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第18話「努力の値段」

 一時間後――。


 ギルドの空気は、完全に「祭り」のそれへと変貌を遂げていた。

 解体場の方からは、未だに「目がァァァ!!」「鼻がァァァ!!」という絶叫が木霊しているが、もはや誰も耳を貸さない。

 気にしたら負けだということを、その場にいる全員が本能で悟っていたのだ。


 そんな騒々しい中、受付嬢がひどく疲れ切った顔でカウンターの奥から姿を現した。

 その手には一枚の査定票が握られ、もう片方の手には、ずっしりと中身が詰まっていそうな革袋が下げられている。


 「……お待たせしたわ」


 重々しく発せられたその一言で、ゆうこ、サク、クルスの三人の視線は、磁石に吸い寄せられる鉄屑のように、一点――その革袋へと釘付けになった。

 ごくりと唾を飲み込み、ゆうこが感情を押し殺した真顔で問いかける。


 「それ、中身は?」

 「金よ」

 「いくら?」

 「……聞く前に、その血走った目の色を元に戻しなさい。怖いわよ」

 「無理」

 「即答!!」


 受付嬢の呆れ顔を無視して、サクが身を乗り出すようにして食いつく。

 その瞳には期待と欲望が渦巻いており、尻尾があれば、ちぎれんばかりに振っている勢いだ。


 「で? で? 結局いくらになったの!?」


 隣に立つクルスも、緊張のあまり喉を鳴らした。

 生還できた安堵感よりも、今は目の前の現実的な報酬に対する期待が上回っている。


 「俺……今日、あの猪に追いかけられて、生きて帰れただけでも奇跡だと思ってたんですけど……」


 「その奇跡に、今から明確な値段がつくわ」


 受付嬢は手元の査定票に視線を落とし、周囲を静めるように一度、短く咳払いをした。

 その瞬間、周囲の冒険者たちも潮が引くように静まり返る。


 「まず、討伐報酬。基本給として銀貨二十枚よ」


 「おおっ!」


 「さらに、素材査定。牙、毛皮、骨格、内臓の一部――ここまでは通常通りね」


 受付嬢は一度言葉を切ると、手元の査定票の一点に鋭い視線を落とした。そのあまりに真剣な面持ちに、場の空気がぴりりと張り詰める。


 「……問題は、その“肉”よ」

 その一言に、ゆうこたちは思わず身を乗り出した。周囲の冒険者たちも、何事かと耳をそばだて始める。


 「今回提出された肉は――異常なまでに圧縮・整形された状態だったわ」


 「通常、肉というものは解体の仕方や保存状態で価値が大きく落ちるものよ。でも、これは違う」


 ざわ、とギルド内がざわめきに包まれる中、受付嬢は査定票を指先で軽く叩いて強調した。


 「繊維が全く潰れていない。血抜きも完璧に均一。余分な空気や水分が徹底的に抜かれているのに、素材としての品質が一切落ちていないのよ」


 サクが状況を整理するように、鋭い目をさらに細めて問いかける。

 「……つまり、どういうことだ?」


 「最高効率で保存された“極上の加工素材”として扱われた、ということよ」

 受付嬢が顔を上げると同時に、どよめきが一段と大きくなった。


 「通常の食肉査定なら、せいぜい銀貨二十枚前後。けれどこれは別格よ。運搬効率、抜群の保存性、さらには加工の手間削減――それら全てが加算評価された結果……」


 一拍の静寂。そして、彼女は高らかにその数字を告げた。


 「肉だけで――銀貨五十五枚よ!」


 「は……?」

 あまりの衝撃に、クルスの声が完全に裏返った。

 「に、肉だけで!?討伐報酬より高いのかよ!」


 「ええ、正直に言うわ。こんな異常な査定、私も初めて経験したわよ」

 受付嬢は淡々と、しかしどこか呆れたように頷く。周囲の冒険者からは、もはや悲鳴に近い驚愕の声が上がった。


 「おいおい、加工済みで値段が跳ね上がるなんて聞いたことねえぞ!」

