第16話「全部食べるから」
三人がギルドに着くと、年季の入った分厚い両開き扉が――
ギィィィィ……と、建付けの悪さを象徴するような嫌な音を立てて開いた。
夜の冒険者ギルドは、一日の仕事を終えて戻ってきた人間たちで溢れかえっている。
染み付いた安酒の臭い、乾燥した汗の粒子、そして鼻を突く獣の脂の混ざり合った熱気が、入り口まで押し寄せていた。
受付前では、小銭を数える音と共に討伐証明を求める冒険者の列が伸びている。
掲示板の前では、松明の光を頼りに明日の食い扶持を物色する血気盛んな若者たち。
さらに奥の酒場スペースでは、すでに泥酔したベテランたちがジョッキを叩きつけ、武勇伝を喚き散らしていた。
そんな、いつも通りの騒がしさ。
そのど真ん中へ、異様な「異物」が滑り込んできた。
ゆうこ、サク、クルスの三人が――
ドレッドボアの肉塊を引きずりながら入ってきたのだ。
スンッ……。
まるで魔法で時間を止められたかのような、完璧な静寂。
さっきまでの怒号も笑い声も、一瞬で消失した。
泡の溢れるジョッキを傾けていた男は、そのままの姿勢で石像のように静止した。
受付に食ってかかっていた女冒険者は、威嚇の言葉を飲み込んで口を開けたまま固まった。
静まり返った空間に、誰かの手から滑り落ちたフォークが、カラン……と虚しい金属音を響かせた。
そして。コンマ数秒のタイムラグを経て、ギルドの屋根を吹き飛ばさんばかりの絶叫が爆発した。
「「「「えっっっっっっっ!?」」」」
一斉に立ち上がる椅子が床を鳴らし、全員の視線が入り口に集中する。
「でっっっか!! なんだありゃあ!!」
「いや待て待て待て! おい、あれドレッドボアの肉じゃねぇか!?」
「なんで持って帰ってきてんだ!」
「運搬方法が原始的すぎるだろ! 木のツルで引きずってんじゃねえよ!」
「いやその前に、誰が仕留めたんだ。あの三人組、見たことねえぞ!?」
「待て、あの先頭の女……武器じゃなくて、シャベル持ってねえか?」
「なんで狩猟のあとに土木工事してきたみたいな顔してんだよ!!」
怒涛のツッコミの嵐を全身に浴びながら、ゆうこは泥と汗、そして深い疲労にまみれた顔を上げた。
ゆうこは無言のままドレッドボアの肉を床へ放り出した。
ドスンッ!!
重量級の肉塊が着地し、ギルドの床が物理的に震えた。
カウンターの上の書類がハラハラと舞い落ちる。
「……討伐依頼、達成よ」
喉の奥から絞り出すような声でそれだけ告げると、彼女は糸が切れた操り人形のように、その場へズルズルと崩れ落ちた。
冷たい床の感触が、今は何よりも心地よい。
「もう一歩も動きたくない。ここを私の墓場にして……」
「お疲れさま〜、最後の方すごかったわよぉ」
隣では涼しい顔で、ひらひらと手を振っている。
対照的に運搬を手伝っていたクルスは、魂がどこか遠くへログアウトしたような虚無の表情で呟いた。
「俺はもう……絶対猪と同じ穴に入りたくありません……」
「すでに人生で一回でも入ってる時点で、お前の経歴は十分異常なんだよ。自覚しろ」
床に這いつくばったまま、ゆうこが即座に鋭いナイフのようなツッコミを入れる。
その時だった。
受付カウンターの向こう側、混乱で真っ白になっていた受付嬢が、スカートを翻して飛び出してきた。
彼女は、まるで凶悪事件の現場に遭遇した警察官のような形相で叫ぶ。
「ちょっと待ちなさいちょっと待ちなさいちょっと待ちなさい!!!」
「うわっ、びっくりした!何よ急に。大きな声出しちゃって」
「“何よ急に”じゃないです!!! むしろこっちのセリフです!!」
受付嬢は、床を占領している巨大なドレッドボアの肉を指差し、半狂乱で詰め寄った。
「なんですかこれ! 何をどうやったらこうなるんですか!」
「……見ての通り、ドレッドボアの肉よ。お望みの討伐対象でしょ」
「見れば分かります!! そうじゃなくて、なんでこんな『解体済み』で帰ってきてるんですか!」
サクがきょとんとした顔で、小首を傾げる。
「え、全て持って帰った方が報酬になりそうじゃない?」
「そういう問題じゃないのよ!! 常識の範囲内って言葉を知りなさい!」
受付嬢はこめかみを押さえ、天を仰いだ。
