第40分のA話 ポンコツちゃんには真珠が似合う……ポンコツと言わないでって言ってるでしょー!
メアリー視点
私は走っていた。
オベルタス隊長のいるところへ、ただひたすらに走っていた。
今もそう、ずっとずっと走って、走り続けていて、隊長のいるところへ行きたかった。
でも追いつけない。
いくら走っても隊長との距離は縮まらない。
脚が痛い。身体が重い。目が霞む。
それでも走り続けているのに、どうして隊長の元に辿り着けない?
どうして私は、隊長の元へ行けない?
どうしたら追いつく?
どうしたら距離は縮まる?
どうしたら?
どうしたら、どうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたら?
どうしたら……私は隊長に近づける?
(私に代わればいい。そうだろ?)
―――バッ!
目を覚ました。朧気に残る嫌な感覚を今に抱えて。
どうやらまた、悪い夢を見ていたようね。寝汗で服がびっしょりになっていて気持ち悪い。
「あ、メアリー起きた?」
そして私の目の前には、浅黒い肌にボーイッシュな髪型の活発そうな女性―――いや、まだ少女の姿がそこにはあった。
同僚で友人のライラ・シャムーン上等兵だ。何故か彼女は、私の身体に馬乗りになって満面の笑みを向けてくる。
しかも私の胸を鷲掴みにして。
「いやぁ〜、あんまりにも揉み心地がよかったからついね。また大きくなっ―――」
「ぎゃああああああああああああああああ!!」
私は全身全霊をかけてライラをぶん殴った。上官と言えども容赦はしない。
渾身のストレートパンチはライラの顔面にクリーンヒットして、彼女を私のベッドから叩き落とした。よし、手応えあり。
「かはっ……き、効いたぜ。世界を狙えるパンチだ……ガクッ」
「死んだフリして誤魔化すなっ! 今度やったら機関銃で穴だらけにしてエメンタールチーズみたいにしてやるからね!!」
今まで何度かセクハラ紛いの事をされてきたけど、今日ほど酷い目覚めの朝は無いわ。
前々から思っていたけれど、ライラにはそっちの気があるのではと疑っている。アーロン少尉だろうとリン軍曹だろうと御構い無しだ。
それでも、オベルタス隊長には流石にできないみたい。怖いもの知らずなライラと言えども恐れ多いとの事で。
「いやしかしマジでいいパンチだったよ。いっそ接近戦主体に切り替えたらいいのに」
「無茶を言わないでよ。私の技量じゃどう考えても無理だから」
近接戦、正確には近接格闘戦と言って歩兵機戦術の1つ、相手に接近してナイフやブレードなどを駆使し直接撃破する戦術だ。
鋼の外装に覆われた歩兵機には耐久力がある。それを頼りに飛び交う銃弾の中を至近距離まで接近戦できればほぼ確実に相手を仕留められる。歩兵機戦ではそういう戦術もあり得るのだ。
しかし近接戦を主体にするには接近するまでの技量が最も必要とされ、俊敏な動きと卓越した反応速度が求められる。私にはどうしたって無理な話だ。
でもそれは私に限った話ではない。近接戦主体は歩兵機戦術の中でも最も難易度が高いと言われ、反面リスクに見合うだけの戦果は得難いと言うなんとも不遇な戦術だ。
銃撃戦がメインの歩兵機戦でわざわざナイフとかブレードを中心に使う必要は無いわよ。近接戦は接近した時だけやればいいんだから。
うちの部隊にだって近接戦主体で戦う酔狂な兵士は……ああ、そう言えばオベルタス隊長は近接戦主体の戦乙女だった。
いやでも、それは隊長ほどの技量があっての事。私では結局無理なの。
「……ねぇ、ライラ。隊長達はまだ帰還してないの?」
「そうだねー。てか昨日の今日だよ。流石にまだ帰ってこないって」
「もう……」
まるで他人事みたいに言って。でも仕方ないのかも。
ライラは私と違って兵士じゃない、整備士だ。だから27日分隊のメンバーでは無いし、オベルタス隊長の指揮下でも無い。
私とは同期だから、こうやって部屋に出入りするくらいの仲ではあるけど。でも階級には差をつけられてしまった。
だからと言う訳では無いけれど、やっぱり兵士と整備士とでは違ってしまうのかもしれない。
「それよりさー、メアリー今日非番でしょ。ちょっと付き合ってよ、見せたいものがあるんだ」
「え、ちょ、ちょっと待って。直ぐに着替えるから―――」
「ああ、じゃあ手伝ってあげるー」
そう言ってライラは私のキャミソールに手をかけて……って!?
