【おまけ短編】 Mysterious Museum
素敵な男性がこちらの世界に遊びに来てくれたら、夢でもいいから自分のキャラと絡ませたくなるのが人情? 執筆は遊森オンリー、高宮さま校閲済み。
「男と女、ふしぎ、発見。」←草○仁の声で
まどかさんとルイさんがイリア・テリオに帰る予定だった日、離宮と星心殿を含む一帯を、夏の嵐が襲った。
おかげで、星心殿に止めてあった船を動かすことができず、二人は嵐がおさまるまで滞在を伸ばすことになった。
雷鳴がとどろき、空が白く光ってはまた黒く沈み込む。暴風が木々を薙ぎ、湖の水面を波立たせる。
「乳母さま、見回り終了しました」
「ご苦労さまでした」
離宮に併設された博物館の受付で、私は日誌を書いていた顔を上げた。正面入り口から出ていく護衛士さんを見送る。両開きのドアが閉まると、遠くなった風雨の音が、この空間の静寂を包んだ。
閉館時間を過ぎているので、メインの照明は落とされている。フットライトだけがぽつぽつと点る館内は薄暗い。まだ夕方だけど、夜のようだ。
この博物館には、星心術によるセキュリティシステムがあって、閉館時間を過ぎると入口一か所をのぞき、外部への出入り口は全て施錠されるようになっている。出入り口のカギは、館長のタヴァルさんと私が管理しているんだけど、タヴァルさん夫妻は今はお孫さんたちと旅行中なので、今日は私が施錠することになっていた。
「あっと、本忘れた…」
日誌を書き終えた私は立ち上がると、受付カウンターを出て急いで資料室に行った。借りたい本があったのよね。資料室ももう暗かったけど、私の左腕には星心術の術円が刻んである。これを展開するだけで、あたりがぼんやりと緑色の光に照らされる。
「携帯の、バックライトみたいなものね…便利便利」
ラズトさんに呆れられそうなことをつぶやきながら、私は手をかざして本棚を目で追った。
本を手に資料室を出て、さて離宮に戻ろう…と玄関に向かいかけたとき。
ドドォン! ズシン!
すごい音がした。窓ガラスがビリビリ鳴って、私は「ひゃ」と肩をすくめた。
今の、落雷? すぐ近くに落ちたみたいだけど…。
玄関に到着し、ドアを押す。…押す。あれ? 開きません。なんで?
えいえいとドアを押したり引いたりしていると、ドアの向こうでくぐもった声がした。
「コーメ! 大丈夫ですか?」
恋人の声に、ほっと気持ちがゆるむ。
「カザムさん! ドアが開かないんです」
「玄関脇の木が、落雷で倒れたんです。ドアがふさがって…」
ええー!? あの立派な大樹が倒れるなんて…残念だなぁ…。
それにしても、玄関が塞がったなら…星心術士のラズトさんがいない今、朝までセキュリティを解除できる人がいない。私、ここから出られないってことか。
「わかりました、私は大丈夫ですから! 長くても、明日の朝になればどこからでも出られるし」
私は彼を安心させるように言う。
「ここは空調もちゃんとしてるし、トイレもあるし、夜明かしくらい楽勝です。夕飯一食抜くくらい、ダイエットと思えば」
「そんな細い腕して、ダイエットなんて言わないでください」
いやいや。腕が細いだけじゃ、水着は着られないのだよ。
「どうにか、木をどかせるようにやってみますから」
「いいですいいです、だってまた雷が落ちたらどうするの? カザムさんも離宮の中に避難してて! あ、まどかさんとルイさんの様子も見てあげて下さい」
大事なお客様のことを託す。
「わかりました…全く、コーメは人のことばかり」
何やらカザムさんはぶつぶつ言って、
「でも、今夜は博物館が見える場所にいますから」
しぶしぶといった感じの声で言った。このままだとなかなか立ち去りそうにない、優しい恋人。
「ありがとう。じゃ、私、毛布でも探しに行きますね。おやすみなさい」
私は、ドアに両手をあてて言った。そして玄関を後にすると、博物館の内部に戻った。
うわ~、貸し切りお化け屋敷だなぁ、これ。
メイン展示室を歩きながら、あたりを見回す。ここには王家の宝飾品や、大陸から持ってきたらしい昔の武器や甲冑なんかが展示してあるんだけど、ぼんやりとしか輪郭が見えなくて、今にも動き出しそう。ちょっと怖くて、わくわくする。
さて、やることもないし、寝る場所を決めておこうかな。休憩室に行けばソファやら何やら色々あると思うけど、いい機会だからこのシチュエーションを楽しみたい。メイン展示室が見える場所で寝ようっと。
私はあたりを見回すと、メイン展示室の入り口のすぐ外、玄関の見える廊下の突き当たりのソファに腰かけてみた。うん、ここ、いい感じ。
廊下は二階まで吹き抜けになっている。その、二階部分の高さの窓から、外が見えた。
