第30分のA話 ポンコツちゃんは美人さんに勝てない……だからポンコツと言わないで!!
メアリー視点
真夜中の森林地帯の中、私は1人歩兵機を走らせていた。
仲間は誰もいない、私1人だけ。歩兵機は私専用に見繕ったイングリッドのライトモデル。
このイングリッドを駆けて私は今、戦闘をしていた。
敵は1機、この森林地帯のどこかにいる。私はこの周囲一帯の地形を調べて敵が隠れるであろうポイントを3つまで絞り込んで、今その一つに向かっていた。
レーダーは当てにならない、森林地帯では碌に機能しないし、向こうはジャミングを使ってる筈だからレーダーに映らなくなっているに違いない。勿論私もジャミングをかけているから向かうからも見えないけど。
目的のポイントに近づいて、私はスコープでポイントを見た。真っ暗で殆どよく見えないけど熱線で見分けるTIスコープに切り替えれば一目瞭然だった。
いる。熱線で色分けされた歩兵機の姿が、そこにいる。
私と同じ、イングリッドだ。
3つあるポイントから一度で見つけられるとは、私の勘も冴えてきたかな?
さて、敵との距離は結構ある。向こうはまだ気付いていないようだし、ここは狙撃で仕留めるのがベスト。
私は背中にマウントしてる手持ちの狙撃銃を取り出した。うつ伏せの姿勢になって、狙撃銃を構え狙いを定める。
よし、大丈夫。よっぽどのヘマさえしなかったらこの一撃で確実に終わる。
慎重に、慎重に狙って……今だ。
ジャストポイントで私は引き金を引いた。これは確実に当たったと言う確信はあった。
でも弾が命中する直前で、敵は身を捻って躱した。
「嘘っ!?」
しかも躱しただけではない。直ぐに私の居場所を察知して走ってきた。
速い。余りにも速くて狙いが定まらない。
いや、これはもう狙撃銃ではダメだ。白兵戦になると分かった私は狙撃銃を捨ててアサルトライフルを手に取った。
そして立ち上がり、なるべく見晴らしのいい所へ移動して敵の動きを探る。
木々の多い森林地帯でレーダーが役に立たないとなれば、先に見つけた方が有利となる。だから私は見晴らしのいい所を陣取って待ち構えたんだ。
どっちから来る? 右か? 左か?
……来る。
「っ!? 正面から?」
まさかの正面から来た。普通なら回り込んでくるのがセオリーなのに、しかも来るのが速過ぎる。
あのポイントから最短ルートで来たとしても時間的にどう考えても速過ぎる。一体どれだけの脚力でここまで走って来たのだろう。
いや、余計な事を考えるのは後回しだ。まずは出てきた敵に向けてライフルを乱射する。
流石にこれは躱せないだろうと思ってたけど、敵は体操選手のような見事な大ジャンプで跳躍して躱した。
予想外の行動でおまけに綺麗な大ジャンプだったから思わず見惚れてしまったけど、急いで照準を合わせ直す。空中にいたら回避なんて無理だ。
しかし敵はフックランチャーを地面に撃ち、張られたワイヤーを引っ張って空中で軌道を変えた。
しかも一度や二度じゃない、照準を合わせ直す度に何度もフックランチャーを撃って軌道を変えて抜いてからまた撃ってを速過ぎる手際で行なっている。
それはまるで、そらを自由に飛んでいるかのような綺麗な動き……って気が付いたら接近された!?
思わずライフルを乱射したけど、敵は私の横へ回り込む様に入って躱し、死角に入った。
至近距離だ、これはライフルでは不利。
私は左手で腰のブレードを抜いた。ナイフよりも大振りで鋭い切れ味を持つブレードを逆手に握って、振り向き様に死角の敵へ斬りかかり―――
「あだっ!?」
足を捻り過ぎて転んでしまった。こんな時に……。
頭を上げると、敵は銃口を私に向けていた。
あ、これ死んだ?
