第32話 整備士はじめました……何か忘れて無いか?
システム補助69%
[SR-7X1イングリッド・SWEMブースター試験搭載機]
身体が動かせるようになって直接見に来たその歩兵機は、スキャニングするとこのように表記された。
SWEM……スウェームと読むらしい、初めて聞くそれをより詳しく検索してみた結果、驚きの事実が分かった。
「これは……波動砲だ」
厳密には波動砲の原理と同じ物、だ。
このSWEMブースターなるものは、簡単に言うと波動砲の衝撃力を推進器に転用した物だ。
推進器には必ず燃料となる推進剤を必要とするが、このSWEMブースターは100%電力だけで機能するかなり特殊な推進器だった。
電力だけで機能する推進器は聞いた事くらいあるが、その何れもが微弱な推力しか得られず、宇宙工学の分野でしか活躍できないと聞いていた。
しかし、このSWEMブースターは波動砲の原理を応用する事で瞬間的推力だけなら電力オンリーでもそれなりの推力を得る事に成功した、歩兵機専用の推進器らしい。
そりゃあな、それなりの推力でも瞬間的と限定されると車両とか航空機とかには使えないからなぁ。身体で動いている歩兵機にしか使えんわ。
このイングリッドはそのSWEMブースター搭載を初の試みとして設計された試験型だそうだ。パッと見でもそこかしこにブースターらしいノズルが幾つも見受けられる。
これはもう、頂かない訳にはいかないよな。
「よし、それじゃあ早速……ん? ……げっ!?」
ん? どうした、ダイ……げっ!?
レーダーに何か反応しやがった。無人機が近くにいる!?
「ヤバっ!」
ダイはジャマーをスポット照射した。これでこっちからはレーダーに映らない筈だが、念の為格納庫からも出て大頭無しのいたフロアの足場に戻る。
その後レーダーに反応した無人機はダイに気付かず、格納庫にも入らないまま素通りして行った。
ふぅ、アブいアブい。
ダイのイングリッドは瀕死の状態だ。今無人機と遭遇して戦闘になるのはどうしても避けたい。
となると格納庫でお色直しをするのは無理か。あの格納庫は階層的に言うと地下6階に当たるみたいだし。
無人機が殆どいなくなっていた地下7階と違って地下6階はまだウジャウジャいるだろう。
そんな所でお色直しとか、サメのいる水槽で水泳をするようなものだ。死ねってか?
「はぁ、やっぱ下に行くか」
仕方がない。上は一旦断念するとして、下に戻ろう。
柱が立っていた床の穴、ここに降りたら地下8階に戻れる筈だ。
フックを撃ち込んでおいて、ワイヤーを張りながら壁に足を着けてなるべく腕に負荷がかからないように降りる。
今は左腕しか無いからワイヤーにぶら下がるものならフックランチャーが外れてしまう。だからなるべく足で機体を支える必要があるんだ。
地味にこれ、結構アブいぞ。
ただ降りてみて分かったんだがこの穴、柱の空洞の事も考えるとエレベーターなんじゃないかと思うんだ。
下にある両開き扉と言い、その扉の下にも余剰の穴の深さある事と言い、それに柱の中の空洞も、エレベーターの通路だと考えればしっくりとくる。
そう言えば柱にも両開き扉があったような気がする、エレベーターの出入口に当たる扉が。今はもう破壊されて分からなくなっているけど。
だとしたら、このエレベーターは地下8階から地下7階、更には上の地下5、6階まで通じているのかもしれない。ひょっとしたら地下4階まで。
いや、希望的観測を述べるなら……地上まで繋がっている可能性もある? あの怪獣を素通りして地上に出られるかも?
調べてみる必要はあるな。お色直しが終わったら調べてみるか。
そう色々と考えを巡らせてゆっくり降りてきた先で漸く両開き扉の前まで来た。
丁度足を掛ける所もあって、両開き扉を開けるのにそれほど苦労はしなかった。
そして開けて見てビックリ、そこは地下8階の知ってるフロアだった。
地下8階はかなり彷徨ったからな、幾つかのフロアは覚えていたさ。ここはダイの拠点から程遠く無い地点のフロアだ。
ラッキー、これで直ぐに戻れる―――と思ったらレーダーに反応、無人機がいる!?
「ええっ、何で!?」
ダイはジャマーをスポット照射して物陰に隠れた。ここでまたゲッコーを使い、こっちに接近して来る無人機の様子を見る。
暫く待っていると現れたのは四本脚だった。しかも珍しい事に1機で。
コイツ、また湧いて出たのか?
