第20話「祝勝の一杯と、地獄の余興」
――『ほっほっほ。ええ酒じゃのぅ♡』
「いたの!?」
ゆうこが反射的に叫んだ。静かだったはずの思考の片隅に、あまりにも聞き馴染みのある、そして最高に脱力する声が響いたからだ。
周囲の冒険者たちが「どうした!?」と一斉にこちらを振り返り、酒場がわずかにざわつく。その視線の痛さに、ゆうこは自分の失態を悟って顔を引きつらせた。
「どうせ、もう飲んでるわ、これ」
――『失礼な。たぶんじゃなくて、もう三本目じゃ』
「誇るな酒クズ神!!」
思わず突っ込んでしまったゆうこの横で、クルスがぎょっとした表情を浮かべた。彼はまだ、この理不尽な神の降臨に慣れていないらしい。
「え、アルケラ様ですか!?もしかして、俺たちの戦いを見ていてくださったんですか?」
――『おう、クルス。穴の底でのあの雄叫び、なかなか良かったぞい♡魂の叫びを感じたわい』
「思い出させないでくださいよぉぉぉぉ!!」
クルスが頭を抱えて悶絶し、ゆうこが机に額を打ちつけたくなった、ちょうどその時。
酒場の中心にいたベテラン冒険者が、なみなみと注がれたジョッキを高く掲げた。
「よーし!!野郎ども、静かにしろ!!それじゃあ、始めるぞ!!」
その声を合図に、場の全員が一斉に立ち上がる。
木椅子が床を叩くガタガタという音。ジョッキからこぼれんばかりの酒。焦げた肉の匂いと男たちの熱気が、狭いギルドの空気を一気に膨れ上がらせた。
「本日の主役!!」
「あの凶悪なドレッドボアを仕留めて持ち帰ってきた!!」
「穴と色気と謎の光で、理屈を超えて勝っちまった!!」
「説明されるほど意味が分からねぇ、だが最高に面白い三人組に!!」
「「「「かんぱーーーーーーい!!!!」」」」
ガチャンッ!!
ジョッキ同士が激しくぶつかり合い、鼓膜を揺らすほどの盛大な音が響く。
ゆうこも、サクも、そして顔を赤くしたクルスも、流されるままに自分のジョッキを持ち上げた。
ゆうこはふっと短く息を吐き、これまでのブラック企業での報われない残業を思い出し、それから目の前の騒がしい現実を受け入れるように――
ぐいっと、力強く一口飲んだ。
「……っ」
喉を、鮮烈な熱が駆け抜ける。
鼻に抜ける麦の香ばしさ。その後を追いかけてくる、ほんのりとした甘い余韻。それでいて、安酒とは一線を画す芯のある強いアルコール感が、疲れた体に染み渡っていく。
「……うま」
計算も虚飾もない、素直な言葉が漏れた。
サクが満足げににやりと笑い、自分のジョッキを傾ける。
「でしょ?ここの酒は特別なの。この一杯のために冒険者やってる奴だっているんだから」
クルスもおそるおそる、震える手で口をつけて――
「……あ、ほんとだ。想像してたよりずっと、優しい味がします」
意外そうに目を丸くするクルスを、ゆうこはジト目で見つめた。
「これ、飲みやすいです。なんだか、体が温かくなってきて……」
「その顔で言うと不穏なのよね。あんたの場合、何がトリガーになるか分からないし」
「大丈夫です!今のところ、どこも光ってません!!」
「基準が終わってるんだよ!!」
そんなやり取りをしている間にも、テーブルには次々と料理が運ばれ、空いていたスペースが埋まっていく。
焼きたての肉からは、じゅわっと重厚な脂が音を立てて溢れ出している。香辛料の刺激的な香りが鼻腔をくすぐり、食欲を暴力的に突き動かした。
サクはすでに串焼きを一本つまみ食いしており、幸せそうに頬を緩めていた。
「ん〜〜〜!!これこれ!!討伐の後の肉って、なんでこんなに美味しいのかしら!!」
「そりゃ、さっきまであっち側に食われそうになってたからじゃない? 命のやり取りをした直後だからよ」
「ふふ、最高のスパイスね。生きてるって感じがするわ」
「その発想が物騒なんだよ。もう少し平和に楽しみなさいよ」
文句を言いつつも、クルスも焼き肉を一切れ口に入れて――
噛みしめた瞬間に動きがぴたりと止まった。
「……うまい」
「語彙が死んだわね」
「だって、本当にうまいんですもん!!」
クルスは号泣しながら肉にかじりつき、涙と鼻水をぐしゃぐしゃに垂らして咀嚼する。
「なんでこんなに優しい味なんだよぉぉぉ……!!」
嗚咽を漏らしつつ、止まらない手で次の一口をむしり取る。
頬は崩壊し、顔面は完全に水浸し、それでも彼は宝物みたいに肉を泣きながら食べ続けた。
「俺、今日、生きてて良かった……!あの穴に落ちた時、もう人生終わったと思ったけど……全部このための伏線だったんですね……!」