窓を滝のように雨が流れ落ちている。その向こう、稲妻が空を横切って、お腹を震わせるような音が響いてくる。
…ずっと前、娘の七緒がまだ小さかった頃、買い物の帰りに夕立に降られたことがあった。
七緒の手を引いて急ぎ足で歩いていると、割と近くで空がゴロゴロいって。
もし雷が落ちるなら、きっと七緒よりも、背の高い私の方に落ちるだろうと思った。
そして、それを願った。落ちるなら、私に。
…そういえば、こちらの世界に召喚された時も、七緒じゃなくて私で良かったって、思ったっけ。
大切な存在がそばにいないことを、この嵐は思い出させる。
私は、靴を脱いでソファに足を上げると、ソファの背に横向きにもたれ、膝を抱えた。
だって、抱きしめるものが、自分の膝しかないの。
◇ ◇ ◇
「…梅。小梅」
はっ、と顔を上げる。いつの間にかウトウトしていたらしい。
目の前に、整った男性の顔があった。
「…ルイさん」
私はポカンとして、その少し垂れ目がちの顔を凝視した。ルイさんが、ソファの横で膝をついて私を見ている。
「また泣いてたのか。小梅って、結構泣き虫だな」
ルイさんの手が私の頬に伸び、親指が目の下を滑って、初めて自分の頬が濡れていることに気づいた。
私はあわてて手の甲で頬をぬぐいながら、言った。
「な、何でここに?」
するとルイさんは、バツの悪そうな顔をした。
「いや、ちょっと…見たいものがあって閉館間際に入ったら、出られなくなって」
何じゃそりゃ。護衛士さんの見回りの後に入ったってこと?
「ごめん。ホントに。いや、時間ができたんで、ラズト殿から聞いていた離宮の秘宝ってやつを、こっそり見せてもらおうと思って入り込んだんだ。部外秘中の部外秘だって聞いてたから、他惑星の人間には見せてもらえないだろうと思って」
「王家の秘宝って…初代王妃の考案した、星心印を組み込んだ庭園の設計図…?」
ぼんやりしながら答える。そういえばこの方は、ガーデニングも趣味なんだっけ。
「あれは今、首都の中央博物館の催し物に貸し出し中です。ここにはありません」
「え…そうなの?」
その顔がいたずらに失敗した少年みたいで、私は思わず笑ってしまった。
これ、もしかして夢じゃない? 一人で寂しかったから、無意識にありそうなシチュエーションを夢に見てるのかも。きっとそうだ。
そっか…と妙に納得。これ、私がルイさんに持ってるイメージじゃないかな。恋人のそばにいてくれて、あやしてくれて、そんな風にすごく大人な一方で、少年みたいなところがある人…っていう。
「まあ、座って下さい」
隣のスペースをぽんぽんたたくと、ルイさんは素直にゆっくりと腰かけた。大きな身体でソファが沈み込み、私の身体も揺れる。
天井の高い、石造りの空間には、声が響く。私たちは声を潜めて、言葉をかわす。
「今、この博物館は、密室になってます。朝まで出られないの。ミステリーみたいですね」
私がセキュリティのことと倒木のことを説明すると、ルイさんは顎を上げてため息をついた。
「せっかくまどかの誤解が解けたのに、これか」
「自業自得ですよ、忍び込んだりするから。オトナなんだから、どーんと構えたらどうですか?」
夢なので、強気の私。
だってこの人、私と年一つしか違わないのに、いつも余裕があるんだもの。なんだか悔しい。
「…とりあえず、忍び込んだことは、まどかには黙っててくれる?」
横目で私を見るルイさん。
「さあ…どうしましょう」
横目で視線を返す私。
「そうだ、どうせなら、俺が忍び込んだのは小梅の手引きだってことにしよう。共犯共犯。ミステリーだな~」
「どうせならって何ですか…無理ですよ。だって私、さっきカザムさんとドア越しに話しましたから。私が何か隠し事してたら、その時点で見抜かれてるはずです」
「小梅って、大人のくせに隠し事できないの?」
カチーン。
「し・な・い、だけです!」
ふうん…と私を見るルイさんの瞳が、意地悪く光った。
急に、肩を引き寄せられた。頬に、熱く濡れた感触。
「!」
あわてて身体を離すと、ルイさんが唇をなめて口の端を上げた。
「これで『共犯』。オレと二人きりで一晩過ごすこと自体、隠さないとな?」
むか。
私はパッと身体を伸ばし、ルイさんの頬にお返しのキスをした。
「バカにしないで下さい。ほっぺチューなんてこっちでは挨拶同然です」
真っ正面から目を合わせて挑戦的に言うと、ふわりと頬を両手で挟まれた。大きな手のひらに、顔が包まれてしまいそう。
「それじゃあ…どこまで行ったら、共犯になってくれる?」
さらにひそめた声。栗色の瞳…至近距離。
私の、もう一つのルイさんのイメージは“セクシー”。
「…試してみますか?」
好奇心…。
ルイさんの手が、私の肩にかかった。
唇が近づいた。
ズドォン!
