第22話「次なる一杯は、伝説の味」
ギルドが揺れた。
爆笑によって。
「なんだ今の!!」
「名前だけ強すぎるだろ!!」
「前振りが長ぇのに、やってることは“ちょっと眩しい”だけじゃねえか!!」
「羞恥の無駄遣いだァァァァ!!」
周囲からの容赦ない洗礼を浴び、クルスはその場に膝をついた。
「う、うわああああああああああああああああ!!」
頭を抱えて絶叫する。
「俺は何をやってるんだあああああああああ!!」
「それを今さら気づくな!!」
即座にツッコミを入れたのはゆうこだ。一方、サクはもう椅子から転げ落ちそうになっていた。
「だ、だめ……っ、笑いすぎてお腹痛い……!」
「お前は止めろ!!煽った責任取れ!!」
「いやでも、これ伝説よ……!」
受付嬢までもが涙目で立ち上がる。
「帳簿に書くべきか迷うレベルだわ……」
「書かなくていい!!絶対に書かなくていい!!」
クルスは床に手をついたまま、魂が半分抜けた声で呟いた。
「俺……もうこのギルドで普通に生きていける気がしません……」
ゆうこは真顔で頷く。
「安心しなさい。最初から無理よ」
「先生までトドメ刺さないでくださいよ!!」
その時だった。頭の中でアルケラがけらけらと笑う。
――『ふぉっふぉっふぉ ♡よい、実によい♡』
「どこがだ!!」
――『羞恥を晒してこそ、宴は完成するのじゃ♡』
「その文化いらねぇんだよ!!」
サクが涙を拭きながら、まだ笑いを堪えきれずに言った。
「ねぇクルス」
「……なんですか」
「あなた、もう“普通の新人”には戻れないわね」
クルスは死んだ魚のような目で天井を見上げた。
「……俺、明日から森でひっそり暮らそうかな……」
「やめとけ。また光るぞ」
「やめてくださいよその呪いみたいな言い方!!」
――『……ああ、そうじゃ。ひとつ思い出したわい』
「その“ついでに言います”みたいなノリで世界の命運左右する情報出してくるのやめて」
アルケラの声がいつもより少しだけ意味ありげに響き、ゆうこが即座に釘を刺す。
――『お主らがさっき仕留めたドレッドボアじゃがな。あやつが縄張りにしておった森の奥……“赤酔いの谷”には、ちと面白いものがある』
「赤酔いの谷……?」
その言葉にサクがぴくっと反応した。
クルスも、まだ宴会芸の傷が癒えていない顔でゆっくりと顔を上げる。
「……なんか、嫌な予感しかしない地名ですね」
「この世界、まともな地名の方が少ないわよ」
ゆうこが冷めた声で返すと、アルケラはふふんと自慢げに笑った。
――『そこでは、ごく稀に“琥珀のカケラ”が採れるのじゃ』
「琥珀のカケラ?」
ゆうこがその言葉を発したその瞬間、受付嬢の動きがピタリと止まった。
「は!?」
次の瞬間、彼女はものすごい勢いでカウンターから身を乗り出してきた。
「ちょっと待ってください!? 今、“琥珀のカケラ”って言いました!?」
「うわっ、近い!」
詰め寄る受付嬢の迫力に、ゆうこがのけぞる。
受付嬢の目は完全に本気だった。さっきまで宴会で笑っていた顔ではない。金の匂いを嗅ぎつけた事務員の顔である。
――『うむ。わしが酔っぱらって地形いじった時にできた副産物じゃ♡』
「最低の創世エピソード来た!!」
「地形を酔った勢いでいじるな!!」
「スケールがデカすぎて逆に引くんですが!?」
三人のツッコミが綺麗に重なり、酒場に響き渡った。
だが、受付嬢はそんな呆れ顔など少しも気にしていなかった。
「“琥珀のカケラ”は、ただの鉱石じゃありません!」
ビシッと指を立て、彼女は熱弁を振るう。
「熟成種スライムからのみ採取される、“ぽしゃけの素”が結晶化した鉱物です。極めて高濃度の酒精を含有しています」
「うわ、急に専門用語が酒臭い」
「分かりやすく言うと?」
サクの問いに、受付嬢は目をキラキラと輝かせた。
「めちゃくちゃ高く売れて、めちゃくちゃうまい酒の材料になります!!」
「よし行くか」
「判断が早い!!」
ゆうこの即答に、クルスが即座にでツッコんだ。
受付嬢のプレゼンは止まらない。
「加工次第では、高級薬酒、濃縮ポーション、希少保存酒、そして――」
そこで一度言葉を切り、彼女は声をひそめた。
「S級ぽしゃけの原料になるとも言われています」
その言葉が落ちた瞬間、宴会場の空気がぴたりと止まった。
酒を飲んでいた冒険者たちの手が止まり、肉をかじっていたドワーフの顎が止まる。寝落ちしていた酔っ払いですら、なぜか片目を開けた。
「……S級ぽしゃけ?」
サクがぽつりと呟き、クルスもごくりと喉を鳴らす。
「それって……そんなにすごいんですか?」
受付嬢は、まるで神聖な儀式でも語るように両手を組んだ。
「この世界で“伝説の一杯”と呼ばれる酒の等級です」
