第8話「肉のために狩る」
その時だった。
――ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅ…………。
場の空気をぶち壊すように、腹の虫が再び盛大に鳴り響いた。
全員の視線が、ゆっくりとクルスへ集まる。当の本人は至って真顔だった。
「……すみません。革命の前に、俺の胃袋が先に決起しました」
「締まらなっ!!」
即座にゆうこが鋭いツッコミを入れる。サクは数秒ぽかんとしたあと、堪えきれずに吹き出した。
「あははは!そうだった、今日の本題それだったわ!」
「忘れるな!」
「だってスキルが思ったより面白かったんだもの!」
「面白かったで流すな。こっちは命と尊厳を削ってるのよ」
受付嬢がジョッキを持ち直しながら、呆れ半分で口を開いた。
「……で?結局、あんたたち何しに来たのよ」
「肉です」
クルスが即答した。あまりにも迷いのない、鋼の意志を感じさせる返答だった。
「焼いた肉です」
「限定が細かいわね」
「できれば厚切りで、脂が程よく乗っていて、直火の香りが――」
「注文票じゃないのよ」
ゆうこは最後まで聞かずに、すぐに口を挟んだ。
サクは顎に手を当てて、ふむ、と思案の表情を浮かべる。
「でもまあ、ちょうどいいかも。せっかく登録もスキル鑑定も済んだんだから、実地で軽く動いてみましょ」
「嫌な予感しかしない言い方やめて」
ゆうこの顔が引きつるのを余所に、サクはくるりと背後の巨大な依頼掲示板を振り返った。
そこには討伐、採集、護衛、配達、酔客回収、樽搬送、酒場の床剥がし、謎の生物捕獲など、ろくでもない単語が乱雑に並んでいた。
サクは指を立てながら、軽快に状況を整理していく。
「クルスが肉を食べたい。私たちはギルド登録したて。しかも、こっちは前衛候補で、こっちは医療担当。そして私は優秀な案内役――つまり、初心者向けの“軽い依頼”を一個こなして、その報酬で肉を食べる。完璧じゃない?」
「自称ね」とゆうこが毒づくが、クルスの目はじわっと輝きを取り戻していた。
「……働いて、対価を得て、肉を食う。すごく健全です。今までの俺は、働いても働いても、肉どころか睡眠すら手に入りませんでしたから」
「言い方が急に社会復帰プログラムなのよ。比較対象が終わってるわ」
受付嬢が小さく鼻で笑い、掲示板の方へ歩き出した。カウンター越しに慣れた手つきで依頼票をぺらぺらとめくる。
「新人三人組。うち一人は点滴明け、一人は医療知識持ち、一人はろくでもないテンションの酒女……。まあ、これがいいんじゃない?」
「言い方!」
「事実でしょ」
言い返せないサクが受け取った票を読み上げる。
「【討伐依頼:ドレッドボア一頭】」
「ボア」とクルスが瞬時に反応する。
「イノシシ系の魔物ね。ぽしゃけの森に出るわ。突進力はあるけど単独行動が多いし、初心者向けよ。死ぬ確率が比較的低いって意味だけど」
「その安心のさせ方ほんとやめて」
怯えるゆうこをよそに、クルスは依頼票を食い入るように見つめた。
「……ドレッドボアって、美味いんですか」
「美味いわよ」
受付嬢の即答が、クルスの覚悟を決めさせた。
「行きます!」
「決断が肉基準すぎる!!」
サクが依頼票をひらひらさせながら笑う。
「ほら、ちょうどいいじゃない。狩って、そのまま解体場に持ち込めば、一部は報酬、一部は買い取り、そして一部は今夜のごはん!」
「夢がありますね……」
クルスの目は完全に死者蘇生を果たしていた。
ゆうこは(ある意味、今までで一番健全な目の輝きしてるわ……)と頭を抱えたが、冷静に考えれば自分のスキルの試運転にも丁度いい。
受付嬢がカウンターに依頼票を置き、受理の印をごつんとついた。
「期限は今日の日付が変わるまで。場所は西の林道沿い。無理だと思ったら逃げなさい。見栄を張って死ぬのが一番ダサいから」
その真っ当な忠告に、ゆうこは少しだけ目を細めた。そして真面目な顔で頷くクルスに最終確認を飛ばす。
「……クルス、あんた、まだ病み上がりだからね? 無理はしないこと」
「はい。無理しそうになったら、ちゃんと申告します。……でも、自分のために動くっていうのを、一回くらいやってみたいんです」
その本音に、ゆうこは一瞬だけ言葉を飲み込んだ。
サクが明るく手を叩いて沈黙を破る。
「よし、決まり!初依頼はドレッドボア討伐!目的はあくまで夕飯確保だから!」
「討伐って言い方が物騒なのよ。安心材料が雑すぎる!!」
受付嬢は最後に三人へ釘を刺した。
「そこの“ポコちん”、最初の一撃を受けたら終わるわよ。先生は後衛で無茶しない。で、あんたは――」
「分かってるわよ。ちゃんと導くわ。華麗に、ね」
サクはガラス片を指先でくるりと回し、不敵に笑った。
ギルドの喧騒の中、三人は顔を見合わせる。
肉のため、報酬のため、そして昨日までの自分から踏み出すために。
「……行きましょう」
クルスがぐっと拳を握る。
「ええ、狩りの時間よ!」
サクが応える。
「ほんと、なんで異世界来てまでイノシシ追う羽目になるのよ……」
そうぼやきながらも、ゆうこの足取りは前を向いていた。
ギルドを出た瞬間、夕暮れの光が石畳を赤く染めていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
今回はついに――**初依頼(※目的:夕飯)**でした。
・革命より空腹が勝つ男
・討伐理由が「肉が食べたい」
・医者がイノシシ狩りに同行
だいぶ方向性が怪しいですが、本人たちは至って真剣です。
そして次回、いよいよ実戦。
・本当に初心者向けなのか
・クルスは無事なのか
・ゆうこの圧縮は使われるのか
いろいろ不安しかありませんが、見守っていただけると嬉しいです。
「肉のために命かけすぎ」
「ギルドの安心が全然安心じゃない」
「でもちょっと楽しそう」
と思っていただけたら、
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なお、目的はあくまで“肉”です。




