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第43話「しゅわ丸、進化して喋る」

 「うわっ!?」

 「きゃっ!?」

 「まぶしっ!?」


 三人が反射的に目を細め、腕で顔を覆う。その中心で、しゅわ丸の赤いゼリー状の身体が、内側から激しく泡立ち始めていた。


 しゅわっ。

 しゅわしゅわっ。

 しゅわわわわわっ!


 まるで炭酸そのものが明確な意志を持って躍動しているかのように、無数の小さな泡が身体中を高速で駆け巡っていく。それに呼応するように、赤かった体色が劇的な変化を遂げていった。


 赤から、鮮やかな桃色へ。

 桃色から、深みのある薄琥珀色へ。


 そして――。

 それはまるで、静謐な月明かりをそのまま溶かし込んだような、どこまでも透き通った"青琥珀色"だった。


 「……え」


 サクが、その神秘的な輝きに息を呑む。

 「……」

 クルスも言葉を失い、ぽかんと口を開けたまま固まっていた。


 変異を終えたしゅわ丸の身体は、ぷるんとした愛らしい丸いフォルムはそのままに、その表面には星屑を散りばめたような細かな光の粒子が明滅していた。


 「……なんか、無駄に高級感が増したんだけど」

 あまりの激変ぶりに、ゆうこが真顔でポツリと呟いた。


 ――『おお〜♡』

 脳内に直接響くアルケラの声が、やけにハイテンションに弾ける。


 ――『進化しおったぞい♡』

 「軽いな!?」

 クルスがすかさずツッコミを入れるが、アルケラはどこ吹く風で解説を続けた。


 ――『赤酔いスライムが高位ぽしゃけを取り込み、その酒気構造を根本から再編成したんじゃのぅ。これはもう、ただの赤酔いスライムではないぞい♡』

 「じゃあ、一体何なのよ!?」

 サクが身を乗り出して問いかける。アルケラは期待を裏切らず、たっぷりと格好つけた間を置いてから宣言した。


 ――『青琥珀スライムじゃ♡』

 「ちょっとカッコよくなってる!」

 「いや、そのまんまじゃないですか!!」

 クルスが鋭くツッコんだ、その時だった。

 進化したばかりのしゅわ丸が、ぷるん、と一度大きく身体を揺らした。そして、消え入りそうなほど小さく、けれど確かな声を漏らす。


 「……しぇん、せ……」


 「……」

 「……」

 「……え?」

 ギルドの一角、そこだけ空気がピタリと止まった。


 サクが信じられないものを見るようにゆっくりと瞬きをする。クルスは

 「ぎぎぎ……」と錆びついた機械のような動作でしゅわ丸を凝視した。ゆうこに至っては、完全に意識が停止したような真顔で固まっている。


 しゅわ丸は再び全身をぷるぷると震わせると、今度は少しだけはっきりと発音した。


 「しぇん、しぇ……」

 「えっ」


 「しぇんしぇ……!」

 「えっ!?!?!?」

 「しゃべったァァァァァァァァ!!」


 クルスの絶叫が店内に木霊する。サクも目を見開いて驚愕の声を上げた。

 「待って待って待って!! 今“先生”って言わなかった!? 言ったわよね!?」


 ゆうこは無言のまま、吸い寄せられるようにしゅわ丸を両手で持ち上げた。しゅわ丸は彼女の手のひらの上で、まるで

