第7話「圧縮、覚醒」
サクは満面の笑みを浮かべ、水晶板をとんとん叩いた。
「次はゆうこの番ね」
「は?」
ゆうこは即座に顔をしかめ、嫌悪感を隠そうともしない。
「なんで私が晒し者になる流れなわけ?」
「だって気になるじゃない。あんたのスペック」
「私はこれっぽっちも気にならない」
「私は気になるの!好奇心は猫を殺すけど、私の好奇心は人生の機密を暴くのよ」
サクがずいっと身を乗り出し、畳みかける。
「考えてもみなさいよ。異世界転移者で、医療知識の塊で、ザル……いえ、酒豪で、点滴まで自力で再現しちゃう女よ? 何かあるに決まってるわ」
「……言われてみれば、かなり特殊な個体ではあるわね」
受付嬢までが真顔で頷き、事務的な視線を向けてくる。
「正直、ギルドとしてもデータが欲しいところだわ」
「乗るな受付嬢!」
そこへ、机に突っ伏したままのクルスが、幽霊のように片手だけを挙げた。
「……やった方がいいと思います……」
「なんであんたまで敵に回るのよ」
「僕だけが社会的に死ぬのは……不公平、ですから……」
「最低の巻き込み事故だな!」
周囲の野次馬たちも、すでに完全に温まっていた。
「やれやれー!」
「医療系なら、聖女みたいなチートが出るかもよ!」
「野次馬の民度が最低ね……」
ゆうこは額を押さえた。もはや逃げ出せる空気ではない。
「……分かったわよ。もし変なのが出たら、あんたたち全員の診察料、次から三倍にするからね」
「やった、やる気になったわ!」
「やってない。妥協しただけ」
受付嬢がうやうやしく水晶板を差し出す。
「はい、どうぞ先生」
「先生って呼ぶな。今から処刑される囚人の気分なんだから」
ゆうこは深いため息をつき、ひやりと冷たい板に右手を乗せた。
数秒の沈黙。……何も起きない。
「……壊れた?それとも私が無能?」
「壊れてたら、さっきの『放送事故スキル』は出てないわよ」
「そうだった。最悪の証明はやめて」
その時、クルスの時よりも一段と強い、銀色の光が板の奥で爆ぜた。光がじわじわと文字を形作っていく。その文字を見た瞬間、受付嬢の動きが止まり、サクが固まった。
クルスだけが、ノロノロと顔を上げる。
「……なんて、出たんですか?」
ゆうこは表示を凝視し、数秒の間をおいてから、信じられないものを見るような目で読み上げた。
「……【スキル名:圧縮】」
再びの沈黙。そして――。
「地味ーーーーー!!!」
叫んだのはサクだった。
「いや、もっとこう、医療とか酒とか、凄まじい名前を期待してたのに!」
「お前が勝手にハードル上げたんだろ!」
ゆうこは即座にツッコんだが、受付嬢は一人、水晶板に追加された文字を凝視していた。
「……待って。詳細効果が出たわ」
【効果:対象の液体・薬効・栄養・時間・空間・物質・処置工程を、一定条件下で“一箇所に統合”する】
全員の思考が停止した。
「……は?」
クルスが素っ頓狂な声を出す。
「液体、薬効、栄養……時間、空間、物質? 処置工程まで?」
サクがゆっくりと、獲物を見つけた猛獣のような目でゆうこを向いた。
「これ……めちゃくちゃ『医療特化』じゃない?」
「いや、待って。それってつまり……」
クルスが指を立てて計算する。
「点滴一本に、栄養剤と抗生剤と水分を全部パッキングして、一瞬で投与できるってことですか?」
「可能性は高いわね」
受付嬢が震える声で頷く。
「しかも『時間』の圧縮……。本来なら数時間かけて効く薬を、数分で作用させられるなら、それはもう神業よ」
さらに水晶板は文字を連ねる。
【応用:濃縮/携行化/時短処置/多重効果統合/簡易保存】
「うわぁ……」
今度は、冒険者たちが本気でどよめいた。
「おい、それってポーションの効き目を一気に引き出せるってことか?」
「薬師ギルドが泡吹いて倒れるレベルだぞ……」
「……先生、それ普通に凄すぎます」
クルスが羨望の眼差しを向ける。サクもニヤリと笑った。
「っていうか、あなたらしすぎて笑えるわ。必要なものを無理やり一つに詰め込んで、最短ルートで解決する。完全に『ブラック現場の思考』じゃない」
ゆうこは一瞬黙り、それから苦々しく呟いた。
「……地味なくせに、納得感だけはあって腹立つわね」
「分かります」
クルスが真顔で頷く。
「僕のあのスキルも、嫌なくらい『運命の嫌がらせ』を感じましたし」
「そこで共感すな」
受付嬢は興奮冷めやらぬ様子で、ゆうこの手を取った。
「先生、これなら『持ち運べる医療』が作れるわ! 遠征用の超濃縮キット、栄養満点の保存食……可能性が無限大よ!」
「……そうね」