びくう、と私は身体をすくませた。視線がはずれ、ルイさんが窓の方を見上げる。
「…すごいな。雷」
「…そうですね」
顔を見合わせる。…どちらからともなく、ちょっと笑ってしまった。
「今夜のことは、まどかさんには内緒にしておきます。カザムさんにも。…私も一つくらい秘密を持った方が、ミステリアスな大人の女になれるかもしれないし」
肩をすくめてみせると、ルイさんは笑って、
「オレは無罪放免か、小梅は優しいな。…小梅の大人な所は、そうやって男を甘やかしてくれる所かな。でも、相手をつけ上がらせない程度に」
う。そういえば前にラズトさんにも、「甘やかすとつけ上がるぞ」って言われたっけ。
「ま、そこでつけ上がらない男を恋人にしたんだから、結果オーライか」
ニヤリと笑うルイさんに、私はびしっと指摘する。
「そんなことより、今夜離宮に戻れないのは確かなんですから、上手い言い訳を考えて下さいね。泥棒しに入ったと思われたら国際問題ですよ」
そうか、うーん…と腕を組むルイさん。
私は笑って、そっとルイさんの肩に頭をもたせかけた。ちょっとだけ…寂しい夢を見ないように。ちょっとだけ…。
◇ ◇ ◇
目を開くと、高い天井が闇に沈み込んでいた。
真夜中だろうか。私はさっきと同じ廊下の突き当たりのソファで、一人横になっていた。外ではまだ、風がうなっている。
身体を起こし、あたりを見回す。
…ルイさんの姿はない。
やっぱり、あれは夢だったんだ。…だよね。
でもなんだかちょっと、ドキドキする夢だったな。
ため息をついたとき、玄関の方から声がするのに気がついた。外からだ。
「コーメ? おーい。そこにいるか? 今、玄関脇の窓の術を解除するから」
あれ? この声…。
玄関に近寄った。ふわりと窓の所で光が瞬き、窓が上にスライドして開く。
風雨が吹き込む中、ひょい、とのぞいた金茶の瞳を見て、私は眼を見開いた。
「ラズトさん! この天気でよく戻って来れましたね!」
レインコートを羽織ったラズトさんは、風で乱れた前髪をかき上げるようにしながら微笑んだ。
「ああ、嵐だって聞いたから、首都の方に船を着けてもらって、そこから離宮に転移してきた。公務だって認められて、転移の許可が降りたからな。大丈夫か?」
「はい、私は全然なんともないです。…今、何時ですか?」
ラズトさんの手を借りて、窓から外に出た。横殴りに風雨が吹き付け、あっという間に服に雨がしみこんでいく。
「そろそろ真夜中です」
横にいたカザムさんが、私にもレインコートを着せかけてくれる。目が合うと、微笑んでくれた。一番安心する笑顔に、私も微笑み返す。
一瞬、『秘密』という言葉が頭の片隅に浮かび、すぐに消えた。
「ここは、嵐がやんだらまた術で施錠しておくよ」
窓を閉めながら、ラズトさんが嵐に負けない声で言った。私たちは足早に、離宮に向かって歩きだした。
「ルイ殿とマドカさん、まだこっちにいるんだってな。完全に行き違いかと思ってたけど、良かったよ。もう寝たかな」
「マドカさんは、厨房の後かたづけの後で料理長にこっちの料理を習うって言ってたから、まだ起きてるかも。ルイさんは…知りません」
私は歩きながら、ちょっと後ろを振り返った。
博物館は、重い雲の下で静かにたたずんでいる。
「っくしゅ」
くしゃみが出た。カザムさんが私の腰を抱くようにして、
「風邪を引きますよ。さあ」
と促してくれる。
私はうなずくと、もう後ろを振り返らずに離宮に向かった。
翌朝は、昨日の嵐が嘘のような晴天だった。木々の葉に残る雫が光を反射して、庭がきらきらとまばゆい。
食堂で朝食のセッティングをしていると、まどかさんが入ってきて挨拶をしてくれた。そしてその後ろから、ルイさんが入ってくる。
「おはようございます。今、朝食お持ちしますね」
私はルイさんの顔を見ながら言った。
「うん、ありがとう」
ルイさんも、私と目を合わせて言った。
私はルイさんの横を通り抜け、廊下へと出ていった。
後ろで、ルイさんがひとつ、くしゃみをした。
【Mysterious Museum 完】
というわけで、ラズトが帰ってきました。高宮さまのおまけストーリーに続く。
これにて完結です、お付き合いありがとうございました! 拍手お礼小話も読んでって下さいね♪