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第19話「初報酬、初宴」

 サクが横から袋の口をぐいっと覗き込む。

 中では銀貨同士が擦れ合い、光を反射して鈍く、しかし力強くきらめいていた。

 クルスは未だに現実を受け止めきれない様子で、呆然と呟く。


 「……これ、全部……本当に、俺たちの、なんですか……?後で返せとか言われませんよね……?」


 「そうよ。紛れもなく、あなたたちの血と汗(と悲鳴)の結晶よ」


 「やばい……」


 クルスの声が情けなく震え、次第にその表情に喜びがじわじわと染み渡っていく。


 「俺、今なら分かります……。肉が、腹一杯食えます……。野菜じゃなくて、肉が……!」


 「欲望が小学生なんだよ。もっとこう、将来への投資とかないのか」


 「でも……正直、気持ちは分かるわね」


 ゆうこは革袋をしっかりと腕の中に抱え込み、深く、長く息を吐き出した。

 前の世界にいた頃、どれだけ身を粉にして働き、どれだけ精神を摩耗させても、このように"自分の成した事"が目に見える重さとして手に返ってくる感覚は、ほとんど得られなかった。

 ただただ疲弊し、気づけば空虚な明日が来て、また同じことの繰り返し。


 だが、今は違う。

 泥にまみれ、死ぬ気で猪から逃げ回り、ふざけた神の理不尽に振り回され――。

 それでもこうして、生きて帰って、それが確かな飯代と酒代になったのだ。

 その原始的な達成感が、今の彼女には堪らなく心地よかった。


 「……ちゃんと働いて、自分の手で稼いだんだって感じがするわ」


 サクが隣でニヤリと不敵に笑う。


 「でしょ?やっぱり冒険者はこうじゃなくっちゃ」


 クルスも、これまでの卑屈な様子を少しだけ引っ込め、誇らしげな笑みを浮かべた。


 「……俺、今日ばかりは、ちょっとだけ自分を褒めてもいい気がします。頑張ったって」


 「穴に落ちたけどな。しかも真っ逆さまに」

 「そこだけ切り取って思い出させないでくださいよ!!」


 賑やかに言い合う三人を見て、受付嬢は耐えきれずに、ふっと表情を和らげた。

 彼女にとっても、無謀に見えた新人たちがこれほどの成果を持ち帰ったことは、嬉しい誤算だったのかもしれない。


 「……まあ、なんだかんだ言っても。初依頼の結果としては、満点以上の出来よ。お疲れ様。でも、次は“報告書に書けないような勝ち方”は控えてちょうだい。筆が止まるのよ、こっちの」