 「えへへ……♡」と照れているかのような雰囲気でぷるぷるしている。


 「……あんた、今、喋ったの?」

 問いかけに対し、しゅわ丸は誇らしげに胸をぐっと張った。


 「しぇんしぇ!」


 「言ったァァァァァ!!」

 クルスが狂ったように机を叩く。

 「ダメですって!! 危険生物が進化して人語を解し始めるの、普通は物語の中盤以降のイベントなんですよ!! まだ序盤も序盤、早すぎるんですよ!!」

 「アンタ、誰目線の進行管理してんのよ……」

 サクはもはや笑いを堪えきれず、腹を抱えて肩を激しく震わせていた。

 「っはは……やばい……なにこれ、かわいすぎる……っ!」


 しゅわ丸は、自分が褒められたことを本能で理解したのか、しゅわっ♡と嬉しそうな音を立てて弾ける。そして、さらなる爆弾を投下した。


 「ぽしゃけ!」


 「えっ」


 「ぽしゃけ、すき!」


 「単語を覚える速度が異常に速い!!」

 クルスは混乱の極致に達し、頭を抱えてのけ反った。

 「待ってください、意思疎通ができるんですか!? これもう完全にマスコットというかペット枠じゃないですか! いやでも元は危険物ですよね!? どっちなんですか、一体!?」

 アルケラが、事の成り行きを心底楽しそうに笑い飛ばす。


 ――『どっちもじゃのぅ♡』

 「最悪の回答だよ!!」

 しゅわ丸はゆうこの手の上で元気よく跳ねたあと、ぺたり、と吸い付くように彼女の腕に張り付いた。そのまま、うっとりとした表情(のような質感)で目を細める。


 「しぇんしぇ、すき……」


 「…………」


 「完全に落とされてるじゃないですか先生」

 引きつった顔で指摘するクルスを余所に、サクがニヤニヤしながら追い打ちをかけた。

 「どうする? もうこれ、飼うしかないんじゃない?」


 ゆうこは数秒間、沈黙を保ったまま腕の上の物体を見下ろした。進化したとはいえ、見た目は相変わらずぷるぷるとしていて、小動物のような愛らしさがある。

 危険物であるはずなのに、妙に人懐っこく、あろうことか自分を“先生”と呼び慕っている。冷静に考えれば意味がわからない状況だが。


 「……まあ」

 ゆうこは諦めたように溜息をつくと、しゅわ丸の頭を指先でちょんと突いた。

 しゅわ丸が「きゅるっ♡」と甘ったるい鳴き声を上げる。


 「勝手に増えて、勝手に進化して、勝手に喋り始めたんだから……その責任くらいは、飼い主として取ってあげるわよ」


 「採用されたァ!?」

 「先生、それもう完全に情が移ってるって意味ですからね!?」


 しゅわ丸は言葉の意味を理解したのか、全身全霊で喜びを表現した。


 しゅわぁぁぁぁぁぁっ♡♡

 その勢いのまま、机の上にあった空のジョッキが一つ、ころん、と軽快な音を立てて転がる。


 「だめ、ほんと無理……っ、面白すぎる……!」

 サクが再び爆笑の渦に呑み込まれる中、クルスも半分呆れつつ、けれど口元には隠しきれない笑みを浮かべていた。

 「……なんかもう、ここまで来ると今さら常識を語るのも野暮ですね」

 「でしょ?」


 ゆうこは腕に張り付いたしゅわ丸を愛おしそうに見つめる。月酔雫の力で進化した、喋る危険物スライム。常識に照らせば、間違いなく特大の厄介事だ。なのに不思議と、胸の奥は温かい。


