第20分のB話 影無しちゃんは覚悟した……どうせ影無しですよ
ハヤセ視点
ディガロに入隊すると決意して早1週間が経過した。
この1週間、私は厳しい訓練に血に滲む努力を惜しまず必死になって這い上がり、そして遂には一流の歩兵機乗りにまで上り詰めた……訳もなく。
それどころか厳しい訓練はまだ始まってすらいない、この1週間でやっと引越しの手続きが終わったところだよ。はぁ……。
私は誘拐された経緯から心の傷を癒す為、ハワイで長期間療養と言う形で引越しする事になった。勿論診断書は偽造。
ディガロに入隊するとは公に言えなかったから色々と辻褄合わせの為にあちこちで手を回してくれたそうだ。ディガロってそんなに凄いところなんだぁ。
聞いた限りで分かった事は、ディガロはアメリカ軍の特殊部隊の一つだから日本政府に要請すれば、あとは勝手にやってくれるみたい。
なんか日本ってアメリカのパシリにされてるような……。
まぁそんなこんなで、私はこれからディガロの基地へ向かう為に空港にいた。遂に出立の時だね。
向かう先はハワイ、それもワイキキビーチやホノルルマラソンで有名なあのオアフ島だよ!
聞いた時はちょっと(本当はちょっとどころじゃないけど)浮かれちゃった。
オアフ島の南沿岸部に人工的に作られた離れ小島があって、そこが丸々基地になっているみたい。
敢えて南沿岸部にわざわざ小島を作ったのは未だ公表できない歩兵機の存在を人の目に付かないようにして、尚且つ作戦行動に入る時に空軍や海軍との連携を取り易くする為だとか。
小島の名前はピオネス島、写真で見せてもらったけどとても人工的に作られた島とは思えない、自然豊かな島でした。
そのピオネス島に向かうべく、私は今空港のターミナルで待たされていた。家族にはもう出立した事にしてあるからここにはいないけど。公に出来ないって色々と大変だよぉ。
本当ならいつでも出られる筈なのに、待たされているのは同乗するカミラ・ヘールズ中尉さんがここにいないからだったりする。
かれこれ1時間半、一体どうしたのかな? ひょっとして忘れられてたりしてない? 私、影無しだから……。
はっきり言って引越しの準備だけで1週間もかかるとは思ってなかった。直ぐにでも歩兵機の訓練をしたかったのに、物凄く焦らされちゃってる。
こうしてる間にも……最上君、大丈夫かな?
ヘールズさんは最上君の捜索情報を逐一報告すると約束してくれたけど、聞かされる報告は発見出来ずの一言だけ。
あ〜もう……心配だなぁ。
「待たせたわね、ハヤセ」
いつの間にかヘールズさんが背後に立っていた。唐突過ぎてビクッとしてしまったよぉ。
「へ、ヘールズさん、遅かったですね。あと……」
ヘールズさんの隣には男性も一緒にいた。壮年のスーツが良く似合うジェントルマン風の男性で、前に紹介された人だ。
「……Mr.ジーザスさんも」
「出来ればデリック・フェルトン少佐と呼んでいただけるかな?」
「す、すみません! フェルトン少佐―――」
「いいのよ、ハヤセ。部隊でそんな他人行儀に呼ぶ奴なんていないから」
「カミラもいい加減その呼び方は止めにしないか? 僕としてはあまり気分のいい響きではないのだけど」
「そうね、テイラー補佐官が止めたらそうするわ」
「……ジーザス」
出た、口癖のジーザス。
紹介された時も3回くらい口走ってたなぁ。だから仇名がMr.ジーザスなんだけど。
物腰柔らかなジェントルマンで何気に部下からいじられキャラにされているけど、これでも実はピオネス島のディガロ基地で歩兵機部隊の指揮官なんだよ。
歩兵機乗りとしても実戦経験豊富で数々の戦場を潜り抜けてきたとも。ヘールズさんから聞いた武勲も凄いものばかりだしね。
つまり見た目からは想像もつかないほど凄い人って事だよ。特に狙撃の腕は右に出るものがいないと言うほどみたい。
「さて、随分待たせて申し訳ないけどもう少し待っててもらうよ。仲間がもう直ぐこの空港に到着するからね」
「仲間って、その人もディガロの人ですか?」
「ああ、歩兵機乗りの兵士だ。今僕の部隊は諸々の事情で2人抜けてね、実質僕とカミラとその仲間の3人だけなんだ。故にハヤセを引き抜いたんだけどね、君はサーパストとして優れた資質を持っているようだから」
「サーパスト……ですか?」
なんだろう、それ。でも初めて聞いた言葉じゃないんだよね。
私を誘拐した歩兵機が最上君にそんな事を言ってたのを今でも覚えている。お前、サーパストじゃないなって。
何か特殊な力を持った人の事かな? ……つまりニュー〇〇プって事!?
