表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
4/54

第4話「過労死寸前の聖剣使い」

「今日はどうされましたか?」


 目の前の男を見た瞬間、私の脳内で警報アラートが鳴り響いた。

 (あ、これ……普通じゃない。関わったらHP削られるタイプだ)

 男は、魂が肉体を置き去りにして暴走しているような、不規則な震えを纏っている。


 すると男は、音速で頭を下げた。

 「初めまして『クルス』と申します!!」


 声だけが無駄にデカい。

 目の下には、数多の夜を焼き尽くしてきた証——漆黒の「死の刻印クマ」が刻まれ、さらに両腕の手首から肘にかけて、何かを隠すように白い包帯が幾重にも巻かれていた。


 そして次の瞬間、言葉の洪水が溢れ出した。

 「本日!聖なる排泄の儀を執り行っていた際、我が聖剣エクスカリバーから……凄まじい『紅』が溢れ出したのです!!床が!! 鮮血のブラッディ・シー!!俺の、俺の禁域(股間)から、選ばれし者しか流せないはずの聖杯の雫が出てるんですけどォ!?!!」


 主語も述語も、ついでに正気も完全崩壊。

 「血尿ですね(笑)」

 ゆうこは、半分呆れながら即答した。


 「え!?いや待ってくださいよ! この2年間、俺の聖剣は一回も抜剣しゅつげきしてないんですよ!?仕事と睡眠を等価交換するだけの永久機関だったんですよ!?そんな平和主義の股間から、なんで出血イベントが発生するんですか!?」


 理屈ではない。彼は今、純粋な恐怖で「設定」を垂れ流している。

 ゆうこは淡々と問いかけた。

 「1日、何時間働いてるの?」


 「18時間。365連勤を2セット……合計730連勤です」


 診察室の空気が凍りついた。(……なるほど。彼は『連勤術師』か)


 「重度の“過労”です」


 「過労!?待って、今その概念が俺の脳内で初めてエンカウントしたんですけど!『過労』という名の魔物が今まさに生成されましたよ!」


 彼の脳は、必死に過去の「知識」と照らし合わせていた。遅漏。早漏。そのあたりまではネットの海で拾ったらしい。


(遅漏は、遅く行くこと。早漏は、早く行くこと。じゃあ、過労は……?)


 「過労って、使いすぎると股間から『紅』が溢れ出す呪いか何かですか!?一度も解放アンリーシュしてないのに!?」


 「点滴が必要ですね」


 その一言で、クルスの思考はさらに最悪の領域エリアへ。

 「点滴!?どこに!?」

 嫌な沈黙。

 「……え、待って」


 クルスの顔がみるみる青ざめていく。

 「いや待て待て待て、まさか、そこに……? 聖剣ポコちんに針刺すんですか!?そんな処刑みたいな医療あります!?禁忌目録に触れませんか!?」


 「ぽしゃけのアレルギーは?……あ、大丈夫。それにしても、だいぶ“疲労”が溜まってますね」


 「疲労!?また新しい『労』が降臨したんですけど!?」


 「疲労だよ。全身に溜まってるの」


 「全体!?弾丸タマだけじゃなく銃身サオにも蓄積するタイプ!?疲労、概念として上位互換すぎるんですけど!!」


 「もういいから!要するに、それだけ“苦労”したってこと!」


 「苦労ォ!?!?」

 

 遅漏、早漏、過労、疲労、苦労。

 五つ子の呪文を浴びせられたクルスの脳は、ついに灰になった。


 「じゃあ、刺すよー」

 注射器の空気をピュッと抜く。

 その音を聞いた瞬間、クルスの中で何かが決壊した。先延ばしにしてもしょうがない。過労とか疲労とか、おっかねぇ話されたらさ、覚悟決めるしかないよな!


(男として、すべてを受け入れよう——)

 

 ポロン。


 クルスのクルスが顔を出した。コンニチワ


 「……え、何してんの?」

 「え?……ここに、エンチャント(注射)するんじゃ、ないんですか……?」


 「そんなとこ刺すわけないでしょ!!早く閉まって!!腕を出せ!!」

 ゴミを見るような視線を浴びせ、ゆうこは腕に針を刺した。


 すべてを悟ったクルスは、賢者のような顔で寝たふりを始めた。

 (無になれ……考えるな……。点滴は液体だ……何が入ってる? 魔力か? 聖水か?)


