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第41話「しゅわ丸、爆誕」

 そして――。


 ゆうこの肩のあたりに乗ったちびスライムが、その喧騒に合わせるように身体を揺らした。

 弾むような動きに合わせて、期待に満ちた音が響く。


 ぷるん。

 ぷるん。

 しゅわっ♡


 「……」

 「……」

 「……先生」

 沈黙を破ったのは、クルスだった。

 彼は手元のジョッキを置き、どこか遠い目をして、それでいて妙に真剣な顔で呟いた。

 「その子、もう完全に宴会メンバーですね」


 ゆうこは、自分の肩でご機嫌に跳ねるちびスライムを横目で見る。

 すると、ちびスライムも視線に気づいたのか、なぜかちょっと誇らしげに胸(?)を張って揺れた。

 そのあざといまでの可愛らしさに、ゆうこは呆れつつも、自身の頬が緩むのを止められなかった。


 しゅわっ♡

 「……そうね。たぶん、もううちの子だわ」

 観念したようにゆうこが笑った、その瞬間。

 ギルドのあちこちから、地鳴りのような拍手と野次が巻き起こった。


 「おおおおおおお!!」

 「テイム成立だァァァ!!」

 「名前つけろ名前!!」

 「酒持ってこい酒!!」

 「なんで全部酒に繋がるのよ!!」

 ゆうこの鋭いツッコミさえ、荒波のような歓声にかき消されていく。


 赤酔いの谷から持ち帰ったものは、琥珀のカケラだけではなかった。

 危険で、可愛くて、意味不明で。

 でも、ほんの少しだけ愛着が湧いてしまった、新しい“厄介な居候”も一緒だったのだ。


 そしてきっと――。

 この小さな赤いぷるぷるが、またろくでもない騒動を呼び寄せることになる。

 そんな予感だけは、その場にいた全員がうっすらと共有していた。

 だが、今はまだ、その不吉な未来を憂う時ではない。


 「先生ー!!早くこっち来てください!!乾杯始まりますよ!!」

 「ゆうこ!!この席、樽の近くで当たりよ!!」

 「当たりの基準が酒しかないじゃない!!」


 しゅわっ♡


 「お前まで乗るな!!」

 笑い声とツッコミ、そしてジョッキがぶつかり合う快音が、ギルドの天井を突き抜けんばかりに響いていく。

 こうしてその夜、ギルドでは、久しぶりとなる“危険物同伴の大宴会”が盛大に幕を開けたのだった。


     ◇


 宴会開始から、わずか十五分後。

 狂乱の宴は、早くも一つの山場を迎えようとしていた。


 「で、名前は?」

 サクが前のめりに身を乗り出し、期待に目を輝かせて問う。

 ゆうこは即座に反応した。

 「早いな」


 目の前の長机には、すでに山積みの串焼きと、湯気を立てる謎の漬け物、そして溢れんばかりの酒瓶が並んでいる。

 その中心に、ちび赤酔いスライムがちょこんと鎮座していた。


 ぷるん。

 まるで自分が今日の主役であることを完全に理解しているかのような、堂々たる佇まいである。


 サクは頬杖をつきながら、しみじみとその姿を眺めた。

 「だって必要でしょ。もう完全に、そこに“いる”んだから」

 「“いる”で通すには存在が危険すぎるのよ、こいつは。歩く揮発油みたいなもんなんだから」

 「でも呼び名がないと不便じゃないですか? ずっと“そのスライム”って呼ぶのも、なんだか味気ないですし」

 意外なことに、クルスまでが命名に乗り気だった。


 ゆうこは周囲を見渡すが、誰もが当然のように"名前があって当たり前"という顔をしている。

 「……あんたたち、順応が早すぎるのよ」

 とはいえ、言いたいことは理解できた。

 このちびスライムには、逃げる気配が微塵もない。

 むしろ、ゆうこの白衣の袖口や肩、ジョッキの横を、まるで自分の領土のようにぺちょぺちょと気ままに移動し、くつろいでいる。


 しゅわっ♡


 「……うん、まあ。名前くらいは、あってもいいかもね」

 ゆうこがため息混じりに許可を出した、その瞬間だった。


 「よしきたァ!!」

 「名前会議だ!!」

 「酒を持て!!」

 「なんで毎回、勢いだけは祭りなのよ!!」


