第21話「禁忌の輝き(笑)、爆誕」
サクは逆に「待ってました」とばかりに、面白がってガタを鳴らしながら勢いよく立ち上がった。
「いいじゃない、面白くなってきたじゃない。これも立派な冒険者の仕事のうちよ?ほら、度胸を見せなさいな、クルス!」
一方で、ターゲットに指名された当のクルスは、あまりの衝撃に顔面を蒼白に染め、生まれたての小鹿のように膝をガタガタと震わせていた。
「お、俺、絶対嫌です!!恥死します、本当に精神が死んじゃいます!!これ以上の公開処刑は勘弁してくださいよ!!」
そんなクルスの懇願など、酒の入ったならず者たちの耳には届かない。
ベテランの髭面冒険者が下品な笑い声を上げ、周囲をさらに煽るようにジョッキを高く掲げて叫んだ。
「遠慮すんなって!まずは今日、全ギルド員の網膜に一番のインパクトを焼き付けたお前からスタートだ!!」
丸太のように太い指先が、逃げ場のないクルスをまっすぐに射抜く。
「いけぇぇぇぇぇ!!深き森の奥で、理屈を超えて謎に光り輝いた男ォォォォォ!!」
「その呼び方やめてぇぇぇぇぇぇ!!二度と思い出させないでぇぇぇ!!」
クルスの絶叫を呑み込むように、ギルド中の視線が熱狂と期待を孕んで彼に突き刺さる。
もはや座っていることすら許されない空気の中、彼は魂が抜けかけた表情で、重い腰を上げた。
「お、俺……ですか……?本気で言ってるんですか……?夢なら覚めてほしいんですけど……」
力なく呟くクルスに対し、隣のサクが追い打ちをかけるようにニヤリと笑う。
「お前以外に誰がいるのよ。あんなに盛大に、神々しく輝いてたんだから。もはやギルドの名物よ、名物」
クルスは天を仰ぎ、この世の終わりを嘆くように祈りを捧げた。
「神様……今だけ、今だけでいいから俺を見捨ててください……いっそこの場から私の存在を抹消してください……」
――『嫌じゃ♡こんなに面白そうな見世物、酒の肴に最高ではないか。見逃すはずなかろうて。ほれ、さっさとやらぬか』
脳内に直接響く、慈悲の欠片もない駄神の声。
「最悪だぁぁぁぁぁぁ!!味方がどこにもいねぇぇぇ!!」
クルスの悲痛な叫びは、ドッと沸き上がった野太い笑い声にかき消されていった。
宴会は、まだ始まったばかり。夜の喧騒は収まる気配すら見せていなかった。
ギルドの一角は、荒くれ者たちの熱気と熱気で、すでに完全な宴会場へとその姿を変貌させている。
長机の上には、所狭しと酒がなみなみと注がれた特大ジョッキが並び、香ばしい煙を上げる串焼き、豪快に直火で炙られたドレッドボアのブロック肉、さらには食欲をそそる酸味の効いた謎の漬物や、予備の樽が積み上げられている。
そして、誰がどこから調達してきたのか、一抱えもある巨大なチーズの塊までが、暴力的なまでのボリュームで鎮座していた。
「乾杯ィィィィ!!今日は食うぞ!肉だ、肉を持ってこい!!」
「新人狩猟成功おめでとう!!久々の大型新人だ、めでてぇじゃねえか!!」
「肉うめぇぇぇぇ!!ドレッドボアの脂が五臓六腑に染み渡るぜ!!」
「これぞ冒険者の流儀!革命だァァァァ!!」
ガチャン、ガチャンと絶え間なくジョッキがぶつかり合い、ギルド内は酒と脂の匂い、そして理性をかなぐり捨てた獣じみた騒音で満たされていた。
ゆうこは隅っこの席で、早くも精神的な限界を迎え、濁った目で遠くを見つめていた。
「……なんでこうなるのよ。私はただ、平和に報酬を受け取って、静かに勝利を噛み締めたかっただけなのに。どうしていつも阿鼻叫喚に巻き込まれるのかしら」
「いいじゃない、景気が良くて。冒険者は宵越しの金は持たない主義が多いんだから、これくらい賑やかな方が運も向いてくるわよ」
隣でサクが、一滴もこぼさぬ熟練の、かつ優雅な手つきでジョッキを傾け、豪快に喉を鳴らす。
「初討伐成功!初の大金!そして初の祝勝会!人生めでたいことの三連発よ!楽しまなきゃ損じゃない!」
「財布の減りだけは全然めでたくないんだけど……。これ、全部私たちの奢りじゃないでしょうね?もしそうなら、私は今すぐ窓から逃げるわよ」
ゆうこの切実な懸念に、サクはひらひらと手を振って笑い飛ばした。
「細かいこと気にしてると老けるわよ?こういう時はパーッとやるのが冒険者の流儀なの。明日稼げばいいじゃない」
