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第17話「報告不能」

 「……こほん。では、事務的に確認します」

 彼女は脇に抱えていた記録板を構え、厳格な顔で三人を見据える。


 「依頼内容は“森周辺に出没するドレッドボアの討伐”。対象個体はこの……個体で間違いないですね?」

 「ええ」

 「……では、討伐方法は?」


 再び、重苦しい沈黙が降りた。

 受付嬢のペン先が、期待と不安に揺れながら空中で止まる。


 ゆうこ、サク、クルスの三人は、なんとも言えない顔で明後日の方向へ目を逸らした。

 「……どうしました? 報告は義務ですよ」

 「いや、その。なんていうか」

 「言いにくいの?」

 「言いにくいというか……。これをそのまま文字に残していいのか分からないのよ」


 「え、ちょっと待って今何の話してます!?」


 耐えかねたサクが、誇らしげに胸を張った。

 「教えてあげるわ! まず、穴を掘りました!」


 「はい、罠ですね。落とし穴、王道の戦術です」


 「次に、私が悩殺ポーズを披露しました!」


 ペン先がピタッと止まる。

 「…………はい? 今、なんて?」


 「そしたら、クルスが先に穴に落ちました!」


 「待って待って待って!! おかしい、因果関係がおかしい!!」


 「その後、猪も吸い込まれるように落ちました!」


 「情報の繋がりが最悪なのよ!! 前後の脈絡を大事にしなさい!!」


 今度は、ギルド中が転げ回って笑い始めた。

 「ダメだ、腹がよじれる!! ヒー、ヒー!!」


 「なんだその、あまりにも情けねえ作戦は!!」


 「“まずクルスが落ちました”が、さも当然のプロセスみたいに挟まってるのが意味分からん!!」


 「なんで一回、人身事故を経由しなきゃいけねえんだよ!!」


 クルスが顔を真っ赤にして、涙目で叫び返す。

 「俺だって好きで落ちたわけじゃないんですよ!! あらがえない引力があったんです!!」


 「じゃあ何で落ちたんだよ! 穴の底に宝物でも見えたのか!」

 「それは……!!」


 クルスの言葉が詰まる。

 その瞬間、サクとゆうこが、阿吽の呼吸で視線を逸らした。


 「おいお前ら、その反応やめろ!!」


 「ごめん、でもあれを説明しろって言われたら、私の尊厳が詰むのよ」


 「俺はもう最初から詰んでるんですよ!!」


 「安心しなさい。あなたは最初から詰んでるわ」


 「慰めの角度が鋭すぎるだろ!!」


 受付嬢は、ついに諦めたように記録板をパタンと閉じた。


 その時。

 ギルドの奥から、筋肉の塊のようなベテラン冒険者が歩み寄ってきた。彼は腕を組み、冷徹な目でドレッドボアの肉を見下ろしながら、低い声で唸った。


 「……だが、こいつは上玉だな」


 その一言で、場の空気が一変した。

 ベテラン男は、ドレッドボアの肉塊に触れ、鼻を鳴らした。

 「脂の乗りも最高だ。牙も折れずに残ってやがる。何より、余計な傷がほとんどねえ。素材としても肉としても、通常の三倍は値がつくぞ」


 「おっ」


 ゆうこの耳が、金貨の音を察知したかのようにぴくっと動いた。


 「マジで? それ、本当なの?」

 「マジだ。賢く、そして力技な持ち帰り方だ」


 受付嬢が、釈然としない様子で頬をかく。


 「それは……まあ、そうなんですけど……」

 「じゃあ、報酬アップ確定ね?」


 ゆうこが、じりっと、肉食獣のような足取りで前に出た。

 さっきまで死んでいた魚のような目が、今はダイヤモンドのような輝きを放っている。


 「運搬加算は? 鮮度維持加算は? あと、現地での精神的苦痛手当とかは出ないの?」

 「最後のは絶対に出ません。ギルドを労働基準監督署みたいに言わないでください!!」


 ベテラン男が、満足げに顎を撫でながら指示を飛ばした。


 「よし! おい、こいつを奥の部屋に回せ! 最高の査定をさせてやる!」

 「え、全部やってくれるの?」

 「ああ、全部だ。今夜の酒場は猪祭りだな!」


 その言葉を聞いた瞬間、クルスが勢いよく顔を上げた。


 「……肉……。ドレッドボアの……ステーキ……」

 「復活ポイント、そこなんだ。お前の食欲、生命力直結型なのね」


 サクもまた、うっとりと頬を染める。


 「報酬次第では、今夜はかなり高級な古酒が飲めそうだわ〜♡」

 「サクはそこしか考えてないでしょ」