レーダーで確認した限り無人機はコイツ1機だけ、戦闘は避けたいが不意打ちが通れば何とかなるかもしれない。
四本脚はまだこちらに気付いておらず、フロアに入って周囲を見渡してからまた通路へ出ようとした。
つまり背を向けている状態だ。だからライフルで不意打ちしてやったら簡単に倒せたわ。
呆気ないぞ、四本脚。
ついでに残り少ない弾はこの四本脚からライフルごと頂いた。不安だった弾数の問題は取り敢えず解決かな。
だがその後の道中で単独行動の四本脚と何度か遭遇する事態になってな、信じられない事にコイツら本当にまた湧き出したみたいなんだ。
まぁそこはダイも慣れたもんで、出てきたしりから不意打ちなりジャマーなり駆使して四本脚を撃破していった。と言うか最早駆除だったけどな。
成長したなぁ、ダイ。
拠点に戻っても四本脚は待ち構えていた。しかも4機編成でガチな感じだったけど。
だがこの四本脚もジャマーを使ったら簡単に動きが止まってな、あとはライフルでちょいちょいと駆除して終わった。
もう四本脚は恐く無いな、半壊したイングリッドでここまでやれてんだし。ただ数の暴力は止めてほしい、マジで。
しかし四本脚がまた湧いて出てくるとはな。念の為倉庫の入り口は厳重に塞いでおこう。
さて、ここなら襲われる心配もないし安心してお色直しが出来る―――かと思ったらそうは問屋が卸さなかった。
「腕が……繋がらない」
そう、無くなってた右腕を繋げようとしたら、繋がらなかったんだ。マジかぁ……。
実は右肩を繋ぐ右胸部がかなり破損していてな、腕が繋がらない……と言うか、繋ぐ所が無いんだ。
左腕とか両脚とかはパーツ交換して、胴体も外装だけなら綺麗に直ったんだが、肝心の右腕だけは元に戻らなかったよ。
右胸部、と言うより胴体の右半分が大幅に損壊していて肩を繋ぐジョイント部品も見事に無くなってた。それどころか背中のマウントラックも1つイカれてしまってたし。
これはもうパーツ交換でどうこうできる問題では無くなった。本格的な修理が必要なのは当然だが、しかしここでは無理だ。
ダイは右胸部のペイロードから波動砲に使われたコンデンサーを取り外す為に半日かけてメカニック技術の基礎を学んだが、肝心の工具が何1つないから実践はできなかった。
今もそうだ、本格的な修理を行うのにパーツはあっても工具が無ければ意味がない。素手でどうやって修理しろと言うんだ?
いや、この損壊では工具だけあっても無理だ。何かしらの専用機械を使わない限りは。
出来るとしたらあの地下6階の格納庫だ。メンテナンスドックがあったからあれを使えば出来るかもしれない。
ただ問題が2つ、無人機がうろちょろしてる事と、ダイはメンテナンスドックの使い方を知らない事だ。
メンテナンスドックの使い方を一から学ぶとしてそれなりの時間も要するし、修理してる間は無人機がやってこない万全のセキュリティを必要とする。
この問題をどう解決するか? 安直な手段は絶対足元をすくわれるから、かなり厳重な対策を考えねぇーと。
「……いっそメンテナンスドックをここまで持ってくるか」
……本気で言ってるのか?
……いやいや、本気で言ってるのか?
無理だろぉ、どう考えても。
あの縦穴を使ったとして、どうやって持ち運ぶんだよ? 右腕だってねぇーんだぞ。
「……よし、運ぼう」
マジか!?
コイツ本当に動き出したぞ。大丈夫か?
しかし何故だろう、今のダイなら普通にやってしまえるような気がする。ここは黙って見守るべきか。
まぁ見せてもらうさ、ダイ。
まぁ見せてもらったら、作業は意外と順調に進んでいた。
メンテナンスドックの機材を、運び易いように格納庫でなるべく小ぶりに分解してな、それでせっせと運んで行った訳よ。
他にも工夫はしたぜ。20m高の足場には壁際に大頭無しの死骸を寄せてきて即席の足場にして、それで簡単に降りられるようにしたんだ。
あとエレベーターの穴だけどな、地下8階で見つけた四本脚の死骸を何機も積み上げて、下の扉に降りられるような傾斜を作った。
かなり雑な傾斜だが足場はしっかりしてるし、歩いて降りられない事も無い程度にはよくできている。
これで事実上、運搬ルートの確保は出来た訳だ。
ついでに言うと地下8階でちょこちょこ出てきた四本脚はもう出て来ない。何でかって? 手榴弾で落盤を起こして通路を塞いだからだ、それも何ヶ所も。
運搬ルートさえ確保してしまえば後はもう塞いでしまえと随分思い切った事をしてな。これで四本脚とはもう遭遇しなくなったんだ。
かなり大胆な発想だが、この際四本脚には構ってられないしこれぐらいしておいた方がいい。
それで作業は順調だったんだけどな、それでも作業が終わる頃には日付が変わっていた。
だから今は作業を始めた日の翌日、仮眠を取ってから直ぐ作業を再開した。時間が無いと言うのにコイツ、やたらと手間のかかる事ばかりしてからに。
メンテナンスドックは運び込んでからは速かった。一度分解したものだから組み立て直すくらい造作も無く、欲しかった工具も格納庫で手に入ったし言う事なしだ。
