撃を許す程の素人では無く、肩のシールドで防御をしたが。
だが俺は発砲しながらも突進の勢いは止めず、セガールのシールドに跳び蹴りを見舞った。勢いをつけた跳び蹴りだ、重量級のセガールでも転倒する。
その瞬間が狙い所だったが、しかしセガールは転倒しながらも手に持っていた大口径の機関銃で反撃してきた。
「っ!」
セガールは転倒しながらも機関銃を的確に発砲、俺のライフルに当てて破壊した。貴重な主力火器を真っ先に破壊してくるとは、やってくれるな。
開始早々に武器を失う羽目になった。このセガール、重量級の割に中々の対応力だ。それにあの機関銃。
[ブローニングXM6 45mmヘビーマシンガン]
45mmか、1発でもくらえば致命的な威力だ。それを平然と連射して、的確に当ててくる。少し甘く見ていたか。
『ちっ、やってくれんじゃねぇか、タイガーストライプ!』
女? 酷いスラングだが敵パイロットは女のようだ。
『さっきは意表を突かれちまったが、もう容赦はしねぇ。ミンチにしてバーガーの具材にしてやらぁ!』
ふっ、それはこちらの台詞だ。
貴様こそ、俺の実績の糧にしてくれる。マクシミリアン・ダオスロードの域に達する為の礎となれ。
「派手にやっているな。実に愚かな事だ」
「へへへ、でもよぉー、でもでもよぉー、見ていて飽きねぇーよな。な、な、どっちが勝つか賭けしないか? な、な、いいだろ?」
「ギャハハハハハ! おいおいおいおい、それじゃ本末転倒だぜ。ギャハハハハハ、マジウケるなーおい!」
「いっそ俺達で皆殺しにすっか。ほら、俺っちはさぁ、見てるより参加する方が好きだかんよう」
「それもいいが、俺達の目的はプロトタイプの回収だ。そこだけは忘れるな」
「ギャハハハハハ、そりゃそうだよなぁ! 皆殺しにしてプロトタイプぶっ壊すとか、マジウケるなー! ギャハハハハハ! じゃあ二手に分かれてれるか? 俺はディガロな、あの奇抜な虎縞は絶対にぶっ壊してー」
「俺っちもディガロだな。あの虎縞には興味ありありだし。よっしゃ、どっちが先に仕留められるか競おうぜ」
「俺も、俺も俺も、ディガロを潰したいたな。あの虎、ペシャンコにしたら絶対、絶対絶対面白いよな。な、な、いいだろ」
「お前はダメだ。プロトタイプを探すのがお前の役割だろ。俺も援護してクロステーゼを叩く。後は好きなようにやれ。各自ぬかりないように……もう行ったのか。やれやれだな」
[イングリッド]
形式番号 SR-7
生産形態 量産機
機体全高 8.6m
機体重量 11.8t
機体動力 核融合炉
機体出力 2150kW
稼働時間 150時間
CP機能 8ギガフロップス
装甲厚 6〜18mm
最高速度 時速180km
懸架部位 背部2、臀部1
収納部位 大腿部側面2
固定装備 頭部ジャミング/スコープ
鎖骨部CIWS12.7mm機関銃×2
両前腕部フックランチャー×2
股間部小型カメラロボ[ゲッコー]
第2世代の主力として使われている歩兵機。第2世代の中では最も汎用性が高く、クロステーゼとディガロの双方で主力として扱われている。
第2世代で歩兵機のスタイリッシュ化を実現し、その高い汎用性から如何なる戦術にも対応できる。ただし第1世代と比べると操縦が難しくなりパイロットの技量が非常に反映され易くなっている。
またバリエーションが非常に豊富で、クロステーゼでは軽量化を施したライトモデルタイプ、ディガロでは出力を強化したパワードモデルタイプが主流となっている。
同じ第2世代型は他に幾つかの完成体が存在するが、何れもイングリッド程の有用性と汎用性は備わっておらず、イングリッド以外の第2世代型を使う者は余程の変わり者と言われている。




