表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
42/54

第42話「危険物にS級ぽしゃけを飲ませた結果」

 「何を言ってるんですかこの人――っ!!」


 ギルドの一角に、クルスの全力の絶叫が木霊した。

 それに呼応するように、ゆうこも即座に鋭い手刀を突き出す。

 「待って。却下」

 「なんでだよ!」

 食い下がるガンゾーに対し、ゆうこは冷徹な眼差しで言い放つ。

 「危険生物にアルコールを摂取させるなんて、判断が雑すぎるのよ。もし暴走でもしたらどうするの」

 「いや、でもこいつ、元々アルコールみたいな生態だろ?」

 「それはそうなんだけど、だからって雑に飲ませていい理屈にはならないの!!」


 二人のやり取りを傍観していたサクは、顎に手を当てて少し考え込む仕草を見せた後、こくりと深く頷いた。

 「確かに。飲ませるなら、徹底した観察が前提ね」

 「……お前、なんでしれっと“やる前提”で話を進めてるのよ」


 呆れ果てたゆうこのツッコミに、サクは瞳をキラキラと輝かせて答える。

 「だって、気になるじゃない。未知の反応が見られるかもしれないのよ?」

 「研究者の顔をして酒飲みの言い訳をするな!」


 その時だった。

 騒がしい人間たちを余所に、テーブルの中央に鎮座していたしゅわ丸が、ぴくっ、と身体を震わせた。


 一瞬で全員の視線が一点に集中する。

 しゅわ丸は、卓上に置かれた二本の酒瓶のうち――ちょうど真ん中に位置する一本を、吸い込まれるような仕草でじっと見つめていた。


 「……ん? どうしたんだ?」

 クルスが不思議そうに身を乗り出す。

 しゅわ丸は、そのままぺちょ、ぺちょ、と短いストロークで瓶の前まで這い寄り――そのガラスの表面に、ぴと。

 吸い付くように、くっついた。


 一拍。

 二拍。


 張り詰めた静寂の後、それは漏れ出した。

 しゅわぁ……。


 「……え?」

 サクが驚きに目を瞬かせる。

 今の音は、さっきまでの元気溢れる『しゅわっ♡』ではない。明らかに、心なしか濁り、落ち込んだような響き――。

 一言で言えば、猛烈にテンションが低い。


 「……今、こいつ、しょんぼりしましたよね?」

 クルスがぽかんと口を開け、信じられないものを見る目で呟く。

 ガンゾーも太い眉をひそめ、首を傾げた。

 「なんだその反応は。毒でも入ってると言うのか」


 ゆうこは無言でその酒瓶を手に取り、ラベルを厳しくチェックした。

 「……ああ、なるほどね」

 「何か分かったの?」

 サクの問いかけに、ゆうこは少しだけ顔をしかめて答える。

 「これ、かなりの安酒ね。それも質の悪い方の」

 「おう、ギルドの定番だ。安くて酔える、冒険者の味方だぞ!」

 なぜか胸を張るガンゾーに対し、ゆうこは容赦なく言い放つ。

 「胸を張るな。雑味が強すぎるし、保存状態も最悪。たぶん発酵管理の段階で手を抜いてるわ」

 「匂いを嗅いだだけでそんなことまで分かるんですか!?」

 驚愕するクルスを鼻で笑い、ゆうこは「職人の勘よ」と肩をすくめた。


 その時、しゅわ丸が安酒の瓶から嫌悪感を示すようにすっと離れた。

 そして流れるような動作で、今度は左側に置かれた別の瓶へぺちょぺちょと移動する。


 ぴと。

 再び訪れる静寂。

 一拍、二拍と間を置いて――。


 しゅわっ♡

 「おっ、反応が変わった!」

 「今のはさっきより明らかにいい反応ですね」

 クルスが弾んだ声を上げる。サクもその変化を見逃さず、深く頷いた。

 「ええ。心なしか、ちょっと嬉しそうに見えるわ」

 「……こいつ、もしかして比較評価してるの?」

 ゆうこが目を細めて観察する。


 左の瓶は、先ほどの安酒よりは幾分マシな地酒だった。少なくとも、素材の香りを殺さない程度の丁寧さは感じられる銘柄だ。


 だが、次の瞬間。

 しゅわ丸が、びくんっと全身を激しく震わせた。

 それは恐怖ではなく、何らかの強烈な予感に打たれたような反応だった。


 弾かれたようにテーブルの端へ跳ぶしゅわ丸。


その先に置かれていたのは――

ゆうこが、あらかじめ出しておいた、ギルドに提出した小瓶とは別の《琥珀ぽしゃけ・極》の小瓶だった。


 ぴとっ!!