「普通、冒険者は証明部位だけを切り取って持ち帰るの! なんで鮮度抜群のまま引きずってくるのよ! しかもこれ、どう見ても解体してるじゃない!!」
ゆうこが、地を這うような低い声で、しかし一点の曇りもない真顔で答えた。
「全部食べるから!」
「説得力が強い!本能に忠実すぎません!?」
クルスも、震える手を幽霊のように力なく挙げた。
「俺も……その……自分を犠牲にした分……せめて肉だけは欲しくて……」
「お前はまず、その格好を整えなさい!! 犯罪の匂いしかしないから!!」
見れば、クルスの姿は惨棊を極めていた。
服はドロドロに汚れ、裾は無残に破け、髪には枯れ葉や小枝が刺さっている。そして顔には、なぜかまだうっすらと"発光"の余韻のような、神秘的ですらある疲労の色が張り付いていた。
それは客観的に見て、間違いなく"穴の底で、何かを経験してきた人"のビジュアルであった。
取り囲んでいた野次馬の一人が、震える声でひそひそと囁く。
「なぁ……あの男、なんかやつれてないか?」
「ああ、一回くらい魂が冥府の門をノックした後の顔をしてやがる……」
「でもよ、妙に下半身だけ生命力に溢れてるというか……妙な元気さが残ってるのが逆に怖いんだが」
「言うな!! それ以上は禁句だ!!」
クルスが全霊を込めた叫びを上げた。
その反射的な、あまりにも必死すぎる反応に、ギルド内の視線が一層濃密な疑惑へと変わる。
「あっ」
「……何かあったな」
「絶対何かあったな、あれは」
「その“言うな”は、限りなく真っ黒な自白だろ」
「おい坊主、何があった。話せ。全部吐け。我々の想像を超える面白いことだけを言え」
「ギルド民の詰め方が治安悪すぎるだろ!! ここは取調室か!!」
クルスは半泣きで後ずさるが、後ろは巨大な猪の肉壁。
だが、そんな哀れな相棒をかばう気など一ミリも持ち合わせていないサクが、天使のような微笑みを浮かべた。
「大丈夫よ、クルス。みんな優しいから、ちゃんと受け止めてくれるわ」
「その顔で言う時点で信用はマイナスなんですよ!」
「あ、ちなみにこの子。途中で発情して、私に全力で突っ込んできたわよ♡」
爆弾が投下された。
「言うなァァァァァァァァァ!! !」
クルスの絶叫を合図に、ギルドの空気はもはやカオスを通り越し、狂乱へと至った。
「「「「は?????」」」」
「違うんです!! あれは不可抗力なんです! 誤解なんです!!」
「何がどうなったら誤解になるんだよ! 説明責任を果たせ!」
「情報量が暴力! 頭が追いつかねえ!!」
「これ、さっきまで猪の討伐の話だったよな!? なんで人間側が先に発情してんだよ!!」
「負けてんじゃねえか本能に! 猪より先に野生に還るなよ!!」
ゆうこは、これ以上ないほど深い溜息とともに、額を押さえた。
「もうほんと帰りたい……。どこでもいい、静かな場所に……」
受付嬢は、金魚のように口をぱくぱくと開閉させたあと、小刻みに震えながら絞り出すように言った。
「……待って。一旦、整理させてください。私の事務処理能力が悲鳴を上げてるの」
「無理よ。無駄な努力はやめなさい」
「だって、当事者の私たちですら、何が起きたのか整理できてないもの」
受付嬢は大きく一度深呼吸をし、プロのプライドをかけて業務モードを取り戻そうと、わざとらしく咳払いをした。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
第16話――
「全部食べるから」でした。
いやもう今回、
ギルド「情報量が多い」
これに尽きます。
・解体済み
・新人3人組
・そのうち1人は“何かを経験してきた顔”
そしてクルス。
戻ってきたら尋問される 。
人生ハードモードすぎる。
でも安心してください。
全部自業自得です(笑)
「いやもうクルスが不憫すぎる」
「ゆうこ強すぎて怖い」
「サクが一番ヤバい説ある」
と思ったら、
▶ブックマーク
▶★★★★★評価
で応援していただけると嬉しいです!
あなたの応援で、
クルスの社会的ダメージが1%軽減されます(誤差)
感想もめちゃくちゃ励みになります!
それではまた次回!