 「はい、力抜いてくださいねー」

 「……抜いてます」

 「股間がオリハルコンみたいに硬いですけど」

 「なってません!!」


 「大丈夫。ただの栄養点滴ですから」

 「栄養……(……俺は今、魔力供給を受けているのか?)」


 ぽた……ぽた……。

 しばらくして、クルスは「覚醒」に気づいた。軽い。頭が妙にクリアだ。視界が、呼吸が、神の領域へ到達していく。


 「身体が……うずく……」

 「ええ、楽になりますよ」

 「いや、そんなレベルじゃない。溢れる……力が溢れるぞ……!」


 彼はガバッと起き上がった。鉛の鎧を脱ぎ捨てたような万能感。瞳には、ヤバすぎる輝きが宿っている。

 「先生……俺、まだ戦えます。365連勤、3セット目……おかわりいけます」


 「寝ろ!!」


 クルスは目を閉じたまま、じっとしていた。最初はただ死の恐怖で硬直していただけだったが、数分も経つ頃には身体の奥底で何かが劇的に変わり始めていた。


 じわりと、冷えた石に湯を注いだような熱が戻ってくる。凍りついていた手足の指先にドクドクと血が巡る鼓動を感じ、鉛のように重かったまぶたが今は羽のように軽い。肺の隅々にまで澄んだ空気が染み渡り、頭を覆っていた灰色の霧が急速に晴れていく感覚に包まれる。


 「……あれ?」


 クルスはゆっくりと目を開けた。視界に飛び込んできたのは、無骨な木の梁と少し染みのある白い天井だ。さっきまで処刑台のように冷たく感じられたベッドが、今は驚くほど心地よく感じる。


 「どうしました?」

 ゆうこが手元の書類にペンを走らせながら、視線を上げずに尋ねる。


 クルスは呆然としたまま自分の両手を見つめた。指を開き、閉じ、もう一度強く握りしめる。

 「……動く。動きます、これ」

 「当たり前です。生きてるんですから」

 「いや、そういう次元じゃなくて」


 クルスは弾かれたように身を起こした。

 「なんか……内側から『生きてる感』が、猛烈に湧いてきたというか……!」

 その瞬間だった。


 ぐうぅぅぅぅぅぅ…………!!

 腹の底から、獣の叫びのような音が鳴り響いた。静かな病室にはあまりに不釣り合いな大音量に、部屋の空気が一瞬で凍りつく。


 「あはは! めっちゃ鳴るじゃない!」

 サクが堪えきれずに吹き出した。


 クルスは信じられないものを見る目で自分の腹を見下ろすと、獲物を見定めたハンターのような目つきで顔を上げた。

 「肉だ」

 「はい?」

 「肉が食べたい。今すぐに」


 ゆうこが眉をひそめる。

 「急ですね。さっきまで死にかけてた人のセリフ?」


 「急じゃないです。これはもう、細胞レベルの要請なんです」

 「要請?」

 「身体が、俺の全組織が叫んでるんです。『肉を寄越せ』と!」


 クルスは胸元を掴み、切実な表情で訴えた。


 「脂じゃない……魚でもない……これはもっとこう……」

 「もっとこう?」

 「焼いた肉です。直火で炙られた、暴力的なまでの肉です」


 「注文が限定的すぎるでしょ!」

 サクが膝を叩いて笑い、クルスはかつて徹夜でプロジェクトを完遂させた時のような、異常なまでの集中力を瞳に宿して言い放った。

 「俺は本気です」


 「私に任せなさい」

 サクが根拠のない自信に満ちた顔で胸を張ると、ゆうこは即座に嫌な予感を察知した。

 「その顔やめて。大体ろくでもないことが起きる時の顔だから」


 「失礼ね。この町で『焼いた肉』っていったら、行く場所は一つしかないわ」

 サクの言葉に、クルスが期待を込めてベッドから身を乗り出す。

 「あるんですか!? そんな理想の場所が!」


 「あるわよ。――『ギルド』よ」




挿絵(By みてみん)

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


今回は「過労死寸前の聖剣使い」ことクルスの初登場回でした。


・365連勤×2セット

・血尿

・ポコちんに点滴されると思い込む


と、かなり重症でしたが、無事(?)回復しました。


結論:

ちゃんと寝て、ちゃんと食べれば大体なんとかなります。


……たぶん。


そして治療後に訪れるのは――

圧倒的「肉欲」。


ここから舞台はギルドへ。

酒だけじゃなく、ちゃんと飯も絡んでくる回になります。


「クルスやばすぎる」

「普通にブラックすぎる」

「ポコちんに針はやめてほしい」


と思った方は、


▶ブックマーク

▶★★★★★評価


で応援していただけると嬉しいです!


あなたの一押しが、クルスの連勤を止める力になるかもしれません。


感想も大歓迎です。

過労の自覚がある方は、まず水と睡眠をどうぞ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