 しゅわっ♡♡♡♡♡♡♡!!!


 「うわっ!!」

 「な、なんだ!?めちゃくちゃ反応してるぞ!!」


 「待って、今までで一番……っていうか、比較にならないくらいテンション高いわ!」


 しゅわ丸は小瓶に全力で抱きついたまま、

ぷるぷるぷるぷるぷるっ!! と全身を痙攣させるかのように激しく揺らし始めた。


 驚くべきはそれだけではない。

 ほんのりと赤かった半透明の身体が、内側から琥珀色の光を放ち、宝石のようにきらっと発光したのだ。


 「……えっ」

 あまりの光景にサクが固まり、クルスも言葉を失って絶句する。豪胆なガンゾーですら、目の前の"発光するスライム"に気圧されて言葉を失った。


 しゅわ丸は完全にトランス状態に陥っていた。

 しゅわっ!! しゅわっ♡♡ しゅわわわわわっ♡!!!


 「……これは、ただ事じゃないわね」

 ゆうこが眉を寄せ、目を細めたその時だった。


 脳内に直接、あの調子の良い軽薄な声が響き渡った。


 ――『おお〜、見事な反応じゃのぅ♡』

 「……出たな、酒解説係」


 ――『なるほどのぅ。やっぱりそう来たか。予想通りじゃ』

 「もったいぶらずに言いなさいよ。何がどうなってるの」

 アルケラは、事態を心底楽しむようにクスクスと笑いながら告げた。


 ――『赤酔いスライムの幼体というものはな、実は“酒気の質”に対して異常なまでに敏感なんじゃよ♡』

 「酒気の質?」


 ――『うむ。雑な酒、濁った酒、良い酒、そして極上の酒――そういう“酒としての完成度”を、本能レベルで嗅ぎ分ける能力を持っておる』


 一拍の静寂。

 そして。


 「「「……は?」」」

 三人の声が、一糸乱れぬ完璧なタイミングで重なった。

 アルケラはどこ吹く風で、しれっと解説を続ける。


 ――『要するに、そやつ酒の鑑定ができるんじゃよ』

 「……ヤバいわね。利権の塊よ」

 ゆうこが真顔で即答する。


 一方、当のしゅわ丸は《琥珀ぽしゃけ・極》の小瓶に貼り付いたまま、この世の春を謳歌するように幸せそうにぷるぷるしている。


 その姿は、言葉以上に「これ最高。これ以外認めない」という強い意志を全身で体現していた。


 ゆうこはその様子を観察しながら、ふと懸念を口にする。

 「……ねえ」

 「なに?」

 「こいつ、さっきから明らかに瓶に張り付いて……“中身を飲みたがってる”わよね」

 一瞬、場が氷ついたように静まり返る。

 そして。

 「ダメですダメですダメです!!絶対ダメです!!」

 クルスがちぎれんばかりに首を左右に振った。


 「なんでよ。鑑定ができるなら、飲ませてみる価値はあるでしょ」

 「なんでじゃないですよ!!相手は赤酔いスライムですよ!?ギルド指定の危険生物ですよ!? そこにS級の超高純度ぽしゃけを飲ませるとか、普通に考えて最悪の事故フラグじゃないですか!!」