 しゅわ丸が気持ちよさそうにぷるぷると揺れ、小さな声で、もう一度だけ付け加えた。


 「しぇんしぇ……かんぱい!」


 一瞬、ゆうこは目を丸くして驚いたが、すぐにふっと柔らかな笑みをこぼした。


 「……はいはい」

 自分のジョッキを手に取り、しゅわ丸の小さな身体へ、こつんと優しく当てる。

 「乾杯」


 「しゅわ丸の進化に、乾杯!」

 サクも勢いよくジョッキを掲げ、クルスも苦笑しながら後に続いた。

 「あと……今後の不透明な危険物管理の未来に……乾杯」

 「あんた、縁起でもないこと言うのやめなさいよ」


 ギルドの一角で、笑い声が絶え間なく響く。酒と騒ぎと危険物にまみれながら、三人と一匹の宴会は、さらに混沌とした未知の領域へと「進化」を遂げていくのだった。


 ◇ ◇ ◇


 ――そして。

 気がつけば、朝になっていた。


 「……あたま、いたい……」

 テーブルに力なく突っ伏し、ゆうこが死に体の声を漏らす。

 ギルドの大広間には、空の酒瓶、無数のジョッキ、割れなかったのが不思議なほど乱雑に置かれたガラス容器、そして正体不明のつまみの残骸が散乱していた。

 あちこちで冒険者たちが力尽きて眠りこけており、そこはまさに「戦場の跡地」そのものだった。


 「先生……ご存命ですか……?」

 隣でクルスが、顔面蒼白になりながら呻いている。髪は鳥の巣のようにボサボサで、目の下のクマは地層のように濃い。

 それなのに、なぜか満足げな笑みを浮かべていた。

 「最悪の朝ですけど……不思議と、ちょっとだけ楽しかった気がします……」

 「感想が完全に反省文の締めなのよ」


 反対側では、サクが椅子にもたれかかったまま、辛うじて片目だけを開けていた。

 「……私、昨日どこまで飲んだっけ?」


 「“このジョッキは月を象る器なの”とか訳のわからないことを言いながら、自作のジョッキに一個ずつ名前をつけ始めたところまでは覚えてるわ」

 「最悪すぎる」

 「そこからさらに三杯、一気に空けてたわよ」

 「もっと最悪だよ!」


 その時、テーブルの中央から「しゅわっ♡」と、この場に似つかわしくないほど元気な音が響いた。

 三人が恨めしそうに視線を向けると、そこには空になった《琥珀ぽしゃけ・極》の小瓶にぺたりと張り付いたしゅわ丸がいた。

 昨日よりもつやつやと輝き、絶好調と言わんばかりにぷるぷるしている。


 「……なんでこいつだけ、こんなにピカピカなのよ」

 ゆうこの冷めた呟きに、しゅわ丸は得意げに身体を揺らして応えた。


 「しゅわ丸、げんき!」

 「腹立つくらい元気だな、おい!?」

 クルスが思わず身を乗り出してツッコむ。


 しゅわ丸の身体は、昨日よりもさらに透明度を増していた。青い体組織の中に、黄金の光が脈動するように混ざり合っている。

 どう見てもアルコールを栄養にしてコンディションを整えているとしか思えない。

 しゅわ丸はそのまま、ゆうこのポケットにするりと滑り込んだ。


 「進化した挙句に、二日酔い耐性まで完備してるわけ?」

 サクが引きつった笑顔で言う。

 「……まあ、発酵生命体だしね」

 「納得したくないほど合理的な理由すぎるわ……」


 その時だった。

 カツ、カツ、カツ――。


 静まり返った大広間に、規則正しく、そして冷徹な靴音が響き渡る。朝の澱んだ空気を、鋭い刃物で切り裂くような響きだった。


 「……あ」

 クルスの顔から血の気が引いていく。

 「あの足音……僕の直感が、嫌な予感しかしないって叫んでるんですけど……」


 次の瞬間。

 凛とした、けれど氷のように冷ややかな声が三人の頭上から降り注いだ。


 「おはようございます。皆様、随分と……“熱心”な検証会だったようですね?」


 「うわ、出た」

 ゆうこが恐る恐る顔を上げると、そこには昨日の受付を担当していたギルド嬢が、一切の隙がない完璧な微笑みを湛えて立っていた。




挿絵(By みてみん)

最後まで読んでいただきありがとうございます!


しゅわ丸、ついに進化しました。


S級ぽしゃけを一滴飲んだ結果、


・青琥珀色になる

・喋る

・「先生」呼びする

・二日酔いしない

・朝から元気


という、だいぶズルい存在になりました。


ここまで読んで


「しゅわ丸かわいい」

「でも絶対やらかす」

「ギルド嬢の説教が始まる」


と思ったら、


▶ブックマーク

▶★★★★★評価


で応援してもらえると嬉しいです!


あなたの応援で、しゅわ丸が

マスコット枠で済むか、ギルド公式危険物になるか

決まるかもしれません。


それでは次回、

朝から怒られます。(たぶん)

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