 「ゆうこも半分くらいはそうでしょ?」

 「否定できないのが、この世界の恐ろしいところね……」


 まさにその時。

 酒場スペースの最奥から、誰かが高らかにジョッキを掲げた。


 「おい!! せっかくだ!! 景気づけにいこうぜ!!」

 「ん?」

 「ドレッドボアを仕留めてきた、英雄様たちに!! 祝勝酒だ!! 出してやれ!!」


 「「「「おおおおおおおお!!!」」」」


 嫌な予感しかしない歓声。

 次の瞬間、カウンターにはジョッキが三つ。

 ドン! ドン! ドン!と、景気のいい音を立てて並べられた。


 中身は、見たこともないような濁った褐色の液体。

 ゆうこが顔を引きつらせ、一歩身を引いた。


 「……何これ。液体であることすら怪しいんだけど」

 「祝勝酒だ。特産の薬草を漬け込んだ代物だぞ。効くぞ、これは」

 「今すぐその伝統を撤回して。何に効くってのよ!!」


 クルスが真っ青になり、口元を押さえる。


 「俺……まだ胃が、本調子じゃ……。飲んだら死にます……」

 「面白そうじゃない! これ、美容に良さそうな色をしてるわよ?」

 「サクの“面白そう”は常に災害の前触れなのよ!!」


 受付嬢が、遠くを見る目で深く深い溜息をついた。


 「……とりあえず、査定が終わるまで一時間はかかります。あなたたちはここで待機。これ以上、新しい事件を起こさないこと。いいですね?」


 ゆうこたちは一瞬、沈黙を共有したあと。

 揃って、非常に微妙な顔で視線をさまよわせた。


 「……善処は、する」

 「……努力目標、といったところかしら」

 「……俺は、巻き込まれる側なので……」


 「信用できる人間が、一人もいないんですか!!?」


 受付嬢の絶叫が木霊する中。

 ゆうこの頭の中に、ふっと、あの聞き慣れた、憎たらしいほど艶やかな声が響いた。


 ――『ふふっ。いい帰還じゃのぅ。町中がお主たちの話題で持ち切りじゃ♡』


 「出たわね、駄神」


 ――『猪も獲れて、酒も振る舞われ、金にもなる。最高じゃろ?』

 「誰のせいで、あんな穴の中に落ちたと思ってんのよ」


 ――『これもすべて神の加護、愛ゆえの試練じゃ♡』

 「雑すぎるんだよ、その加護!!」


 サクがにやりと悪戯っぽく笑い、ゆうこの肩を突いた。

 「でも、結果オーライじゃない?」

 「…まあ、俺……とりあえず生きてますし……」


 ゆうこは改めて、視界に広がる光景を眺めた。

 床に転がる巨大な猪の肉。騒ぎ立て、笑い、罵り合う冒険者たち。そして怪しい酒。


 彼女はもう一度、心の底から溜息をついた。

 「……ほんと、とんでもない世界に来ちゃったわね」


 その言葉を聞いて、サクが本当に楽しそうに笑った。

 「あはは、今さら何を言ってるのよ」

 「……まあ、そうね」


 目の前には、騒がしくて、野蛮で、くだらなくて。

 でも、どうしようもないほどに「生きている」という実感に満ちた光景が広がっていた。


 前の世界では、ただ仕事に潰されるだけで終わっていた日々。

 でも、今は違う。

 バカみたいな騒動の先に、ちゃんと腹が減る。全力で怒って、全力で呆れて、それでもその先には温かい飯と酒が待っている。


 ――悪くない。


 そう思った、その時だった。

 奥の部屋の方から、大地を揺るがすような絶叫が響き渡った。


 「おい待てぇぇぇぇぇぇ!! この猪の鼻先から謎の赤い粉が出てきたぞぉぉぉぉぉぉ!!」


 ――『てへ♡』


 「可愛く済むかァァァァァァァ!!」


 ギルドに、再び爆笑と悲鳴が巻き起こった。


 ドレッドボア討伐の後始末は――

 どうやら、まだ終わっていないらしい。




挿絵(By みてみん)

最後まで読んでいただきありがとうございます!


第17話――

「報告不能」でした。


タイトルの通り。報告、無理です。


・穴を掘る

・悩殺ポーズ

・クルスが先に落ちる

・猪も落ちる


どこから説明しても破綻する。


受付嬢、ほんとによく耐えました。

むしろあそこまで聞こうとしたのが偉い。


ここまで読んで


「受付嬢かわいそう」

「クルスの人生バグってる」

「サクが一番危険では?」


と思ったら、


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それではまた次回!

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