「サーパスト。私達歩兵機乗りの間でしか使われない軍事用語よ」
歩兵機乗りの間でしか使われない軍事用語……なにそれカッコいい!? そして教えてくれるヘールズさんも何気にカッコいい!
「先天的に歩兵機の操縦技術で優れた能力を持つ者の事を言うの。歩兵機の身体を自分の身体のように扱い、歩兵機の性能を限界以上まで引き出し得る資質と才能を持って生まれた者。私達の間で、それをサーパストと呼んでいるわ」
「そのサーパストが、私?」
「そうよ。歩兵機の初乗りでシステム補助75%を切れば、それは間違いなくサーパストの証。だからあなたをスカウトしたのよ、ハヤセ」
システム補助……あれって単に初心者パイロットのサポートシステムじゃなかったんだ。
私は初乗りで62%だったから合格か。
そう言えば最上君は何%だったんだろ。75%は……切れてなさそう。
「一応言っておくけど、私達もサーパストよ」
え、そうなの?
「ディガロの中でも私達の部隊はサーパストだけを選別した特殊部隊なの。だからこの部隊にいる間は、自分だけが特別だと思わない事ね」
「……はい」
ちょっと自分だけが特別かと期待しちゃったから少し残念。でも皆さんもって事は、サーパストってあんまり珍しいものでもないのかな?
「同じサーパストでも能力に個人差があったり生活環境の中で能力が失われたりする事もあるからね。統計学的には1万人に1人しか現れないとされている。まぁ僕はサーパストの中でも大した能力は無い方だけどね」
「そうね、Mr.ジーザスはサポート専門のサーパストだからね」
Mr.ジーザスさんの苦笑いに私は何も言えなかった。でも1万人に1人かぁ、結構珍しいんだね。
そんな珍しいサーパストを掻き集めたディガロって相当凄い組織なんだよね。なんだか場違いな気がしてきたけど大丈夫かな、私?
「僕らが最初に歩兵機に乗った時はシステム補助と言うのは無かったけど、初乗りでシステム補助62%を弾き出したのはハヤセが初めてだ。自信を持つといい」
私の不安を察してくれたのかMr.ジーザスさんが慰めてくれた。意外と気配り上手なんだ。
「まっ、自信があろうが無かろうが1ヶ月で一流に鍛え上げると約束したからね、そこは容赦なく虐めるわよ」
それに比べてヘールズさんはドS過ぎる。
でもそれは望むところだ。だってこの引越しまでの1週間がもどかしくてならなかったんだもん。
1日でも早く一流になって最上君を助けに行かないと……これはもう1ヶ月とか言ってられない。3週間、いえ2週間でならないと。
ヘールズさんが言うには、歩兵機乗りはシステム補助を0%に出来てやっと一流扱いになる。分かり易くていいよね。
だけどシステム補助を0%に出来ないままに終わった兵士はサーパストの中にもたくさんいたみたい。他人より優れた能力をもっていても成功するとは限らないって事なんだね。
ヘールズさんもMr.ジーザスさんもシステム補助0%に達した一流の歩兵機乗りだけど、そこに到るまでに2年もかかったみたい。
こりゃとってもハードだよ。頑張らないと!