 ギルド中の酔っ払いどもが、獲物を見つけた猛獣のような勢いで食いついてきた。

 ガンゾーが豪快に笑いながら、重厚なジョッキを高く掲げる。


 「よぉし!!『第一回・名付け親選手権』の開催だァ!!一番いい名前を出した奴には、俺から樽一杯おごってやる!!」

 「報酬が雑すぎる!!」

 「雑じゃねぇ、夢があるんだよ!!」

 「この町の夢、全部アルコールで構成されてるな……」

 クルスが遠い目で呟く中、怒号のような名前案が次々と飛び交い始めた。


 「赤丸あかまる!!」

 「安直すぎてひねりがない!!」


 「しゅわりん!!」

 「可愛さに寄せすぎて胃もたれするわ!!」


 「発酵太郎!!」

 「急にダサいのよ!しかも太郎って何!?」


 「ワインボム!!」

 「隠す気ゼロか!そのまま爆発しそうじゃない!!」


 「アルコちゃん!!」

 「あの酒神が調子に乗るから絶対に却下!!」


 ――『えぇ〜♡』

 「空耳が聞こえた気がするけど、お前は黙ってろ!!」

 ゆうこが虚空に向かって一喝する中、サクも真剣な表情で腕を組んでいた。

 「うーん……見た目のルビーみたいな綺麗さを活かすなら、“ルビー”とかどうかな?」


 その提案に、ちびスライムがぷるんと揺れた。

 満更でもない、悪くない反応だ。


 「いやでも、赤酔い由来を残したい気もしますね……“アカヨ”とか、どうです?」

 クルスが恐る恐る提案すると――。


 しゅわっ♡

 「……あ、ちょっと反応した」

 「えっ、今の“それも悪くない”ってことですか!?」

 クルスが妙に嬉しそうに身を乗り出す。


 だが、外野の酔っ払い勢の暴走は止まらない。

 「ポン酒!!」

 「ジャンルを限定するな!!」


 「ベロン!!」

 「名前がもう酔っ払いの擬音なのよ!!」


 「スラ公!!」

 「昭和のペットみたいな哀愁出さないで!!」


 「赤玉ァ!!」

 「それはそれで別の意味で美味しそうだからやめて!!」


 ちびスライムは、次々と投げかけられる不名誉な名前案を聞くたびに、ぷるん、しゅわっ、ぺちょ、と微妙に反応を変えている。


 その様子を観察していたゆうこは、ふとある確信を抱いた。

 「……これ、もしかして。こいつ、自分で選んでない?」


 一瞬、嵐のような騒ぎがピタリと止まった。

 「「「おおおおおおおおお!!?」」」

 「選考参加型なのかよ!?」

 「賢すぎるだろ、おい!!」

 「やっぱただのスライムじゃねぇ!!」

 「危険物の知能が高いとか、タチが悪いのよ!!」

 ゆうこが頭を押さえたその時、カウンターの端で様子を伺っていた受付嬢が、おずおずと控えめに手を挙げた。


 「……あの、いいでしょうか」

 「ん? 何かある?」

 「赤酔いの谷から来て、赤くて、しゅわしゅわしてて……でも、先生にとても懐いているのなら……」

 彼女は頬を赤らめながら、小さな声で紡いだ。


 「しゅわ丸……とか……」


 一拍。

 二拍。

 静寂が場を支配する。


 そして――。

 ぷるるんっ!!

 ちびスライムが、今日一番の跳躍を見せた。

 しゅわっ♡♡♡


 「「「あっ」」」

 「今の明らかに“大好き”の反応ですよ!!」

 クルスが立ち上がって指を差す。サクも興奮を隠せない様子で身を乗り出す。

 「かわいい!!しゅわ丸、語感も響きもめっちゃかわいい!!」

 「決まりじゃねぇか!!」

 ガンゾーが机を叩いて笑うが、ゆうこは一度だけ、制止するように手を上げた。


 全員の視線が、名付け親(仮)である彼女に集まる。

 ゆうこは、長机の上で期待に満ちてぷるぷるしている小さな命を見つめた。

 赤くて、危なくて、生態もよく分からなくて。

 でも、妙に愛嬌があって放っておけない。

 まるで、この理不尽で愛おしい異世界そのものを凝縮したような存在。


 そして何より、この小さな相棒が最も嬉しそうに反応した名前は、確かにこの場に馴染んでいた。


 ゆうこはふっと、柔らかく口元を緩める。

 「……そうね。今日からあんたは――しゅわ丸よ」

 一瞬の静寂。


 ぷるんっ!!

 しゅわっ♡♡♡

 ぴょこんっ!!