「やめんかぁー!!」
渾身のアッパーを彼女の顎に叩き込んだ。
よし、手応えあり。今度こそやったかしら?
「グフッ……効いたぜ。やっぱりメアリーは、近接戦主体になるべき……ガクッ」
やった。多分これは死んだフリじゃない、だって口から泡を吹いているし。
この隙にそそくさと着替えておこう。そうしないと大事に守ってきた貞操が危ない。
私はアーロン少尉と違って身持ちが堅いのよ。
その後、着替えた私は復活したライラに連れられて格納庫にきた。見せたい物と言うのは歩兵機関連の物資みたい。
本当は直ぐにでもシミュレーターに籠って訓練に明け暮れたかったと言うのに。
隊長は他の歩兵機乗りを連れてスクランブル出撃したのがもう昨日の事。未だに戦闘が続いているかと思うと気が気じゃなくなる。
私だけ置いて行かれたのは未熟で足手まといになるからだ。そう思うと自分の未熟さがあまりにも許せない。
それに今朝の夢の事もあるから、余計に気が急いているのもあるんだけど。今朝の夢、あれって今の私の心境そのものなんだろうから。
私をクロステーゼに引き入れてくれたのはオベルタス隊長だ。身寄りの無かった私を隊長は身元引受人にまでなってくれてクロステーゼに居場所を作ってくれた、本当に感謝している。
隊長が言うには、私のお爺さんにお世話になった御礼だって言ってけど、私はお爺さんの事は知らないし会ったことも無いからあまり実感が沸かないのだけれど。
だから隊長には恩しかない。そんな隊長に少しでも恩返しがしたくて歩兵機乗りの道を選んだし、必死になって乗れるようにもなった。
まだまだ未熟なのは自覚してる。けど今まではそれなりにやって来れてたし、失敗もあったけど成功した事だってたくさんあった。
でもいつからか、私は伸び悩んでいる。今朝の夢のように、私は隊長に置いて行かれそうで怖いんだ。
いつからかだろう。いつから私は上手くいかなくなって―――
―――ポンコツさん。
「うがぁぁぁぁぁ!!」
「うぇっ! な、何!?」
そうだ、思い出した。
あの最上ダイのせいだ!
あいつにポンコツなんて呼ばれてから、私の人生は狂ってしまったんだ。
あああああ、思い出しただけでも腹立たしい。隊長への恩だけじゃない、奴への復讐も目標の1つだ。覚えてなさい、最上ダイ。
「……気にしないで、ライラ。ちょっとブタの調理方法を考えていただけだから」
「何よ、急に? そもそも私、一応イスラム教徒だからブタは食べられないよ」
「そうね、でもまずは屠殺の仕方から学ばないといけないわね。ふふふ……」
「な、なんか怖いよメアリー。あ、でも屠殺するんなら使ってみる? 丁度見せようと思ってたんだ」
そう言って連れて来られた先は、空き倉庫だった。
整備用の機材は揃っているけど、肝心の歩兵機は殆ど見当たらない。今は使われてなさそうな所だった。
「これこれ、凄いでしょ。私が作ったんだよ」
作ったんだよ、て言われても返答に困るんだけど。そもそも何これ? 歩兵機用の武器みたいだけど、ブタの屠殺に使うものには見えないわよ。
「何これ……トンファー?」
「パイルバンカー。障害物破砕用を改造して歩兵機の武器にしたんだ。威力だけなら折り紙つきだよ」
破砕機をわざわざ武器にしなくてもいいと思う。
そのトンファーにしか見えないものには確かに杭が付いていたけども、でもこれって―――
「……どうやって使うの、こんなもの?」
「え? どうって、こう両手に持って、私を殴ったみたいにパンチを繰り出して、あとはトリガーを押せば杭がビュンっと伸びて敵を貫通。そう使うんだよ?」
「近接戦ならブレードでいいでしょ?」
「分からないじゃん。盾を持った四本脚の歩兵機とか、お腹の出た重装甲の歩兵機とかいたら銃もブレードも通じないかもよ」
「いないわよ、そんな歩兵機」
仮にいたとしても、それならそれでロケット弾を使うなり地雷を仕掛けるなり色々方法はあるでしょ。
わざわざパイルバンカーを使う必要性が感じられない。
「ねえねえ、使ってくれるでしょ。これ私の力作なんだから、使ってよ」
「使わないわよ。私に使える訳ないでしょ」
「そんな事言わないでさぁー、ねぇメアリー」
ああ、ダメだ。私がイエスと言うまで押し付けるつもりだ。本当に面倒くさい。
なんとかキッパリ断らないと、ライラはしつこいからなぁ。どうにかならないか―――
「ゴラァ! 小娘ども、ここで何やってる!?」
と、突然怒鳴られました。何事?