―――バンっ
「そこまでだ。降りろ、ポンコツ」
「ポンコツと言わないでください!」
アーロン少尉に促されて、私はシミュレーターから降りた。
今のは歩兵機の操縦桿とシミュレーションを用いた模擬戦、貴重な歩兵機を軽々とは使えないから訓練ではこのシミュレーターを使う事の方が多い。
NPC相手なら私も遅れをとるような事は無いけれど、今のは対人戦だったから実力差で勝てなかった。
「いやいや、最後のポンコツっぷりは良かったぜ。ここぞと言うところでこけるとか、逆に私らじゃ絶対無理だからな。ハハハ」
「うぅ〜……馬鹿にして……」
「馬鹿にされるのが嫌ならちゃんとしなさい。あんなミスは素人以下よ」
厳しい御叱りをいただいたのは我ら副隊長のセラフィナ・ハブタム少尉でした。
黒人で育ちの良さを感じるお嬢様風なこの人は、しかし厳格な性格で部下の説教を常に行う、ちょっと口煩い上官でもあった。
「それとメアリー、狙撃のタイミングは敵に見つかった時の退路を確保してからと言ってるでしょ。狙撃が外れたら次弾は撃たずに直ぐ撤退、何度言ったら分かるの? ライフルの集弾率も良くないわ、またバラけていたわよ。あと相手がジャンプした時に見惚れていたでしょ、あれでは先に撃たれてもおかしくなかったわよ。大体ね―――」
こんな事が模擬戦の後に必ずあると本当に心が折れてしまいそうです。逆に言うとそれだけ精神力は鍛えられた気もするけど。
「セラ、もうその辺でいいわ」
ハブタム副隊長の説教を止めてくれたのはオベルタス隊長だった。副隊長を止められるのはこの27日分隊の中では隊長1人しかいないもの。
と言うかさっきの模擬戦の相手、隊長なんだけどね。
お手合わせてしていただくのも初めてではないけれど、模擬戦の度に見せられる人間離れした隊長の技術力は到底私には手の届かない世界だった。
生まれ持っての才能みたいなのもあるのだろうけど、決してそれだけじゃない必死になって積み上げてきたものをひしひしと感じる。
隊長はこれほどの実力を身に付けるまでに、一体どれだけの努力を重ねてきたのだろう。私には想像を絶するしかない。
「まだ直すところはあるけれど、前よりも反応が早くなっているわ。それに接近されてブレードを抜けるようにもなれた。大丈夫、ちゃんと成長できているわよ、メアリー」
「は、はい。ありがとうございます!」
ハブタム副隊長が鞭を振るった後は必ず隊長が飴をくれる、だから不思議と心が折れないのよ。
実力だけではなく心までも素晴らしい御人、オベルタス隊長は最早天使。いや、女神!
……ただ表情は、無いのだけれど。
「あなたは少し休みなさい、休憩も訓練の内だから。セラ、次の相手をお願いしてもいいかしら?」
「ええ、そのつもりでしたわよ」
「ありがとう。それではよろしくね」
そう言い残して隊長はまたシミュレーターに入った。踵を返す様やシミュレーターに入る振る舞いまで何にでも絵になる。
実力、心、おまけに美貌まで揃ってる。世界中探してもここまで完璧な人はいない。
何度も思う、やっぱり隊長の美貌は別次元だと。女性の私でさえ見惚れてしまうくらいなのだから、芸能界にでも入ったらきっと世界的な有名人になれた事だろうに。
歩兵機の操縦技術も別次元だけど……。
「はぁ、リーザは本当に甘いんだから。困ったものだわ」
そう呟いてシミュレーターに入るハブタム副隊長も美人だけど、やはり隊長には及ばないと断言できる。
それは人種とか育ちとかの問題じゃなくて、生まれ持ったものの違いなんだと言う事が嫌でも思い知らせる。私なんか比較する立場にすら無いもん。
「リーザの甘さは否めないがセラの口煩さも相当だと私は思う。ポンコツ、お前はどう思う?」
「そうですね。取り敢えずポンコツとは言わないでいただけますか?」
でも副隊長が口煩いのは同感。口には絶対出せないけど。
「しかしリーザも張り切るなぁ。もう23戦目だぜ」
アーロン少尉の言う通り、隊長はこの模擬戦を23戦も続けていた。アーロン少尉とも12戦やっているし私にも3戦相手をしてもらった。
他にも副隊長の他に何人かが隊長の相手をして、全員が隊長の返り討ちにされた。
普通は10戦もやると息が上がってしまう筈なのに、隊長は20戦以上やっても平気な顔をしている。見た目からは想像も出来ない体力をお持ちでした。
体力云々は置いといて、隊長がここまで訓練に励むのも思うところがあるのだと私達は察していた。
最上ダイ。この私にポンコツなんて仇名を付けた憎っくき少年。
彼の捜索はあの日を境に打ち切られたのだ。あのタイガで何かしらの歩兵機の存在を察して撤退したあの日から、もう三週間が経とうとしていた。
隊長は何故か最上ダイの捜索に執着していたようだけど、それでもクロステーゼの上層部が決定した事であれば従うしかない。
組織とはそう言うものだから。
隊長が執着しているのも最上ダイ本人ではなく、最上ダイが知っているマクシミリアン・ダオスロードの情報である訳だし。
何故そこまで執着するのかは分からないけど、随分前に死んだ筈の男なのに隊長は何をこだわっているのかな?
まさか本当にロミオとジュリエットと言う関係ではないと思ってたけど、隊長の執着心を見ていたらまんざら無いとも言えなくなってきた。
実際は今も、最上ダイの捜索を諦めていない様子だし。
でも私は、隊長の意思がどうであれ捜索が打ち切りになって良かったと思っている。
何故なら、私はあの日あの場所で見てしまった。全長25mを越す巨大歩兵機を。
勿論、それは私の目の錯覚だ。そんな巨大歩兵機が実在する筈ないもの。
しかし見間違いだと分かっていても恐い。錯覚に過ぎないあれが私の脳裏に焼き付いてしまって、未だトラウマになって離れないのだから。
でも、もしもそんなのが実在するとして、そうなったら私達27日分隊が総力を挙げて勝てる相手だろうか?