「急にRPGの最終装備みたいな扱いになったな」
半眼になるゆうこだったが、受付嬢は真剣そのものだった。
「飲んだ者に“人生で一番幸せだった記憶”を見せるとか、“二日酔いを無効化する”とか、“一口で一年分の疲労が抜ける”とか、色々な逸話があります」
「最後のやつだけ現実的に欲しい!!」
ゆうこが食い気味に叫ぶ。
「いや待って、それやばくないですか!? 看護師時代のゆうこさんに一番刺さるやつじゃないですか!?」
サクの指摘に、ゆうこは必死な形相で頷いた。
「刺さるどころか過去の私が土下座して求めてるわよ!!」
「へぇ〜?いいじゃない。伝説の酒、ちょっと飲んでみたくない?」
サクがニヤリと笑って誘いかける。
「飲みたい」
「即答だな」
「だって酒よ?」
「その理屈、たまに何もかもを無効化しますよね」
クルスが真顔でこぼす中、アルケラはいかにも楽しそうに笑い声を上げた。
――『じゃろ?じゃろ?しかもじゃ』
「まだあるの?」
――『本来なら、ドレッドボアが棲みついておったせいで、誰もまともに近づけんかったのじゃ』
その言葉に、三人は顔を見合わせる。
「つまり……」
「つまり……俺たちがドレッドボアを倒したから……」
「今なら先行者利益が狙えます!!」
受付嬢が営業スマイル百二十パーセントの顔で言い切った。
「急に生々しいワード出すな!!」
だが、否定はできない。
ゆうこはジョッキを持ったまま、少しだけ考え込んだ。
診療所を整えるにも、今後の活動資金としても、金はいくらあっても困らない。それに今回は、“ぽしゃけ医”としての可能性を広げる素材でもあるのだ。
濃縮、保存、薬効、酒精。――相性が悪いわけがない。
「……ねえ」
ゆうこが静かに口を開き、可能性を探る。
「その琥珀のカケラ、私の【圧縮】と組み合わせたら、医療用にも使える可能性あるわよね」
「大いにあります」
受付嬢の目がギラッと光り、サクも身を乗り出した。
「保存性の高い薬酒とか、携帯用の超濃縮回復液とかも作れるかも」
「……あと、もしそれが売れたら、俺……もうちょっとまともな服とか買えますかね……?」
クルスが恐る恐る手を挙げる。
その服は今、死闘と宴会芸の余波で、ほぼ“敗北した旅芸人”のような有様だった。
「……買おう」
「買いましょ」
「やった……」
二人の即答に、クルスが小さくガッツポーズをした。
――『よし決まりじゃな♡次なる目標は、“赤酔いの谷”の琥珀探し!』
アルケラが面白がるように宣言する。
「お前が勝手に決めるな」
――『でも行くんじゃろ?』
「……行く」
「行くわね」
「行きますね……」
三人の声が、今度は綺麗に重なった。
「でしたら、明日の朝には簡易採取依頼として登録しておきます!素材採集・危険区域調査・未確認酒精資源の探索……全部まとめて!」
受付嬢がすぐさま帳簿を引っ張り出し、凄まじい手際でペンを走らせる。
「仕事が早いなこの人」
「ギルド職員は金の匂いに敏感なのよ」
サクが小声で囁く中、受付嬢は満面の笑みのまま、ぺらりと紙をめくった。
「報酬は、採取量と品質によって変動しますが……うまくいけば」
わざとらしく間を置いて、彼女は告げた。
「一攫千金です♡」
その言葉に、宴会場が再びざわめき立つ。
「おいおい、マジかよ!」
「ドレッドボア倒した上に、次は琥珀狙いか!?」
「新顔パーティー、波に乗りすぎだろ!!」
「先生、今のうちにサインください!!」
「いらん人気が出てる!!」
ゆうこが絶叫する中、サクは楽しそうに笑い、クルスは早くも明日の安否を心配して弱気になっていた。
そしてアルケラは、最後にとどめの一言を落とした。
――『ちなみに、“S級ぽしゃけ”はな……飲むと、運が良ければ神の祝福が増えるぞい♡』
「帰れ神」
――『えっ』
「今すぐ帰れ」
――『ちょ、待っ、冷たくない!?わし、今めちゃくちゃ有益な情報を――』
「帰れ酒カス神!!!」
怒号と笑い声とジョッキの音が混ざり合う中、三人の次なる目的は決まった。
伝説の酒の原料、“琥珀のカケラ”を求めて。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
第22話でした。
この世界、酒か金の話になると全員の判断が秒速になる。
ここまで読んで
「絶対またカオスになる」
「むしろそれが楽しみ」
「クルス頑張れ(他人事)」
と思ったら
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で応援してもらえると嬉しいです!
クルスの尊厳がこれ以上削れないよう
作者も祈っています(たぶん無理)
それではまた次回!




