第95話『おにぎりで、ご飯!?』
「さあ、入って入って! 遠慮はいらないよ!」
やぁ子の快活な声に導かれ、一行は古民家の玄関へと足を運んだ。
「お邪魔します」
クルスが丁寧に礼を言い、三人は靴を脱いで、木の温もりがふわりと香る家の中へと上がる。
その横では、好奇心旺盛なしゅわ丸も、ぴょこんっと軽やかな足取りで空中に跳ねた。
「しゅわっ!」
彼が鳴き声を上げると、室内を包む懐かしくも温かな空気に、ほっと肩の力が抜ける。
室内を見渡せば、そこには古き良き日本の風景が広がっていた。
黒光りする重厚な囲炉裏が部屋の中心に鎮座し、足元には手入れの行き届いた畳が敷き詰められている。
障子越しに差し込む柔らかな月明かりが、部屋に独特の陰影と情緒をもたらしていた。
しゅわ丸は畳の感触が気に入ったのか、その上をぷるぷると心地よさそうに転がりながら、「ぽかぽか〜」と満足げに身体を揺らしている。
奥の台所へ向かったやぁ子が、着物の袖をきゅっとまくり上げた。
「今日は腕によりをかけちゃうからね! 期待してて!」
「手伝おうか?」
頼もしい姿に、ゆうこがと優しく声を掛ける。
「大丈夫!任せて!」
やぁ子は親指を立てて自信満々に微笑んで炊きたての白米を大きな木桶へと移し始める。
ふわぁ……と、湯気と一緒に甘く芳醇な米の香りが、部屋いっぱいに充満していく。その香りに誘われるように、しゅわ丸が鼻先をぴくぴくと小刻みに動かした。
期待に満ちた声に呼応するように、クルスのお腹が「ぐぅぅぅ……」と盛大に音を立てる。
「……もう限界です」
力なく呟くクルスに、サクが肩を揺らして笑った。
「さっき屋台でおにぎり食べたばかりでしょう?」
「祭りは別腹なんですよ!」
クルスの必死な主張に、しゅわ丸も元気よく「べつばら!」と頷いて同調する。
その姿を見てゆうこは思わず吹き出した。
「しゅわ丸まで、そんなこと覚えなくていいのよ」
しばらくして、台所からやぁ子の元気な声が響いた。
「できたよーー!」
運ばれてきた料理を見た瞬間、ゆうこ達は思わず息を呑んだ。
「おぉ……!」
大皿の上に並んでいたのは、圧巻の光景だった。
梅、鮭、昆布、おかか。さらには明太子、高菜、肉味噌、焼き味噌、醤油焼きに味噌焼きまで。海苔を巻いたもの、巻いていないもの、丸い形や三角、俵型まで取り揃えられた、まさに「おにぎりパーティー」と呼ぶにふさわしい陣容が広がっている。
しゅわ丸は「いっぱい!」と目をきらきらと輝かせ、無邪気に跳ね回った。
さらに、やぁ子は湯気の立つ大きなおひつを、どんっ! と食卓の中央に置いた。蓋を開けると、つやつやと輝く炊きたての白飯がその姿を現す。
「……ご飯?」
ゆうこが困惑気味に尋ねるが、やぁ子は当然のことのように、その白飯を茶碗によそっていく。
「いただきまーす!」
そして、あろうことか梅おにぎりを箸で持ち上げ、ぱくっと一口。もぐもぐと咀嚼し、続けて白飯を口へ運んだ。
「……。」
ゆうこの思考が一時停止する。
その横で、ソラマルもまた鮭おにぎりを豪快にかじり、追いかけるように白飯をかき込んでいる。
ナミキに至っては、焼きおにぎりを頬張った直後、すぐさま白飯を流し込むという暴挙に出ていた。
「うめぇ! やっぱ焼きおにぎりには白飯だな!」
「おかしいですよ!?」
クルスが堪らず椅子を蹴って立ち上がる。
「なんで主食をおかずに主食食べてるんですか!!」
切実なツッコミに対し、やぁ子はきょとんと首を傾げる。
「え?」
「え、じゃないです!」
「だって、おにぎりだけじゃ物足りないでしょ?」
「十分お腹いっぱいになりますよ!」
クルスの常識的な訴えもどこ吹く風。ソラマルは真顔で独自の理論を展開する。
「白飯があるからこそ、おにぎりの具が引き立つ」
「何を言ってるんですか!」
ナミキも腕を組んで豪語する。
「焼きおにぎりで白飯三杯はいける」
「もう意味が分かりません!!」
クルスの絶叫が古民家に響き渡った。
その様子を傍観していたしゅわ丸は、不思議そうに首をかしげる。
「おにぎりで、ごはん?」
「そう! そこなんですよ!」
クルスは藁にもすがる思いでしゅわ丸を指差した。
「しゅわ丸の反応が正常なんです!」
しかし、しゅわ丸は考え込むように身体をぷるぷる震わせたあと、「……たべる!」と結論を出した。
やぁ子から小さなおにぎりを受け取り、「あーん」と口を開く。
ぱくっ、もぐもぐ。
身体の中に小さな泡がしゅわしゅわと弾け、満足げな笑顔を浮かべる。
「しゅわ♪」
その天使のような笑顔に、やぁ子も頬を緩めてデレデレになる。
「かわいい〜!」
ついにゆうこも、恐る恐る梅おにぎりを一口かじり、半信半疑で白飯を追いかけて口に入れた。
もぐっ、と咀嚼し、しばし沈黙。
「どう?」とやぁ子が身を乗り出す。
ゆうこは静かに、しかし確信を持って頷いた。
「……悔しいけど、これ、おにぎりがおかずだわ」
「でしょ!」
やぁ子が満面の笑みを浮かべる。
サクも梅おにぎりと白飯のコンボを試し、驚く。
「美味しい! この梅、自家製?」
「うん! 庭の梅で漬けたの!」
「えぇぇぇぇぇぇ!?」
次々と洗脳されていく仲間に、クルスだけが取り残され、涙目で叫ぶ。
「みんな染まらないでくださぁぁぁい!!」
家中に、楽しげな笑い声が広がった。
しゅわ丸も嬉しそうに身体を揺らし、部屋の空気が祭りのあとの余韻のように心地よく満たされていく。
夜は更けていき、笑い声は絶えなかった。祭りの思い出話、酒蔵に伝わる秘話、そして明日の旅路への期待。
笑って、食べて、飲んで。しゅわ丸はみんなの間をぴょんぴょん跳ね回り、「おいしい!」「もっと!」と短く声を上げるたび、誰かが幸せそうに微笑んだ。
やがて、皆はそれぞれ布団へ潜り込んだ。
しゅわ丸はゆうこの枕元へ、ぽよんと飛び乗る。
「おやしゅみ〜」
「おやすみ、しゅわ丸」
ゆうこが優しく頭を撫でると、しゅわ丸は目を細めて気持ちよさそうに身体を揺らす。「スヤァ〜」と寝息を立て始めた。
窓の外では、秋の夜長を告げる虫の音が静かに響いている。
ここは日本酒の国。明日もまた、美味しいおにぎりと笑い声が待っているような、そんな穏やかな夜だった。