「情緒が肉に支配されすぎなのよ。落ち着きなさい」
呆れてはいたが、ゆうこ自身も同じ思いだった。
目の前の肉を一口運ぶ。
香ばしく焼かれた表面。溢れ出す甘い脂。しっかりとした力強い歯ごたえがあるのに、噛めば噛むほどに凝縮された旨味が口いっぱいに広がる。
「……これは確かに、文句なしにうまいわね」
「でしょ?」
サクが得意げに胸を張る。
「自分たちで命懸けで獲った肉っていうのは、格別なのよ。ギルドに売るのもいいけど、こうして腹に入れるのが一番の報酬ね」
「いや、途中かなり神頼み……というか、神に振り回された結果だったけど」
――『そこは素直に感謝せい♡ワシがいなければ、今頃お主らはボアの腹の中じゃったぞい』
「お前は黙って飲んでろ!!」
ゆうこが虚空に向かって吠える横で、いつの間にか冒険者たちが勝手に盛り上がり、こちらに絡んできた。
「なぁ、新人!結局あのデカブツ、どうやって落としたんだ!?」
「いや、そこは俺も気になる!崖っぷちで何が起きたんだよ!」
「噂の“悩殺ポーズ”ってのは、どこまで本当なんだ!?誰があんなこと思いついたんだよ!」
「クルス、お前はなんで先に落ちたんだ!? あと、結局何がどう光ったんだよ!?」
「聞くなァァァァァァ!!掘り返すなァァァァ!!」
クルスが顔を真っ赤にして絶叫し、その反応にギルド中がどっと笑い声を上げた。
サクはケラケラと笑いながら、わざとらしく頬に手を当てて楽しそうに煽る。
「え〜?気になる〜?それはもう、クルスの秘めたる才能が開花したとしか言えないわよねぇ?」
「煽るな煽るな煽るな!!サクさんまで敵か!!」
ゆうこはジョッキを片手に、そんな騒がしい光景を見回した。
バカみたいにうるさくて。
誰もかれもが酒臭くて、がさつで。
治安はお世辞にも良いとは言えなくて。
宿っている神はクソで。
それでも――。
前の世界にいた頃より、ずっと息がしやすかった。
誰かに決められた仕事に押し潰されるだけの毎日じゃない。
必死に戦って、食べて、笑って、くだらないことで騒いで、今日を生き延びたことを心から祝える。
そんな、かつての世界では当たり前すぎて見失っていたことが、今はやけに深く胸に染みた。
ゆうこは、ほんの少しだけ口角を上げて、ジョッキを持ち直す。
「……悪くないわね」
サクがその呟きを聞き逃さず、横からじろじろと覗き込んできた。
「何が?」
「この世界よ」
サクは一瞬きょとんとしてから、すべてを察したようにふっと優しく笑った。
「でしょ?」
クルスも口いっぱいに肉を頬張りながら、もごもごと力強く頷く。
「……俺も、心の底からそう思います」
その温かな空気をぶち壊すように、ベテラン冒険者が唐突に重たい手でテーブルを叩いた。
「よし!!野郎ども、話は尽きねぇが、せっかくだ!!」
「今度は何よ。嫌な予感しかしないんだけど」
ゆうこが警戒を強める中、男はニヤリと下品に笑い、三人を順番に指差した。
「お前ら、今回の騒動でせっかく珍しいスキル……というか個性が分かったんだろ?」
「うっ」
「新人恒例、通過儀礼!!」
「やめろその単語。ろくなことがない」
「宴会一発芸タイムだァァァァァァァァァ!!!」
「「「「うおおおおおおおおお!!!」」」」
地響きのような歓声が上がり、ゆうこは無表情のまま、静かにジョッキをテーブルに置いた。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
第20話――
「祝勝の一杯と、地獄の余興」でした。
ついに食べました。
肉。
酒。
初報酬。
そして生存の実感。
クルス、肉で泣く。
情緒が完全に胃袋直結。
でも、あれだけ地獄を見た後の肉なら仕方ない。
たぶん泣きます。
ゆうこも少しずつ、この世界に馴染んできました。
ただし。
しんみり終わるわけがありません。
新人恒例・宴会一発芸タイム
終わった。
せっかくいい空気だったのに、
ギルドが全力で地獄を追加してきました。
次回、
・ゆうこは何をさせられるのか
・サクは絶対ノリノリ
・クルスはまた社会的に死ぬのか
たぶん全部起きます。
ここまで読んで
「クルス、肉食えてよかった」
「ゆうこが楽しそうで嬉しい」
「一発芸タイム、嫌な予感しかしない」
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