第26話「神の白衣と異空間ポケット」
この世界に似つかわしくないほど、やけに清潔で、やけに神々しく、そしてやけに腹立つくらいタイミングがいい。
空から降ってきたその純白の布切れを前にして、サクが驚愕に目を丸くした。
「白衣……?」
クルスも戦いの最中に痛めた片足を押さえたまま、信じられないものを見る目でぽかんと口を開けた。
「先生の……戦闘服?」
クルスの呟きに、ゆうこは食い気味に声を荒らげる。
「そんな物騒な職業じゃないわよ!!」
否定しながらも、ゆうこはその不思議な質感に抗えず、思わず一歩近づいていた。地面に落ちた白衣を拾い上げ、その布地に指先で触れる。
さらり、とした清涼な感触が指を滑った。驚くほど軽い。けれど決して安っぽくない。手に取った瞬間に、まるであつらえたかのように自分の腕に馴染むのが分かった。
――『どうじゃ♡気が利くじゃろ?』
脳内に直接響く、これ以上なく調子に乗った声。
「お前かァァァァァ!!」
ゆうこは即座に天を仰ぎ、赤酔いの谷のどんよりとした空に向かって叫んだ。
――『せっかく“ぽしゃけ医”を名乗るなら、やっぱり白衣は必要じゃろ?見た目って大事じゃし、格好から入るのも立派な戦略じゃぞい♡』
「その理屈だけは、正論なのが死ぬほど腹立つ……っ!」
悔しさに歯噛みしながらも、ゆうこは白衣を羽織った。サクが興味津々にその白衣を覗き込む。
「見た感じは、普通の白衣……に見えるけど」
「いや、待って」
ゆうこが不意に眉をひそめ、一点を凝視した。彼女の鋭い視線が、白衣の右側だけについているポケットに止まった。
左側には何もない。本来あるべき胸ポケットさえない。なのに右側だけ、妙に立体的な存在感を放っている。
なんかこう……"私、隠し持ってます"と言わんばかりの、“何かある顔”をポケットそのものがしているのだ。
「……絶対これ、ろくでもないやつでしょ。何仕込んだのよ」
――『察しが良くて助かるのぅ♡さすがは我の愛弟子じゃ!』
「褒めてない。不吉な予感しかしてないから」
溜息をつくゆうこに対し、アルケラは一段と得意げな、鼻高々な声で続けた。
――『その右ポケットな、ただの布きれじゃないぞ。異空間ポケットになっとるんじゃ』
「……は?」
聞き慣れない単語に、クルスが思考を停止させて固まる。対照的に、サクは冒険心をくすぐられたのか、らんらんと目を輝かせた。
「異空間!?もしかして、伝説の収納系アイテム!?」
――『そうじゃ。そこ、我の住まう天界の収納領域と繋がっとるんじゃよ。神の御業を間近で拝める、特別仕様じゃ♡』
その言葉の直後、現場には奇妙な沈黙が流れた。
「待て待て待て待て」
数秒後、ゆうこが制止するように即座に手を上げた。
「情報を一回止めろ。天界?収納領域?何を言ってるのか一ミリも理解できないし、したくないわ」
――「つまりじゃな」
アルケラは、まるで理解の遅い子供に言い聞かせるような、わざとらしく優しい口調で言った。
――『そのポケットには、お主が自分で入れた物を、物理的な容積を無視して自由に出し入れできるということじゃ。四次元的な何かと思えばよい♡』
「……要するに、高度な収納魔法みたいなもの?」
サクが脇から補足するように呟いた。
――『そうそう!そういう理解でよいぞい♡しかも、取り出したい物を思い浮かべれば、瞬時に手元に現れる。カバンの中をガサガサ探して“あれ、包帯どこだっけ?”なんて醜態を晒さんで済むのじゃ』
話を聞いていたクルスの目が、驚きで見開かれた。
「えっ、それってめちゃくちゃ凄くないですか!?冒険者なら喉から手が出るほど欲しい至宝ですよ!」
「いや、待って。めちゃくちゃ便利だけど、この性格の悪い神が、何の裏もなくタダで寄越すとは到底思えないのよ」
ゆうこの疑念は、これまでの付き合いから導き出された最も合理的な結論だった。