ゆうこの脳裏にも、かつての窮状が浮かんだ。物資がなく、時間もなく、人手もない中で、なんとか命を繋ぎ止めてきたあの日々。このスキルがあれば、救えなかった命に手が届くかもしれない。
「これ、ちゃんと使いこなせれば……面白いことができそうね」
ゆうこが薄く笑った瞬間、サクが「でしょ!?」と自分のことのように胸を張った。
「でも、驚くのはまだ早いわよ。私のスキルも発表しちゃおっかなー!」
「急な自己申告だな」
「私のスキルは【ガラス生成】よ!」
再びの沈黙。そして――
「急に自己申告した!?」
ゆうこが反射でツッコむ。
サクはふふんと鼻を鳴らした。
「いいじゃない。流れ的に私のターンでしょ」
「いや誰も回してない」
「ちなみに、ただのガラスじゃないわよ」
サクは得意げに人差し指を立てた。その顔がもう、完全に“もったいぶる側の人間”である。
ゆうこは即座に嫌な顔をした。
「その言い方、絶対ろくでもないやつじゃん」
「失礼ね。今回はちゃんと有能よ」
「“今回は”って何よ」
クルスが机に突っ伏したまま、少しだけ顔を上げる。
「……具体的には、何ができるんですか」
その一言を待ってましたと言わんばかりに、サクはにやっと笑った。
「聞きたい?」
「その振り、聞かないと終わらないやつでしょ」
「聞きたい?」
「圧が強いな」
受付嬢が苦笑する。
「早く言いなさいよ」
サクは満足そうに頷くと、すっと右手を前に出した。
「まずは基本」
ぱきん、と小さな音がした。
次の瞬間、サクの指先の空間に、透明な破片のようなものがふわりと現れる。それは光を受けて、きらりと淡く輝いた。
クルスが目を見開く。
「うわっ」
ゆうこも思わず身を乗り出す。
「……ガチで出た」
サクの指先に浮かんでいるのは、薄くて小さなガラス片だった。氷のようにも見えるが、輪郭が妙に鋭い。
サクはそれをくるりと回して見せる。
「こんな感じで、透明なガラスを作れるの」
「へぇ……」
クルスが素直に感心する。
「普通にすごいですね」
「でしょ?」
サクはご満悦である。
だが、ゆうこは眉をひそめた。
「……でも、それだけだと日用品スキルでは?」
「言い方ァ!」
「だって窓修理とかコップ作りとか、そっち寄りじゃん」
「違うわよ!」
サクはぷんすかしながら、今度はそのガラス片をもう一枚、さらにもう一枚と増やした。
ぱきん、ぱきん、と乾いた音が小さく響く。透明な破片が三枚、四枚と宙に並ぶ。
「私のガラスはね、形をかなり細かく調整できるの」
「形を?」
受付嬢が少し興味深そうに目を細める。
サクは頷いた。
「薄くもできるし、厚くもできる。丸くもできるし、細くもできる」
言いながら、宙に浮いていた一枚が、するすると形を変えた。細長く、針みたいに。
クルスが固まる。ゆうこも固まる。受付嬢だけが、無言でそれを見つめていた。
「……針?」
クルスがぽつりと呟く。サクはにっこり笑った。
「そう。針」
ゆうこの目が、一瞬で外科医のそれに変わった。
「……ちょっと、それ見せなさい」
サクが浮かべた透明な細針を、ゆうこは食い入るように見つめる。
「……信じられない。先端の刃先の角度まで完璧じゃない……これ、下手な市販の注射針より精度が高いわよ」
「えっ」
クルスと受付嬢が声を揃えた。
「そんなに、ですか?」
「そんなになんてレベルじゃないわよ!今のうちの診療所なんて、金属針を手作りしてるのよ!」
「聞かなきゃよかった!!」
クルスが絶叫した。
「俺の腕に刺さったあの鋭利なやつ、手作りだったんですか!?」
「ちゃんと研いだから安心しなさい」
「安心できる要素が細すぎる!」
サクは満足げに笑い、針をくるりと回した。「私の精度と、ゆうこの圧縮……。これ、革命が起きると思わない?」
ゆうこは、手の中にある見えない可能性を握りしめるように拳を作った。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
今回は、ついにゆうこのスキルが判明しました。
【圧縮】
名前は地味。
そしてサクの【ガラス生成】も判明。
ゆうこの圧縮。
サクのガラス生成。
クルスの……ポコちん。
並べると一人だけ事故みたいですが、全員ちゃんと使い道はありそうです。たぶん。
「圧縮、普通に強い」
「サクのスキル便利すぎる」
「クルスのスキル名だけどうにかして」
と思っていただけたら、
▶ブックマーク
▶★★★★★評価
で応援していただけると嬉しいです!
あなたの一押しが、ぽしゃけ医療の未来を圧縮して進めます。
感想も大歓迎です。
なお、クルスのスキル名は今のところ圧縮しても短くなりません。