「この世界に来てから一日で、五年分くらい精神的に老けた気がするわ。このペースじゃ、一週間後には老衰で死んでるかもしれない」
ゆうこが深く溜息をついたその前方で、今日の「生贄」であるクルスは、すでに危険域に達していた。
無理やり飲まされた度数の高い酒のせいで、彼の頬は熟した林檎のように赤く染まっている。
目はとろんと虚空を泳ぎ、もはや焦点など合っていない。
なのに、なぜか背筋だけは妙にピンと伸び、独特の気配を纏い始めていた。
それは、酔った厨二病患者特有の"自分だけは究極に決まっている"と思い込んでいる、完全な自己陶酔の表情だ。
ゆうこは背筋を走る、正体不明だが確信めいた嫌な予感に、眉間に深い皺を刻んだ。
「……ねえ、サク。あいつ、何か取り返しのつかないことをやらかす顔をしてない?爆弾の導火線に火がついたような顔よ」
サクが酒の勢いのまま、食い気味に即答した。
「してる。それも、このギルドの歴史に数十年単位で語り継がれるレベルの、とんでもないやつをね。期待していいわよ」
その時だった。
ギルド中央の大テーブルに、まるで要塞のように仁王立ちしていた髭面の冒険者が、空になったジョッキを槍のように掲げ、腹の底から響く怒号を放った。
「おい、新人ーー!!いつまで突っ立ってんだァ!!」
クルスがびくっと肩を跳ねさせ、魂が半分口から漏れ出したような、間の抜けた声で答える。
「は、はいっ!?なんでしょうか、偉大なる冒険者の先輩殿……!」
「祝勝会っつったら、やることは一つだろうがァ!!チマチマした言葉じゃねぇ、男の魂を、その生き様を俺たちに見せろ!!」
別の冒険者が、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべて後を継ぐ。
「伝統の一発芸だァァァァ!!これを完璧にこなさなきゃ、正式なギルドの仲間とは認めねぇぞ!!」
「うわ、出た。昭和の体育会系かよ。古臭すぎて反吐が出るわ」
ゆうこが即座に顔をしかめ、現実逃避するように視線を明後日の方向へ逸らす。
「最悪の文化ね。文明を越え、世界を越えてまで、こんな前時代的なパワハラに付き合わされるなんて。異世界転移して損した気分だわ」
「でも、私はこういうの嫌いじゃないわよ。バカバカしくて男気があっていいじゃない。見物料としては最高よ」
「お前は煽る側だからそうだろうな。本当に性格悪いわよ、あんた」
クルスは見るからに動揺を極め、救いを求めて首を左右に激しく振り回していた。
「い、一発芸……!?俺、そういうのはちょっと……!学校でも文化祭の隅っこで、壁の花になってるタイプでしたし、無理ですって!!」
「何言ってんだ!お前、もうこのギルドで一番キャラの濃い新人なんだぞ!」
「そうだ!あの森で物理的に、太陽のごとく光り輝いた男に、今さら逃げ場なんてあるわけねえだろ!!」
「やめてください、その不名誉極まりない二つ名!!一生の傷になる!!」
「いいからやれー!!脱ぐか、もう一回光るか、どっちかにしろ!!」
「やれやれー!!光れ光れー!!」
完全に出来上がった冒険者たちが、手拍子のリズムを合わせて一斉に机を叩き始める。
ドンドンドンドンと地鳴りのようなコールが巻き起こり、ギルド全体が震動する。
クルスは半泣きになり、潤んだ瞳で最後の希望を求めるようにゆうこを見つめた。
「せ、先生……!助けてください、何でもしますから!一生あなたの下僕になりますから!!」
「無理。一ミリも関わりたくない。というか他人よ、私たちは」
「即答!?冷たすぎませんか!?少しはパーティメンバーとしての情愛ってものがないんですか!?」
「お前が今日一日でコツコツと積み上げてきた、自業自得な奇行の結果よ。蒔いた種は自分で刈り取りなさい。それが大人、そして冒険者というものよ。頑張ってね、光の勇者(仮)」
「そんな社会の厳しさみたいな正論、このカオスな状況で言わないでくださいよ!!」
サクはもはや完全にエンタメを鑑賞する観客モードに突入しており、面白くて仕方がないといった様子で口元を押さえる。
「でも見たいわねぇ。あの絶体絶命の崖際で見せた、クルスの究極奥義。再現してよ、あれ」
「味方が一人もいない!!このパーティ、人間関係が破綻してる!!」
絶望に打ちひしがれ、足の力が抜けていくクルスの脳内に、追い打ちをかけるように聞き慣れた「最悪の声」が再び響き渡った。