 「でも見なさいよ」

 サクが、しゅわ丸を指差して促す。


 そこには、《琥珀ぽしゃけ・極》の瓶にぺたりと密着し、

「きゅるん……♡」という、あざといとしか言いようのない愛嬌のある音を出すスライムの姿があった。


 「めちゃくちゃ欲しがってるわよ。こんなに見つめられて、断れる?」

 「可愛さで押し切ろうとしないでください!!それは高等な罠です!!」


 その時、頭の中に、例によって嫌な予感しかしない、ワクワクを隠しきれない声が響く。


 ――『ほぅ……♡』

 「出たな、ろくでもない神」


 ――『面白そうじゃのぅ。実に見応えがありそうじゃ♡』

 「その一言で、こっちは生存戦略を練り直さなきゃいけなくなるのよ」

 アルケラは愉快そうに、鈴を転がすような声で笑う。


 ――『赤酔いスライムは元々“酒気”を喰ろうて育つ発酵生命体。高位のぽしゃけ、それもこれほどの極上品に直接触れれば、変質……いや、“進化”する可能性は十二分にあるぞい♡』

 クルスの顔が、幽霊でも見たかのように引きつった。

 「“変質”とか“進化”って言い方が、もう不吉すぎて嫌なんですよ!!」

 対照的に、サクは瞳に科学的探究心の炎を灯し、期待に胸を膨らませていた。

 「つまり……レア進化イベント!?これは見逃せないわ!」

 「なんでそんなに前向きなんですか!?この状況で!」


 ゆうこは、じっと自分を見つめてくるしゅわ丸を見下ろした。

 しゅわ丸は、ゆうこと目が合ったことを察すると、ぷるん、と景気よく一回揺れてみせる。


 それから――。

 ぴと。


 ゆうこの手の甲に、甘えるようにそっと、柔らかい身体を寄せてきた。


 「……」

 「……」

 「……完全に、懐いてますね」

 クルスが、どこか遠い世界を見るような死んだ目で呟く。

 サクがニヤニヤとした笑みを浮かべ、確信を持って頷いた。


 「ええ、完全に。飼い主として認められたみたいね」

 ゆうこは無言でしゅわ丸を見つめ返す。

 しゅわ丸は、そのつぶらな瞳のような模様をきらきらと輝かせながら、「きゅ……♡」と、消え入りそうな、それでいて抗いがたい可愛さで鳴いた。


 「…………」

 数秒の葛藤。そして、深い、深い溜め息。


 「……ほんの少しだけよ」

 「先生ェェェェ!!折れたぁぁぁ!!」


 「いいでしょ別に。どうせもう私の管理下なんだから、責任は私が取るわ」

 「その管理方法が根本的に雑なんですってば!!」


 サクは、ゆうこの許可が出るや否や、指先を動かした。


 ぱきん。


 空気を結晶化させたような、薄くて透明な、芸術品のように美しい小さなガラス皿が生成される。


 ゆうこはその中央へ、《琥珀ぽしゃけ・極》の小瓶を傾け、慎重に一滴を垂らした。


 とろり。

 粘度のある琥珀色の液体が、皿の上で月光を閉じ込めたかのように揺れる。

 宴会の賑やかな灯りを反射し、それは聖杯に注がれた蜜のような神々しさを放っていた。


 「……はい。飲みなさい」

 ゆうこが皿をしゅわ丸の前に差し出す。

 それを認めた瞬間。


 しゅわ丸の全身が、ぶるるるるるるるるるっ!! と、生物の限界を超えたような速度で激しく震動した。


 「反応が完全に重課金オタクのそれなんだけど!?」

 クルスのツッコミを背に、しゅわ丸は皿へ向かってぴょこんっと一直線に飛びついた。


 ぺちょっ。

 そして――。

 ちゅる……♡


 音を立てて、その一滴を。

 たった一口、その至高の酒を吸い込んだ。


 次の瞬間だった。

 「っ!?」


 パァァァァァァァァァァッ!!


 しゅわ丸の小さな身体から、視界を白く染め上げるほどの、圧倒的な黄金の光が溢れ出した。




挿絵(By みてみん)

最後まで読んでいただきありがとうございます!


しゅわ丸、ついにS級ぽしゃけを口にしました。


安酒にはしょんぼり。

地酒にはご機嫌。

S級ぽしゃけには発光。


もう完全に、酒の違いが分かる危険物です。


ここまで読んで


「飲ませちゃダメだろ」

「でも飲ませたくなるの分かる」

「しゅわ丸、何に進化するの!?」


と思ったら、


▶ブックマーク

▶★★★★★評価


で応援してもらえると嬉しいです!


それでは次回、

しゅわ丸、進化します。(たぶん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