 「普通は鮮度が落ちて値崩れするもんだろ!?なんだその反則技は!」


 野次が飛ぶ中、受付嬢は小さくため息をついて肩をすくめた。


 「ええ、普通ならね。でもこれは“雑な加工”じゃない。魔法か何かの技術による“最適化された極致”なのよ」


 「……いや、ただ圧縮しただけなんだけど」

 ゆうこが困惑気味にぼそっと呟いた瞬間…


「その“だけ”が異常なのよ!」

受付嬢の即座なツッコミが飛んできた。


 「それじゃあ、改めて今回の最終リザルトをまとめるわね」


 受付嬢がペンを走らせ、一つ一つの項目を確認するように読み上げていく。


 「討伐報酬、銀貨二十枚」


 「通常素材査定、銀貨三十八枚」


 「解体師ギルドからの特別買い取り料、銀貨十五枚」


 「そして――圧縮肉への特別評価、銀貨五十五枚」

 一瞬、ギルド内が静まり返った。


 「……合計で、銀貨百二十八枚よ」


 直後、ギルドの屋根を揺らすほどの歓声と驚愕が――爆発した。


 一瞬の静寂。

 そして次の瞬間――。


 「「「「うおおおおおおおおおお!!!」」」」


 ギルドの建物自体が震動するほどの雄叫びが上がった。

 クルスは信じられないといった様子で、震える指を指差しながら目を見開く。


 「な、百二十八…!?俺、人生でそんなまとまった金額、見たことないんですけど!?…計算合ってます!?」


 サクは対照的に、勝利の確信を得た戦士のように目を輝かせた。

 彼女の頭の中では、すでに銀貨が酒のジョッキに変換されている。


 「やったぁぁぁ!!これでしばらくは飲み放題じゃない!!天国!!」


 「お前、喜びの基準が完全にアル中なんだよ」


 冷めた口調でツッコミを入れるゆうこだったが、その声もわずかに震えていた。

 予想を遥かに上回る成果。

 彼女は自分の手のひらを見つめ、思わずぽつりと本音を漏らす。


 「……すご」


 銀貨百二十八枚。

 この不条理な異世界に放り出されてからというもの、彼女たちの金銭感覚は、常に「串焼き一本」「宿代一泊」「酒一杯」といった、その日暮らしの自転車操業的な単位でしかなかった。

 それが今、両手で抱えなければならないほどの確かな"質量"を伴って、目の前に存在している。


 受付嬢が、重厚な音を立てて革袋をカウンターの上に置いた。

 ドスッ、という鈍い音。

 それは、数字で聞くよりも遥かに現実味を帯びた、成功の証だった。


 「はい、これがあなたたちの成果よ。しっかり受け取りなさい」


 ゆうこは恐る恐る、神聖な儀式でも執り行うかのように革袋へと手を伸ばした。

 指先が粗い革の感触をとらえ、それを持ち上げた瞬間――ずしりとした重みが、ダイレクトに手のひらへと伝わってくる。


 「……重っ」


 「それが金の重みよ」


 受付嬢は満足げに腕を組み、三人を順番に見据えた。

 その眼差しには、厳しい中にもプロの冒険者として認め始めたような色が混じっている。


 「それと、ついでに言っておくけれど。それはこれからの行動に対する、責任の重みでもあるわ。調子に乗らないことね」


 三人は無言で頷いた。

 その言葉の意味を、本当に理解するのは――もう少し先の話になる。

 だがその時すでに、彼らは“次”へ進み始めていた。




挿絵(By みてみん)

最後まで読んでいただきありがとうございます!


第18話――

「努力の値段」でした。


敵を倒すより

加工した方が儲かるパーティーです。


ここまで読んで


「報酬デカすぎて笑った」

「ゆうこのスキル、商売向きすぎる」

「クルス、生きてて偉い」


と思ったら、


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それではまた次回!

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