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第25話「巨大ぷるぷる、瓶詰め完了」

 「――【圧縮】!!」


 一瞬、周囲の空気が重く静まり返った。目の前の赤酔いスライムたちが、まるで見えない重圧に押さえつけられたかのように、ぴたりと動きを止める。


 次の瞬間、ぶるるるるるるっ!!


 不気味な震動が響き渡った。群れ全体が一斉に激しく震え始め、核となる部分へ向かって急激に収束していく。


 「効いてる!?」

 サクが期待に目を見開いて叫ぶ。その視線の先では、スライムたちの身体を構成する液体が無理やり中心へと引き寄せられていた。ぷるぷると、あるいはぐにゃぐにゃと。無数の個体が形を崩しながら赤い液体として凝縮されていく。小さなスライムたちが、ひとつに、またひとつに、さらにひとつに――。


 やがて、どぷん、という重厚な音が響いた。そこに残ったのは、もはや個としてのスライムでもなければ、ただのゼリーでもない。**巨大な、赤い“ぷるぷるの塊”**が、圧倒的な存在感を放って鎮座していた。


 「……」

 「……」

 「……なにこれ」


 クルスが呆然と口を開け、その異様な光景にぽかんとする。目の前にあるのは、もはや敵というより、巨大な酒ゼリーとでも呼ぶべき物体だった。ぷるん、と一度揺れるたびに、甘く、それでいて脳を焼くような危険な香りがふわっと周囲に漂う。


 「ちょっと待って。これ、見た目だけならめちゃくちゃ美味しそうなんだけど」

 サクが陶酔したように目を輝かせ、一歩踏み出そうとする。


 「絶対食うな」

 ゆうこが感情を排した声で即座に制止した。

 「これは経験上、“食ったら終わるやつ”です」

 クルスも引きつった真顔で深く頷き、サクの袖を引っ張って引き留める。


 その時だった。天から降るような軽薄な声が響く。


 ――『おお〜、見事にまとまったのぅ♡』

 「出たな観戦酒神!!」

 アルケラの声はやたらと楽しそうで、事態を面白がっているのが丸わかりだった。


 ――『それ、“発酵核”を含んだ当たり個体じゃぞい』

 「……発酵核?」

 ゆうこが訝しげに眉をひそめる。


 ――『うむ。赤酔いスライムの中でも、ごくたまに“谷の酒気”を濃く溜め込んだ個体がおってのぅ。それを上手く処理すると――』

 アルケラが、わざとらしく妙な間を取った。


 ――『ちょっと良い酒の素材になる♡』


 一瞬の静寂。


 「持って帰るわよ!!」

 サクが爆速で叫んだ。

 「早いな!!」

 「だって素材なんでしょ!? 酒になるんでしょ!? 拾うしかないじゃない!!」

 クルスがドン引きするのも構わず、サクは鼻息荒く身を乗り出す。


 「えっ……これ、本気で持って帰るんですか……?」

 「もちろんよ」


 怯えるクルスに対し、ゆうこはどこまでも真顔だった。その瞳には、医者としての冷静さと採取者としての情熱が同居している。


 「危険物は、ちゃんと管理下に置くのが基本だから」

 「今ちょっとだけ医療っぽいこと言いましたけど、目が完全に“レア素材ゲットした錬金術師”のそれなんですよ!!」

 クルスのツッコミを無視し、サクはすでに魔力でガラスの保存容器を生成し始めていた。


 ぱきん、と澄んだ音が鳴る。

 「任せなさい。こういう時のための【ガラス生成】よ」


 サクが不敵に笑うと、ぱきん!と生み出されたガラスの筒が飴細工のように滑らかに膨らんだ。底が丸く、口が少し狭い、特大の保存瓶が形作られていく。丸みを帯びた頑丈な胴体、そして中身を入れやすい広めの口。完璧な仕上がりだ。


 ゆうこはその瓶を受け取り、ずいと前へ出た。白衣の裾が風にふわりと揺れる。


 「よし」


 その顔はもう、完全に採取モードに入った現場のプロのものだった。巨大な赤酔いスライムの塊を見据え、短く息を吐く。

 「――じゃ、回収始めるわよ」


 その瞬間、巨大な塊がぴくりと震えた。本能的に「何かとんでもなく嫌な予感がする」と察したのか、ぷるん……と一歩ぶん後ずさる。


 「逃がすか!」

 ゆうこの目が据わった。一気に間合いを詰め、右手で瓶を構え、左手を真っ直ぐに突き出す。


 「――【圧縮】!!」


 再び、空気がぎゅっ、と音を立てて収縮する感覚が走った。


 どるるるるるるるるっ!!