電子戦に長けたリン軍曹に電波妨害を仕掛けたり、丈夫なセガールを一撃で破壊する波動砲を撃ってきたりする。
他に考えられるだけでも想像を絶するようなポテンシャルがあると思うと……オベルタス隊長でも勝てないかもしれない。
まぁ、そんなのがいたらの話だけど。でもそれがいようといなかろうと私はもうあの付近のタイガには近寄りたくなかった。
「―――ジャネット、ちょっといい?」
声をかけて来たのはヴェロニカ・ディミトロフ曹長だった。
歩兵機の操縦もできるけど主にヘリや航空機のパイロットを専門としている人で、アーロン少尉とは飲み仲間と聞いている。
アーロン少尉に負けず劣らずの男勝りで、普段からサングラスをかけた格好いい女性の象徴みたいな人だ。
「よお、ニーカ。例の酒が手に入ったのか?」
「それもあるけど、それより上層部からの報告よ。あなた達が調査したタイガ付近で偵察部隊が被害を受けたそうよ」
え? それって―――
「おい、ニーカ……その偵察部隊をやったのって、まさか……」
「ええ、察しの通りディガロよ。まさかここまで進行してくるとは思わなかった……どうしたの、ジャネット?」
ディガロ、と聞いて私もアーロン少尉も深々と安堵した。だってあんな所にいたとしたら例のチート機だって疑うし。
アーロン少尉の様子を見る限りだと、少尉も例のチート機に危機感を覚えているようだ。もしかしたら一緒にいたリン軍曹も。
「はぁ……いや、なんでもねぇ。んで、偵察部隊はどうなったんだ?」
「重傷者2名、軽傷者5名、死亡はしてないけど大破した歩兵機が3機よ」
「結構な痛手だな。上は私らにも出ろってお達しか?」
「今はまだ無いわ。でもリーザにはいつでも出られるようにしておけとの事よ。私もキャリアーを用意するように言われてるわ」
キャリアー。それは歩兵機を迅速に指定ポイントまで輸送する専用の航空戦闘機の事だ。
ヘリや航空機のパイロットを専門にしているディミトロフ曹長はキャリアーの操縦も主に行っている。部隊全員が歩兵機のパイロットと言う訳ではないから。
「リーザだけか? なんだったら私が出てもいいんだぜ?」
「あんたは仕事が残ってるでしょ。新米のポンコツを鍛え直す仕事が」
―――ガクン
「ああ、そうだった……。さっさとこのポンコツを使えるようにしねぇとな」
「先は長いでしょうね。ポンコツを治すのは手間がかかるみたいよ」
「だな。ポンコツ程鍛えるのに厄介な奴はいねぇか」
「ポンコツポンコツ言わないでください!」
折れる! 私の心が折れてしまう!!
「よし、ポンコツ。シミュレーターに乗るぞ。あと3セットはやるからな」
「分かりました。でもポンコツと呼ばないで!」
「よし、その威勢でかかって来い。ニーカ、終わったら例のマロンで出来たウイスキーを用意しておくれよ」
「ええ。最高のチーズも添えて待ってるわ、ジャネット」
そう言ってディミトロフ曹長は行ってしまい、私はアーロン少尉にシミュレーターへ連れて行かれた。
本当にもうイヤ、この仇名!
それもこれもみんなあの最上ダイのせいだ。
こうなったら腕を上げて、次に会った時は八つ裂きにしてポークハンバーグにして食ってやるんだから!
覚えてなさい、最上ダイ―――と怨みをたぎらせていた最中にけたたましい警報が鳴り響いた。
え? なに? 何事!?
「ジャネット、スクランブルよ!」
連れていかれる途中でハブタム副隊長が呼び止めた。
スクランブル、緊急発進要請!?
「セラ、その様子だとリーザだけじゃねぇみてぇーだな」
「ええ、私とあなたも呼ばれたわ。出るわよ」
「ラジャー。ポンコツ、お前は自主練習しとけ」
そう言ってアーロン少尉もハブタム副隊長も行ってしまった。そしてオベルタス隊長は見送りすらできなかった。
あの二人なら大丈夫だろうけど、緊急発進となれば何が起こるか分からない。
偵察部隊が2人も重傷者を出ている。それだけディガロの活動も活発化しているし、衝突すれば戦闘になる。模擬戦とは違う、本気で命のやり取りをする戦闘だ。
待たされた私は、3人の無事を祈るしかない。どうか皆さん、無事に帰って来て。何事も無く無事に。
そして……ポンコツとは呼ばないで。
ポンコツはどうでもいい!
ダイはどうなったぁぁぁぁぁ!!?