振り向くとそこには豪快な口髭と筋骨隆々な体格に反して、お腹はとても豊満な中年男性が険しい表情で立っていた。
ドワーフが実在するならこんな人なんだろうと思う、そんな感じのオジサンだ。
そのオジサンを見てライラは急に怯え出して、私にしがみついてきた。無理もないわ、だってこの人は―――
「み、御厨中尉!?」
瞬時に敬礼。ライラもつられて敬礼するが、御厨中尉の険しい目は既にライラをロックオンしていた。
ライラがビビってるのも無理からぬ事。この御厨康次郎中尉はライラの所属するクロステーゼ特殊技能部隊、略して特技隊の指揮官だ。
部下への指導が厳しい事で有名な鬼中尉と呼ばれているけれども技術は超一流で、オベルタス隊長のイングリッドも直々に整備してくれている御人だ。
「そっちのはオベルタス嬢の部下だな。おい、シャムーン! お前また碌でもない物を勝手に作って、この嬢ちゃんに押し付けようとしてたな!?」
「そ、そんな事無いっすよ、親方。メアリーは気に入ったから使ってくれるって言って……ね、そうだよね、メアリー?」
「えっ? あ、えっと……」
言ってないそんな事、一言も。丸っ切り御厨中尉の言う通りなんだけど、でもここで素直に違うと言えばライラがどうなる事か。
すがるような目で見つめてくる友人が気の毒に思えてきて、私は違うとは言えなかった。
「え、ええ、そうなんです。実は私、近接戦主体を専攻しようと思いまして。は、ははは……」
「お前さんが、近接戦か?」
御厨中尉が訝しむ目で私を見ている。ええ、分かってますとも。私に近接戦主体は無理だって分かってますとも。
ライラを助ける為とは言え、なんて身の程知らずな事を口走っているのだろう、私は。
「……俺はパイロットの事はよく分らんが、近接戦主体は歩兵機の戦術で最も難しいと聞く。生半可な事でやろうとするもんじゃねぇーぜ」
ですよねー、分かってました。
「それでもやると言うなら俺は止めないし、整備士として手も貸してやる。何だったら、コイツを使わてやってもいい。見ていくか?」
そう言って御厨中尉が歩み寄ったのは空き倉庫の隅にある、シートで覆いかぶされた何かだった。大きさからして佇んだ歩兵機だと思うけれど。
御厨中尉はその太い腕1本でシートを払い除けると、そこには佇んだ歩兵機があった。白っぽい綺麗な装甲色が印象的だ。
「これは、ストレイツォですか?」
そこにあったのはSR-6ストレイツォと言う歩兵機だった。丸みの多い流動的なフォルムのイングリッドと違って、角がしっかりした直線的なフォルムが特徴の。
ストレイツォはイングリッドと同世代の機種で旧世代のセガールから大幅なスタイリッシュ化を目指して開発されたけど、性能は旧世代のセガールと比較しても鳴かず飛ばずのもの。
その結果、後に開発されたイングリッドに主力生産を奪われて、今では殆ど使われていない残念な機体だったと聞いている。
「ほぅ、若いのに良く知っとるな。だが、コイツは別物だぞ」
「違う機種、なのですか―――」
「メアリー、メアリー、ちょっと」
何故かライラが小声で囁いてきた。心なしか、またちょっと怯えているようでもあるけど。
「これ、“真珠の悪魔”だよ。うちの曰く付きの、イレギュラーの」
「……え?」
それを聞いて、私も絶句した。
“真珠の悪魔”と言えば、かつてクロステーゼにたった1機で挑んできて、にも関わらず多大な被害をもたらしたと言う伝説の歩兵機だ。
ディガロの物かどうかも分からずパイロットはそのまま死亡して、歩兵機だけが残ってしまった。あのオベルタス隊長でさえ苦戦を強いられた、とんでもない曰く付きの歩兵機、まさに悪魔だ。