――『ふぉっふぉっふぉ!実によき宴じゃ、よき光景じゃのぅ!ワシもその場に混ざって、神の舞でも披露したいわい』
「うわ、出た。タイミングだけは一流に最悪だ、この神」
――『いいかクルスよ。こういう極限の、理性が飛んだ場においてこそ、人の真の本性が輝くのじゃ。お主の内に秘めた魂の色彩を、皆に見せてやるがよい』
「お前は黙ってろ、この酒カス疫病神。ろくなアドバイスにならないんだから」
――『クルスくん、行け!今こそ己の魂の深淵に眠る、聖なる“光”を解き放つのじゃ! 恥という概念をゴミ捨て場に放り捨てれば、そこはもう神の領域、無敵のゾーンじゃぞい』
「煽るなァ!!あんた一応、神なんだろ!止めるのが役目だろ!!」
外部からの暴力的な圧力と、内なる駄神(自称)の無責任なささやき。
クルスは完全に袋のネズミとなり、精神の極限状態へと追い詰められていた。
しかし――追い詰められた末期の厨二病患者という生き物は、時として最も予測不能で、最も周囲に被害をもたらす形で「覚醒」する。
彼はゆっくりと、何かに取り憑かれたような、あるいは何かが降臨したような動作で立ち上がった。
「……分かりました。そこまで言うなら……そこまで私に望むというのなら……」
その声色が、不自然なほど急激に、地を這うように低く重々しく変化する。
ゆうこが(あっ、これは関わっちゃいけないやつだ。本能が逃げろと言っている)という表情で、椅子ごと数メートル距離を置いた。
「あ、これダメなやつだ。完全にブレーキが壊れてる。手遅れだわ、放置しましょう」
クルスはふらりと、千鳥足ながらもどこか堂々とした、英雄のような足取りでギルドの中央へと歩み出る。
酒場の薄暗い魔石灯の灯りが、彼の伏せられた顔に、不気味でドラマチックな影を落とした。
おもむろに片手で前髪をゆっくりとかき上げ、もう片方の手を仰々しく胸元、心臓のあたりに当てる。
無駄に姿勢がいい。
無駄にキマっている。
見ている観客が、思わず「うわぁ……」と引いてしまうほど、本人は完全に自分の構築した世界観へと入り込み、陶酔しきっている。
「くくく……はははは……!!愚かなり、人間どもよ……!!」
「始まった!!変なスイッチ入っちゃったよ!!誰か止めて!!」
ゆうこが両手で頭を抱え、視界を遮るように俯く中、クルスは薄く不敵な、そしてどこか狂気を孕んだ笑みを浮かべ、ゆっくりと鋭い視線を上げた。
「まさか、この俗世の、酒の匂い漂う下俗な宴において……永きにわたり封印されし“それ”を解放することになるとはな……。運命とは、どこまでも残酷なものだ……」
「何も封じられてねぇだろ!!数時間前に、森の崖っぷちで派手に出したばっかりだろ!!」
髭面の男が間髪入れずにツッコむが、クルスの耳にはもはや届かない。
「俺はただ、光に背を向け、静寂なる影としてひっそりと生きたかっただけだ……。だが、世界が……この理がそれを許さないというのなら……受けて立つまで!!」
「今日一日で一番うるさくて、誰よりも空気読まずに目立ってるのお前だよ!!」
周囲の鋭いツッコミなど、もはや心地よいBGMにすぎない。クルスは止まらない。
彼はゆっくりと右手を、神へ反逆するかのように天高く掲げ、まるで大気中の魔素を一点に凝縮させるかのように、指先を細かく、かつ劇的に震わせた。
「この身に宿りし、禁忌の輝き……血脈に深く深く刻まれし、恥辱という名の刻印……!」
「やめろ、頼むからもうやめて。死にたくなってくるから」
ゆうこの呟きは、クルスの昂揚した声にかき消される。
「深淵より目覚めし、羞恥と破滅の閃光……! その愚かなる眼に焼き付けるがいい、我が魂の残滓を……!」
「やめろって言ってんのよ!!これ以上の精神的被害は許容範囲外よ!!」
「今宵、古より続く契約の名のもとに――」
ゆうこが物理的な阻止を試みようと、顔を真っ赤にして立ち上がる。
「おい、バカクルス!正気に戻りなさい!!」
だが、ゆうこの手が届くよりもコンマ数秒早く、クルスがカッと、獲物を捉える獣のように目を見開いた。
「顕現せよ――《ポコちんフラッシュ》!!!」
ギルド内の空気が、そのあまりにも低俗で、あまりにも破壊的な名称の響きに、一瞬で絶対零度まで凍りついた。
――ピカァァァァァァァッ!!!