事実、アルケラは一拍置いてから、さらに含みのある、嫌な笑みを浮かべて言った。
――『もちろん、神の慈悲にも制限はあるぞ♡』
「ほら来た!何よ、言ってみなさいよ!」
――『まず一つ。アルケラの天界に“元からある物”は絶対に出せん』
「は?どういうことよ」
――『つまり、“神の秘蔵酒出して♡”とか、“天界の伝説級ポーションで無双させて♡”とか、そういうおねだりは一切通用せんということじゃ』
「いや、今まさにちょっとだけ期待して、出してほしかった候補をピンポイントで先回りで潰すな!!」
ゆうこが激しくツッコむ横で、サクが不満そうに頬を膨らませた。
「えー、そこはケチらなくてもいいのに。神様なんでしょ?」
――『ケチではない。これは世界バランスへの高度な配慮じゃ。我は意外と真面目なんじゃぞ♡』
「今まで一回でもバランスを配慮したような言動を見せたことのある神が、どの口で言ってるのよ」
呆れ果てるゆうこをよそに、クルスが恐る恐る手を挙げた。
「えっと……ということは、あくまで俺たちが現実で手に入れた物だけを、一時的に保管できる場所、ということですか?」
――『そういうことじゃ。いわば、お主ら専用の天界倉庫といったところかのぅ♡』
「なるほど……。それでも十分に画期的ですよ」
クルスは素直に感心し、自分の重たい荷物を見つめた。
一方でサクは、実用的なメリットに気づいてニヤリと笑う。
「じゃあ、この谷で採取した珍しい素材とか、予備の薬瓶とか、かさばる手術道具とか、全部持ち運び放題じゃない。ゆうこ、これ革命だよ」
「……」
サクの言葉を受け、ゆうこの目つきが鋭く変わった。
それはもう、不審な神を疑う目ではない。現場の混乱の中で、いかに効率よく処置を回せるかを高速でシミュレーションする、百戦錬磨の医療従事者の目だった。
「収納、即時取り出し、ブラインドでの片手アクセス……」
ボソボソと、呪文のように有用性を呟き始める。
「応急処置キット、清潔な包帯、消毒液の予備、縫合用の針、各種薬液、非常用の簡易食、保存水……。これらが全部、一つのポケットにまとめられるっていうの……?」
――『できるぞい。お主の思考次第で、整頓も自由自在じゃ♡』
「しかも右ポケット固定なら、利き手からの動線も完璧に組みやすい……。処置スピードが劇的に上がるわね……」
――『おっ、いい目つきになったのぅ。できる女の顔をしとるぞ♡』
「うるさい、今ちょっと黙って。計算してるんだから」
ゆうこの表情は真剣そのもの、いわゆる「ガチ」の状態だった。その迫力に、サクがくすっと楽しそうに笑う。
「ふふ、落ちたわね」
「……何がよ」
「便利グッズの魔力に。もう手放せなくなってるでしょ?」
「……否定できないのが、死ぬほど悔しいわね……!」
悪態をつきながらも、ゆうこの視線はしっかりと、足元の瓶の中にある"赤酔いスライム"を見据えていた。
瓶の中では、無理やり圧縮されて丸くなった禍々しい赤い塊が、ぷる……ぷる……と獲物を狙う獣のように不穏に震えている。
透き通った見た目だけなら、ちょっと高級なチェリーゼリーのようにも見えるが、その中身はアルコールと魔力による、完全に移動式の災害だ。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
今回のまとめ
アルケラ「白衣あげる♡」
↓
ゆうこ「いらん!」
↓
着る
↓
ガチで最強装備
ここまで読んで
「ポケット欲しい」
「でも絶対やらかす」
「クルスが在庫になる未来見えた」
と思ったら
▶ブックマーク
▶★★★★★評価
で応援してもらえると嬉しいです!
あなたの応援で
ポケットの中身が「医療道具→なぜか酒」で埋まるかもしれません
それでは次回、お会いしましょう!