 しゅわ丸は歓喜の声を上げながら、テーブルの上を縦横無尽に跳ね回り始めた。


 「うわっ!?」

 「めちゃくちゃ喜んでる!!」

 「分かりやすすぎるでしょ、こいつ!!」

 ひとしきり暴れた後、しゅわ丸はぴとっ、とゆうこの手の甲に吸着した。


 まるで「これからよろしくな」と、信頼を預けるように。

 「……はいはい。よろしく、しゅわ丸」


 その瞬間、ギルド中から割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こった。


 「おおおおおおおおおお!!」

 「名前決定祝賀会だァァァ!!」

 「しゅわ丸!!お前も飲めェェェ!!」

 「いや、こいつには飲ませるな!!二次災害が起きる!!」

 「いいじゃねぇか、祝い酒だ!!」

 「全部酒で解決しようとするんじゃないわよ!!」


 サクはもう、すっかり保護者のような慈愛に満ちた目でしゅわ丸を眺めている。

 「ねえ、やっぱり可愛すぎない?」

 「危険生物に対して、まず可愛さが来るのがおかしいのよ……感覚が麻痺してるわ」

 「でも……なんだか、いいですね」

 クルスが照れくさそうに笑いながら、グラスを傾ける。


 「何がよ」

 「こういうのですよ。初めての採取で、初めての成果で……初めて、自分たちの足で連れて帰ってきたものに名前をつけるのって。冒険者になったんだなって、少しだけ実感します」


 やわらかな空気が三人の間を流れる。サクも同意するように深く頷いた。

 ゆうこは何も答えなかったが、手の甲に伝わる心地よいぷるぷるとした感触を、否定することもしなかった。


 しゅわっ♡

 「……調子いいわね、あんた」

 呟いた言葉に、棘はなかった。

 全く、悪くない気分だったからだ。

 だが、その平穏を破ったのは、やはりあの男だった。


 ガンゾーが、獲物を狙う猟師のような邪悪な笑みを浮かべて宣言する。

 「よぉし。名前も決まったことだし――今度は“しゅわ丸歓迎会”の開始だァァァァァァ!!」

 「増やすなァァァァァ!!」

 「ただの飲み会の口実でしょ!!」

 「当然だろうが!!酒が飲めれば理由はなんでもいいんだよ!!」

 「開き直るな!!」

 だが、もはや誰にも止められない。


 ギルド全体が

 「しゅわ丸!」

 「歓迎だ!」

 「ちび危険物万歳!」と、完全なお祭りモードに突入してしまった。

 しかも、その中心にいる主役本人までが、得意げに全身を波打たせている。


 「……なんか、馴染むの早すぎない?」

 「飼い主に似たんじゃない?」

 「誰が危険物よ」

 「そこは否定しきれないんですよね、先生……」

 「クルス、あとで表に出なさい。みっちり教育してあげるから」

 「なんでですか!?今のは褒め言葉ですって!!」

 笑い声が広がり、ジョッキの音が鳴り響く。

 しゅわ丸が、それに応えるようにしゅわっと鳴く。


 そしてその夜、ギルドの宴会は、さらなる未知の領域へと加速していくことになった。

 “名前がついた”ことで、しゅわ丸のモチベーションが、あるいは魔力が、妙な方向に活性化してしまったからだ。


 「で、歓迎会って具体的に何をするつもりなんですか?」

 クルスが、すでに魂の半分が抜けたような顔で問いかけた。


 ガンゾーは、さも当たり前だという風に答える。

 「決まってんだろ」

 ドンッ、と。

 カウンターの奥から、見たこともないほど巨大な、ラベルさえ付いていない怪しげな酒瓶が二本、卓上に並べられた。


 「飲ませる」

 「何を」

 「酒を」

 「……誰に?」

 「しゅわ丸に」


 その言葉が、その夜、本当の伝説の幕開けとなることを、彼らはまだ知る由もなかった。




挿絵(By みてみん)

最後まで読んでいただきありがとうございます!


しゅわ丸、爆誕しました。


ここまで読んで


「命名会で宴会するな」

「しゅわ丸かわいい」

「でも酒を飲ませたら絶対ダメなやつ」


と思ったら


▶ブックマーク

▶★★★★★評価


で応援してもらえると嬉しいです!


あなたの応援で、しゅわ丸が

マスコット枠で済むか、災害枠に進化するか

決まるかもしれません。


それでは次回、

しゅわ丸歓迎会(たぶん地獄)

でお会いしましょう!

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