次の瞬間。
この世界のあらゆる物理法則と色彩を塗り潰すような、まばゆいばかりの、いや、暴力的なまでの白銀の閃光が、ギルドの中央で爆発した。
「うおおおおおおっ!?まぶしっ!!なんだこれ!!」
「目がァァ!俺の目がァァ!!光に焼かれる!!」
「また光ったァァァァ!!こいつ、やっぱり人間じゃねぇ、発光ダイオードの化身か!?」
「逃げろ!直視するな!網膜が、網膜が死ぬぞ!!」
華やかだった祝勝会場は、瞬く間に阿鼻叫喚の地獄絵図へと変貌を遂げた。
驚きのあまり、並々と注がれたジョッキを床にぶちまける者。
椅子ごと後ろにひっくり返り、足をバタつかせる者。
大切にキープしていた貴重なドレッドボアの肉を、床に落として絶望する者。
カウンターの受付嬢に至っては、長年の経験からくる生存本能が働いたのか、重要書類である帳簿をがっしりと抱えたまま、迷うことなく机の下へと滑り込み、完璧なシェルター姿勢を構築していた。
サクだけは、あまりのバカバカしさとクルスの全力ぶりに、涙を流しながら腹を抱えて笑い転げている。
「っ、はははははは!!やばっ、最高!お腹痛い!ほんとに、ほんとにやりやがったわあいつ!!名前まで叫んで!!」
「笑ってる場合じゃないのよ!!これ絶対、出入り禁止レベルの不祥事よ!!」
ゆうこは視界が真っ白に染まり、チカチカする残像に耐えながら、喉が裂けんばかりに怒鳴り散らした。
「もう二度と、私の前で光るなァァァァァァァァ!!!」
ゆうこの絶叫が、騒然とするギルドの中に虚しく響き渡る。
だが、当の本人であるクルスは、徐々に収束しつつある閃光の中心で、誰に見せるでもない無駄に神々しく、そして無駄に筋肉のラインを意識した決めポーズのまま、彫像のように静止していた。
片足を深く後ろに引き、片手を力強く斜め前方に突き出し、もう片方の手で自らの顔半分を隠すように押さえている。
それは客観的に見て、本人だけが宇宙一かっこいいと信じて疑わないが、周囲のまともな人間からは寒気がするほど滑稽で、直視に堪えないほど痛々しい構図の完全なる完成形だった。
数秒の、鉛のように重苦しい沈黙が、その場を支配する。
閃光が消え、視界が戻ってきた冒険者たちが、一人、また一人とクルスを凝視する。
そして。
「……で?」
髭面の冒険者が、目をしぱしぱと瞬かせ、光の刺激で出た涙を拭いながら、ポツリと、拍子抜けしたような声で言った。
「え?」
クルスが、ポーズを決めたまま小刻みに震え始める。その背中には、嫌な汗がじわりと滲んでいた。
「いや……それで終わりか?散々もったいぶって、技名まで叫んで、ただ光って終わりなのか?」
「…………」
クルスの顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。
脳を麻痺させていた酒の酔いが、冷や水を浴びせられたように一瞬で霧散し、残酷なまでの「現実」という名の巨大な壁が、彼を正面から押し潰そうとしていた。
「……終わり、です。……光るのが、俺の全力、ですから……。何の問題が……?」
再び訪れる、深い静寂。
クルスの心臓の鼓動だけが、耳元でうるさく鳴り響く。
さらに心臓に悪い、地獄のような数秒の間。
その後――。
「「「「しょっっっっっぼ!!!!」」」」
ギルドが、爆笑ですらない、心底呆れ果てた溜息混じりの声で一つにまとまった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
第21話――
「禁忌の輝き(笑)、爆誕」でした。
クルス、光りました。
以上です。
ここまで読んで
「クルス、よく頑張った」
「でもしょぼい」
「ゆうこが止めたくなる気持ち分かる」
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クルスの黒歴史がまた一つ増えます。
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それではまた次回!