念の為SWEMブースター搭載型のイングリッドも持って来た。最終的にこの機体のパーツを全部移し替えたいからな。
いっそコックピットを交換してしまえれば楽なんだが、そうするとシステム補助とかが無くなる恐れがあるんでなるべくコックピット周りは弄りたく無いんだ。
こうしてメンテナンスドックがまさかの地下8階の拠点で使える様になった。歩兵機専用の棺桶か、或いはカプセルベッドにも見えるそれが、ダイの拠点の一角に設置されたんだ。
しかしダイは使い方を一切知らない。まぁ、分かってたけどな。
だからダイはイングリッドのメカニックデータと照らし合わせながらメンテナンスドックの使い方を一つ一つ解読していた。
気の遠くなるような作業だ。例えるなら英文で敷き詰められた分厚い判例集を辞書で一つ一つ翻訳していってるようなもんだぞ。
その気の遠くなるような作業を黙々と続けていく内に、段々と歩兵機の構造をダイは掴みつつあった。
歩兵機の中身は非常に複雑で機種ごとにも全然違う造りになってる。しかし歩兵機の素体構造はほぼ一緒で、メカニックの整備技術はまずその素体構造から学ぶ必要がある。
歩兵機の素体、それにしても単純なものでは無いが大まかに分けると3つの部品で構成されている。
フレーム、パワードアクチュエータ、サスペンション。この3つが歩兵機の土台となる重要部品だ。
特にフレーム、これは文字通り歩兵機の骨格だ。全てのパーツはこのフレームを中心に組み上げられているし、逆に言うとフレームが無ければ歩兵機は仕上がらない。
そしてフレームにも色々あるけど、大事なのは全体図を構成するメインフレームと可動域を持たない部分を堅牢にするサブフレームの2種類だ。
メインフレームは幾つかのフレームを繋ぎ合せて形を造り、更に歩兵機の可動領域もここで決まるように出来ている。メインフレームの出来栄え一つで歩兵機の完成度が決まるんだ。
反面メインフレームは構造上強度が弱い。関節の可動領域を確保する上でどうしてもギミックを必要とするから強度が落ちるのは仕方のない事。
それを補う為にサブフレームで補強する。肘や肩のように剥き出す所はどうしても出てくるが、それ以外ではフレームを堅牢に保つようにサブフレームでしっかりと補強して仕上げているんだ。
胴体周りの整備では、まずサブフレームを分解してメインフレームからメンテナンスし、その後サブフレームを補修して組み立て直す。これだけでも相当な手間だろうな。
だがやらない訳にはいかない。メンテナンスドックも用いて、ダイ自身も工具を手に取り作業を開始した。
まずはパーツを分解する。外装を外してラジエーターやら予備電源のバッテリーやらを色々外して素体を丸裸にした。
ここからパワードアクチュエータとサスペンションも取り除いて骨格を剥き出しにする。因みにコックピットも剥き出しだ。
ここまでの作業において一番難航したのは……やはりメンテナンスドックの使い方だった。
作業に1分手を動かすのに10分以上使い方を調べなきゃならんから全然作業が進まないのなんの。
よく分からない専門用語ばかりでしかも全部英語だ。無駄に専門用語が多いからイングリッドの翻訳機能を使ってもあんま効果無いし、専門用語を調べるのが一番の手間だったな。
こうしてたった胴体1つ分解するのに半日以上もかかってしまった。そして分解して分かる、我が愛機悲痛の叫び。
分解して見た胴体周りのフレームはかなりボロボロになっていた。ここだけは交換できなかったし、かなり無茶な使い方をしたからな。フレームの疲弊が酷い有り様になっているんだ。
このまま使い続けていたら取り返しのつかない事になっていただろう。そうなる前に整備できてよかった。
修理できる所は修理で、交換が必要な所は交換で、破損状態に合わせて一つ一つ丁寧に直していく。大事な機体だからな、壊す訳にはいかねぇ。
特に右半身の損壊が酷い。右肩のジョイント部分はメインフレームと繋がっているから、大掛かりな作業になりそうだ。
欠けた部分は丸々パーツ交換する事になるだろうが、交換パーツは主にSWEMブースター搭載型のイングリッド―――略してSB型から流用する。
最終的にこのイングリッドをSB型に改装するからな、今の内からパーツを移植の意味で使わせてもらうのさ。
勿論、明日になってからの話だが。
「疲れたぁ〜……寝よ」
それがいい、分解してから色々調べいるとかなりの時間が経過した。もう就寝してもいい時間だ。
そもそも昨日から碌に寝てねぇーんだ。大頭無しと戦った時の疲れも地味に残ってるし、ちゃんと休んでおいた方がいい。
どうせ調べる事はまだまだあるし、やる事も山積みだしな。焦る事は無い、気長にやっていけばいいさ。
……いや待てよ、何か忘れて無いか?
そもそも歩兵機って結構デリケートなマシンだから使用後は必ず整備するもんだぞ。まぁ整備する人間がいなかったんだから仕方ねぇーんだけども。