「―――待たせた」
意気込んでた直後なのにまた唐突に後ろから声をかけられました。これ結構心臓に悪いよぉ。
でも声をかけられたのは多分私じゃないよね。ヘールズさんとMr.ジーザスさんにかけたものだよね。
振り返るとそこには若い青年と私と同い年くらいの少年がいた。
青年は大人のヘールズさんより若いけど私よりは年上って分かる。日本なら大学生くらいかな、実際日本人っぽい顔立ちだけど……ちょっと強面で近寄り難い雰囲気があるよぉ。
これが本当の軍人オーラなの?
もう1人の少年は……お世辞にも軍人さんには見えない。
男の子には違いないけど体格といい髪型といい顔つきといい、まるで女の子みたい。狙ってるの?
「来たわね、ケント。そっちの彼が?」
「ああ、ジャン=クリストフ・モリエールだ」
ヘールズさんの目線に気付いたその少年は慌てて日本語じゃない何語かで挨拶した。仕草まで可愛いってどうなの?
それからヘールズさんとMr.ジーザスさんも同じ言語で何か話している。多分自己紹介的な話だと思うけど何言ってるのか全然分からないや。
最後に少年がビシっと敬礼したけど、あんまり決まってない。どちらかと言うと可愛く見えるよ。
「ハヤセ、彼もあなたと同じでフランスからスカウトしたサーパストなのよ」
「え、そうなんですか、ヘールズさん?」
スカウト、ならまだ軍人じゃないんだ。
それでさっきからの仕草が軍人に見えなかったんだ。これから軍人になる訳だから、私と一緒だね。
「お互い新兵になるのだから気を遣う必要もないでしょ。仲良くしなさい」
「は、はい。えっと……マ、マイネームイズ、ハヤセ・日向」
つい英語で挨拶しちゃったけど、フランスからって言ってたからフランス人だよね。ニアミスでした、ごめんなさい。
「Ah……I’m ジャン。ジャン=クリストフ・モリエール。ヨロシク、ハヤセ」
「あ、うん……じゃなかった。オーケー、ジャン」
いきなりファーストネームで呼び合う中になっちゃった。海外ではそれが普通みたい聞いたけど、やっぱり少し抵抗あるかな。
でもジャンより気になるのが向こうの青年、ケントさんって言ったかな。
さっきから全然目を合わせてくれないんだけど、私何かしたのかな。
「そこの無愛想な男はケント・ロウ少尉、うちの部隊のエースよ。アウトロー気取りだからあんま関わらないであげてね」
「……ふん」
エースなんだ。やっぱり凄い人だったんだね。
よし、この人を目標にして頑張ろ!
「さて、顔合わせも済ませた事だし、そろそろ出発しよう。予定より少し遅れてしまったからね」
Mr.ジーザスさんに先導されて向かった先は、小さな旅客機だった。
ディガロって旅客機で移動するのかな。もっと軍用機みたいなのを期待していたんだけどなぁ。
「民間の空港で軍用機なんか飛ばせる訳ないでしょ」
ヘールズさんに聞いてみたらそう返されちゃった。考えたらそうだよね。私のバカ……。
「でもこれ旅客機に見えて実は軍用機だったりするのよね。機上レーダーとか102mm砲とかじゃんじゃん搭載してるわよ」
「期待しててよかった!」
テンション上がるぅ! あれ、なんだかジャンが少し引いてる?
……まいっか。
「基地に着いたら早速歩兵機の操縦訓練ですね」
「やる気があって良い事。でもその前に基礎体力作りからね。あんた体育の成績が悪いし、まずはそこからびっちり鍛え直してあげるわよ」
「うえっ、やっぱり……」
覚悟はしてたけど、やっぱり避けては通れないなぁ。
でも覚悟はしてた、望むところよ!