 「それは……一応、努力はするわ」


 「努力で済む話じゃないのよ、常識的に考えて!!」


 その微笑ましいやり取りを切り裂くように、奥の酒場スペースから再び地鳴りのような大声が響き渡った。


 「おいおいおい!!お前ら、何を湿気たツラして喋ってんだ!!」


 赤ら顔のベテラン冒険者が、中身の詰まったジョッキをぶんぶんと振り回しながら立ち上がる。

 彼の周りには、すでに「宴」の準備を整えた荒くれ者たちが手ぐすね引いて待っていた。


 「初仕事でこれだけの大金をせしめたんだろ!? だったら、冒険者の流儀としてやることは一つしかねぇはずだ!!」


 周囲の冒険者たちが、示し合わせたように一斉に拳を天に突き上げる。


 「「「「祝勝会だァァァァァァァァ!!!」」」」


 「……来たわね。予想はしてたけど、逃げ場はないわね」


 ゆうこが遠い目をして、諦めの境地で呟く。

 対照的にサクは満面の笑みで既にジョッキを構える予行演習をしており、クルスは本能的な恐怖から一歩後ずさった。


 「俺、なんだか嫌な予感しかしないんですけど。財布的な意味でも肝臓的な意味でも」


 「正解よ。あなたの直感は今日一日でだいぶ研ぎ澄まされたわね」


 その言葉が終わるか終わらないかのうちに。

 酒場の中央に、数人がかりで巨大な木樽がゴロゴロゴロ……と凄まじい音を立てて運び込まれてきた。

 それはもはや樽というよりは小さな貯水タンクで、大人が一人余裕で入れるほどのサイズだ。


 「……何、あの質量兵器みたいな物体は」


 「祝勝用の特別樽酒よ。ギルドの宝物庫から出されたわね」


 受付嬢が事務的なトーンで解説を加える。


 「普段は大規模な魔物討伐に成功した時か、有名冒険者が結婚した時、あるいは町が滅びかけた危機を脱した時くらいしか開かない代物よ」


 「なんでそんな国家レベルの祝い酒を、今このタイミングで開けるのよ」


 「さあ?単純に、あの大騒動を見ていた連中が“面白いから”じゃないかしら」


 「このギルドの倫理観と価値観、どうなってんのよ!?」


 ゆうこの抗議も空しく、サクはすでに獲物を見つけた猛獣のような目で樽を見つめていた。


 「飲みましょう!これはもう、運命よ!」


 「即答するな。少しは悩め」


 「祝い酒よ?ここで断るのは冒険者の礼儀に反するし、神への冒涜だわ。あ、あの変な神はどうでもいいけど」


 「お前の礼儀作法、九割九分がアルコールへの忠誠心でできてるな」


 クルスが真っ青な顔で、自分の腹部を押さえながら戦慄する。


 「お、俺、まだ胃が……さっきの毒(?)で本調子じゃ……死にます、本当に死にますよ!」


 「大丈夫よ、クルス。安心して」


 ゆうこが彼の肩にそっと手を置き、慈愛に満ちた(しかし目は笑っていない)表情で告げる。


 「万が一あなたが泡吹いて倒れても、私がその場で適切に処置してあげるから。安心して限界まで飲みなさい」


 「その“万が一”の発生確率が、現状だと百パーセントに近いんですよ!!」


 「安心しろ。今回はたぶん、点滴一本で足りるはずよ」


 「“たぶん”の範囲が広すぎるし、医療措置が前提の飲み会って何なんですか!!」


 彼らの抗議を飲み込むように、酒場スペースでは爆音の音楽と怒号のような歓声が上がり始めた。

 手際よくテーブルが配置され、厨房からは信じられないスピードで大皿料理が運び込まれてくる。


 こんがりと黄金色に焼かれたドレッドボアの塊肉。

 スパイシーな香草をふんだんにまぶした巨大ソーセージの盛り合わせ。

 これでもかと積み上げられたフライドポテト。

 濃厚な香りを漂わせるチーズのような何か。

 焼き立ての香ばしいパンのような何か。

 そして、どう見ても化学薬品のような色彩を放つ、危険な漬物らしき何か。


 「待って。いくらなんでも、急に豪華になりすぎてない?」


 ゆうこが目を白黒させる。

 受付嬢が当然といった風に肩をすくめた。


 「この町の住人はね、“大物を狩った”という景気のいい話には異常に弱いの。それに……」


 「それに?」


 「あなたたちの帰還シーン、あまりにもインパクトが強すぎて、みんなもうファンになっちゃってるのよ」


 「……そこに関しては、全力で否定したいわね……」


 ベテラン冒険者が再びテーブルを叩いて叫ぶ。


 「おい!!そこを空けろ!!今日の主役を真ん中に座らせろ!!」


 「「「「うおおおおおお!!!」」」」


 狂乱に近い熱気に押し流されるまま、三人は中央の巨大な円卓へと無理やり座らされた。

 ゆうこの目の前には、並々と注がれた洗面器のようなサイズの巨大ジョッキ。

 サクの前にも、並々と琥珀色の液体が満たされた同じサイズのジョッキ。


 そしてクルスの前には――。

 なぜか、子供用と見紛うばかりの一回り、いや二回りほど小さいジョッキが置かれた。


 「……すみません、なんで俺だけ明らかにサイズ設定がおかしいんですか!?」


 配膳したベテランの男が、仏のような慈悲深い真顔で答えた。


 「……配慮だ」


 「雑な優しさ!!馬鹿にされてるのか労わられてるのか分かんない!!」


 サクが腹を抱えて吹き出す。


 「良かったじゃない、クルス。これで生き延びる可能性が、数パーセントは上がったわよ。感謝しなさい」


 「その数パーセントが頼りなさすぎて、今にも心が折れそうなんですって!!」


 諦めたゆうこは、覚悟を決めてその巨大なジョッキを持ち上げた。

 中の液体は美しい琥珀色をしており、立ち上る香りは芳醇だが、先ほどまでの「祝勝酒」という名の劇物よりは、幾分かまともに見える。


 「……これ、一体何なの?」


 「それは特別製の『樽熟成・麦ぽしゃけ』だ」

 受付嬢がいつの間にか隣に立ち、少しだけ喉を鳴らしながら答えた。


 「かなりの期間熟成されているから、癖は強いけれど。でも、驚くほど飲みやすいわよ。……一口、どう?」


 「……この世界の住人が言う“飲みやすい”が、今の私には全く信用できないのよね」


 ゆうこが警戒心も露わにジョッキを見つめていた、その時だった。

 彼女の脳内に、あの聞き慣れた――そして最高に脱力する、ふわりとした声が響き渡った。




挿絵(By みてみん)

最後まで読んでいただきありがとうございます!


第19話――

「初報酬、初宴」でした。


ここまで読んで。


「クルス守られてて草」

「サクが一番危険なの確定」

「この町、治安と倫理が死んでる」


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