 巨大スライムの表面が激しく波打ち、赤い半透明の身体が内側から絞り上げられるように中央へ集約されていく。


 「うおっ!?また始まった!先生の“なんかもう説明不能な現場スキル”!!」

 クルスが驚愕して一歩下がる。

 「うるさい、集中してる!」


 スライムは必死に抗い、ぶるぶると震えながら左右へ広がって逃げようとする。だが、ゆうこの放つ圧縮の力はそれを許さない。広がった端からぐにゅ、ぐにゅ、と強引に押し戻されていく。人の胴体ほどあった巨体が、みるみるうちにスイカほどのサイズまで縮小していった。


 「すっご……。なんかもう採取っていうか、瓶詰め工場じゃない?」

 「食品ラインみたいに言うな」

 サクの感嘆を即座に否定しつつも、ゆうこは額に汗を浮かべて全神経を集中させる。


 「もう一段階……!」

 ぶぎゅっ!!という断末魔のような音と共に、赤酔いスライムはついに観念したように激しく震え、次の瞬間には両手で抱えられるほどのサイズにまで縮んだ。


 「今!」


 ゆうこが瓶を前へ突き出すと、圧縮された赤い塊が見えない力に吸い込まれるように瓶の口へと滑り込んだ。ぐにゅるるるっ!と抵抗する感触を無理やり押し込める。


 「入れ入れ入れ入れ……!がんばれ先生!いやスライム!?どっち応援すればいいんだこれ!?」

 「黙って見てなさい!!」


 クルスの混乱をよそに、最後はぷるんっ! と名残惜しそうに震えた赤い塊が、すぽんっ、と見事に瓶の中へ収まった。


 カラン、と小気味よい音を立ててサクがガラスの蓋を生成し、即座に口を閉ざす。


 ぱちん。密閉、完了。


 瓶の中では、極限まで圧縮された赤酔いスライムが、不満げにぷるぷると揺れていた。


 「……入った」

 「入ったわね」

 「入りましたね……」


 三人はしばし無言で、その瓶を囲んだ。光を透過してきらきらと輝く赤い塊は、工芸品のような美しさを放っている。だが、その美しさは死と隣り合わせだ。


 「……これ、もし瓶が割れたらどうなります?」

 クルスが恐る恐る尋ねる。

 「たぶん酔って燃えて発酵して地獄」

 「簡潔に最悪!!」

 ゆうこの無慈悲な回答に、クルスが頭を抱える。

 「でも、すごいわよ。発酵核入りの赤酔いスライムなんて、そうそう手に入るものじゃないわ」

 サクはうっとりと瓶を覗き込み、既にその使い道を考えているようだった。


 ――『うむうむ♡なかなかの当たりじゃぞい』

 「お前はもう実況席から降りろ」

 ゆうこが冷たく言い放つが、アルケラはどこ吹く風だ。


 ――『よし。気に入った。ひとつ贈り物をくれてやろうぞ♡』

 「いらない!!」

 「今の流れで“いる”判定するの危険すぎるでしょ!!」

 サクとゆうこの叫びが重なる。

 「俺、神様の“贈り物”って聞くだけで嫌な汗が出るんですけど!?」

 クルスも半泣きで訴える。


 ――『安心せい。今回はかなり実用的じゃ』

 「“今回は”が不穏なんだよ!」

 叫びが響くその瞬間だった。空の彼方から、ひゅるるるるる……と、何かが風を切って落ちてくる音が聞こえてきた。

 「……また?」

 「またですね」

 「またね」

 三人が同時に空を見上げた。


 バサァァァァッ!!

 白い布の塊が、ゆうこの目の前へ華麗に舞い降りた。土煙が舞い、風でその裾がふわりと揺れる。そこにあったのは、あまりにも見慣れた、しかしこの世界には不釣り合いな衣服だった。


 「……え」


 ゆうこの瞳がわずかに見開かれる。

 膝丈、前開き、襟付き。それは紛れもなく、かつて病院で何度も袖を通し、嫌というほど馴染んでいた“白衣”そのものだった。


 風にふわりと揺れるそれは、やけに清潔で、やけに神々しく――そして、あまりにもタイミングが良すぎて、どこか腹立たしいほどに完璧な輝きを放っていた。




挿絵(By みてみん)

最後まで読んでいただきありがとうございます!


今回の流れ


スライム出現

増える・酔う・爆発する

ゆうこ「まとめて圧縮」

巨大ゼリー爆誕

さらに圧縮

瓶詰め


完全に食品加工工場。


ここまで読んで


「もう工場建てた方がいい」

「これ量産したら世界終わる」

「クルス、次は瓶に入る側だな」


と思ったら


▶ブックマーク


▶★★★★★評価


で応援してもらえると嬉しいです!


あなたの応援でクルスの職業が“冒険者→ライン作業員”に変わるかもしれません(適性あり)


それでは次回、白衣(たぶん正常じゃない)編でお会いしましょう!

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