よく見れば装甲の色は白と言うより真珠のような輝きがある。上から塗ってる訳では無く装甲そのものが真珠でできているかのようで、欠けても色は変わらず美しいまま。
故に“真珠の悪魔”と称されて、クロステーゼ全体から恐れられていたんだ。
その“真珠の悪魔”を見上げて、御厨中尉が口を開いた。
「長らくはストレイツォの姿をした別機種と思われていたが、どうやらコイツはイレギュラー―――数千機の大量生産から生まれた稀な奴だったそうだ」
「イレギュラー……稀、ですか」
イレギュラーって欠陥機の事では? 生産中に何らかの誤りで規格に合わなくなった機体の事。
そりゃあ数千機も大量生産してたら何十機かの欠陥機は出てくるけど、これもその欠陥機なの? とてもそうは思えないけど。
「ストレイツォに限ってはな、極稀だが欠陥機の中から規格外の高性能機が生まれるそうだ」
欠陥機から高性能機が?
「幾ら解体して調査しても同じような機体は作り出せなかったし、その秘密を解明する事はできなかった。整備士泣かせの、幻の機体だ」
幻の機体……そんな物が。
「それ故に俺達整備士は、この機体に畏怖と敬意を込めてストリボーグと呼んでいる。この“真珠の悪魔”もそのストリボーグの1機だ」
ストリボーグ、神話に登場する神様の名前だ。
確かそんな幻の機体なら、そう呼んでも差し支えないと思うけど、でもこれは悪魔と呼ばれてる歩兵機だ。それでは邪神になってしまうんじゃなにの?
「乗ってみるか?」
「……はい?」
え、誰に言ってるの? まさか私? ……な訳無いよね?
「どうせ起動実験もするんだ。乗ってみな、メイ二等兵」
あ、私だった。
「……いやいやいやいや、無理ですって! 私が乗ったら壊してしまいますよ! そもそもこれ程の機体ならオベルタス隊長が乗るべきで、私なんかが乗っていい筈が無いですから―――」
「そのオベルタス嬢の御達しだ、このストリボーグをメアリー・メイ二等兵用に調整してくれってな」
た、隊長が!? どうして?
「理由は分からんが、コイツをお前さんに使わせるのは決定事項のようだ。まぁ、非番なら無理にとは言わないがな」
ええ? 何それ、訳が分からない。なんで隊長は私なんかにこれを使わせようとしているの? それこそ隊長が使う方が、よっぽど理想的なのに。
隊長じゃないにしてもアーロン少尉やハブタム副隊長とか、相応しい人は他にたくさんいる。わざわざ私を乗せる意味は無いのに……ひょっとして私の未熟さを歩兵機の性能でカバーする為?
あり得る。置いて行かれてる身としては、自分が如何にお荷物かを自覚せざるを得ないし。これを使えば少しは足を引っ張らずに済むかもしれない。
けど、私に扱えるだろうか。かつてクロステーゼに多大な被害をもたらして、オベルタス隊長でさえ苦戦したこの悪魔を。
(―――使えよ。何を迷う?)
ビクッ!
今何か……いや、きっと私の本心がそう言っているんだ。きっとそう。
何を迷う。そうだ、迷う必要なんて無い。
「……使います。使わせてください、御厨中尉」
パイルバンカーは電動式と炸薬式があるけど、このトンファーっぽいのは電動式だぜ。
炸薬式の方が良くね?
威力はそうだが、電動式なら歩兵機の電力を使えばほぼ無限に使えるから汎用性はこっちが上だ。
でも結局ナイフとかブレードの方が良いんだろ?
一概にそうとも言えねぇーな。刃物だと刃毀れを起こすから長期間使い続けられねぇーし、眼帯野郎のようなハンマーだと破壊力に欠けるからな、電動式パイルバンカーは有用性があると思うぜ。
うぉおおお、マジか!
……今更だけどお嬢さん、1ついいか?
なんだ?
Who are you?
Secret.
WAO!