「まぁでもね、ハヤセとジャンの入隊手続きとか健康診断の精密検査とか家族説明の辻褄合わせの偽装工作とか、その他諸々含めるとあんた達の訓練は更に1週間先になるわよ」
「ジーザス!?」
口癖って伝染するんだね、初めて知ったぁ。
「あの……訓練の日程だけでも前倒し出来ませんか、カミラお姉様」
「中尉と呼びなさい。あんたのお姉様になった覚えもなければ、なるつもりもないから」
そんなに拒絶しなくても……。
「ハヤセの事情は理解してあげてるつもりだけどね、でも焦ったところでどうにもならないわよ。最上ダイの事は気負わないで私たちに任せなさい」
「寧ろその最上ダイと戦う覚悟をしておくんだな」
そんな辛辣なことを言ったのはケント・ロウ少尉さんだった。
え、なんで?
「ちょっと、ケント」
「分かってないようだから教えてやったまでだ。孤立した人間と言うのは何をするか分からない、歩兵機なんて物を持っていれば尚更だ」
「いや、だからって―――」
「だからこそ、今の内に覚悟しておくべきだろ。次に再会した時に最上が敵になっていたのなら、俺達に銃を向けるような事にでもなれば、そうなれば俺達の手で始末する事になる」
最上君が敵に?
あの臆病で消極的な最上君が銃を向けに?
……全然想像出来ないんだけど。
「そうなった時の為に覚悟はしておくんだな。友人だろうと恋人だろうと、敵になれば殺しあう事になる。兵士になるとはそう言い事だ」
殺し合う事になる。改めて思うと私がする事ってそう言い事なんだよね。
ここから先は現実の戦いになる、私だって誰かを殺すかもしれないし殺されるかもしれない。覚悟はしてたけど改めて考えるとちょっと恐いかな。
「私情を挟んで躊躇うような事があれば殺されるのは自分だ。嫌ならキアスになれ。それが無理だと言うのなら、さっさと故郷に帰るんだな」
(……ギアス?)
まるで切り捨てるようにケントさんは先に行っちゃった。
確かにケントさんの言う通りだと思う。これからやる事は命懸けになるんだから、私自身ちゃんと覚悟を決めておかないといけない。
でも最上君とは違う、そんな事にはなっちゃいけないよ。だって最上君を助ける為に私はここにいるんだもん。
だから、私は私のやる事に覚悟を決めるしかないもん。迷うな、私!
「あんまり気にしたらダメよ、ケントは誰にでもあんな感じだから。あいつのせいで退役した兵士もわんさかいるし、下手に相手しない方が身の為なのよ」
「でも、言ってる事は間違ってないですよ。生半可な気持ちじゃいけないって事ですよね。お陰で身が引き締まりました」
「あら、根性あるじゃない。それじゃ、行きましょうか」
ヘールズさんに促されて私達も旅客機に扮した軍用機に向かった。
さぁ、いよいよ出発だ。ちゃんと覚悟を決めよう。でないとギアスになれない。
「……あの、ヘールズさん? ケントさんの言ってたギアスってなんですか?」
眼に宿る絶対服従の能力、じゃないよね?
「ギアスじゃなくてキアスね。ケントの国の言葉でね、まぁ……高みを目指す者って意味よ」
高みを目指す者、かぁ。
じゃあならなきゃいけないよね、キアスに。
いくらサーパストでも、停滞してたら凡人と変わらない。キアスとなって最強のサーパストになってやるんだ。そしたら最上君だって助けられる。
だから待っててね、最上君。私もキアスのサーパストになって必ず助けに行くから。それまで待ってて。
待てないよ。
只今絶体絶命の攻防戦中なんだよ!
おまけにシステム補助まで使えなくなったよ!!
てか助けてぇー!!!
―――by,MAX




